14
その晩、夢を見た。
黒男に襲われる夢。
でも、それはまだいい。だってあいつは嫌いだし、怖かったから。
それに、マスターが助けてくれたから。
マスターは、大きな口をあけて私に噛み付こうとする黒男を、その前脚で突き飛ばして助けてくれた。夢の中でも、助けてくれた。
ほっと、安堵の息を吐く私に、狼のマスターが近づいてくる。ゆっくりと。
「マスター」
私が呼びかけても、マスターは返事をしない。
「……マスター?」
なんだか不穏な空気を感じとって、もう一度呼ぶ。
マスターは何も言わず、次の瞬間、黒男をはじきとばしたのと同じように前脚を振り上げ、私に振り下ろした。
衝撃をうけて、横に吹っ飛ぶ。
ばんっと、地面に体が叩き付けられた。
不思議と痛くはなかった。夢だったからだ。
だけど、息ができなくなった。
頭からの、ぬるっとした感触。血が出てきたことがわかる。
マスターがゆっくりと、私に近づいてくる。
「だから、俺言ったよね?」
へらへらと笑った英輔さんが、倒れている私を、頭から覗き込むようにしながら、ひょうひょうと言った。
「狼男は人を喰うから気をつけな、って。年長者の言うことは、聞くものだよ?」
小さな子どもに言い聞かせるようにそういうと、英輔さんはどこかに去っていた。
助けてはくれない。
動けない私は空を見上げていた。
夜。曇っていて月は見えない。
狼のマスターの姿が近づいてくる。
大きく口をあけて、私を。
食べた。
「いやぁぁぁ」
私自身の悲鳴で目が覚めた。
体を起こした場所は、見慣れた自分の家、私の部屋だった。
ベッドの上で両手を見る。しっかりとついていた。
ああ、夢か。そこでようやく理解して、立てた膝に顔を押し付ける。
怖いと思ってしまった。マスターのことを。
夢の中とはいえ、夢の中だからこそ。
がくがくと震える手を、握りしめて押さえる。
「こわくないこわくないこわくなこわくないこわくない」
だって、マスターが優しいこと知っているから、怖くない。マスターがあんなことするわけない。
必死に自分に言い聞かせる。
本当に?
本当にそう思っているのならば、あんな夢見ないんじゃないの? 心のどこかで怖がっているからあんな夢見るんじゃないの?
そんな反論も聞こえる。私の中から。
「ちがうちがうちがう」
ベッドの横にある棚に手を伸ばす。その上の小さなトレー、その中のペンダントをひきずりだすと、ぎゅっと握った。
「ピラマ、パペポ、マタカフシャー。ピラマ、パペポ、マタカフシャー」
必死に唱えると、心を落ち着けようと何度も何度も深呼吸した。




