NO.3
虫の移動
比較的無表情な自分でもぎょっとすることがある。それは今。
目の前の人のスーツの上を巨大な細いクモが悠々と歩いているのである。これがつぶれないでほしい、自分のほうには絶対にこないでほしいと、心から祈っていたりする。
以前、みかけたのはふわりと髪の毛を上にあげた女性。キラキラした装飾にカナブンが紛れ込んでいた。ふわふわな髪のせいか、女性は気が付かない。自分はなにも言わずにそっと彼女の後ろを離れた。
その前に見かけたのは、スーツのズボンを歩くカタツムリの姿だ。あれは本当に目が丸くなったことを記憶している。歩かれている本人は新聞を読んでいて、足元をまったく見ていなかった。手でふり払われて、つぶれても嫌だとこっそり離れた。
しかし、今回の電車は混んでいて、離れられない。
そのとき、ドアが開いた。私は、クモよりもさきにドアから出て行った。
夏
夏だ!休みだ!プールだ!花火だ!酒だ!遊ぼう!
と、なるのは、元気のある表情豊かな人たちの場合だけで、私の場合は暑さに負けて、顔の表情のなさが一層なくなるのだ。
それはさておき、暑い朝。汗がだらだら流れるような日差しの中から、冷凍庫を開けました、といわんばかりの電車内は涼しい。窓から指す日差しだけでも暑くなるような日は日よけを降ろして、誰もが通勤している。
が。長時間乗っていると、涼しいを通り越して、寒い。これで、毎年風邪をひくという人物は、この時期はそんなにクーラーのきいていない車両に移るのだと断言していた。
しかし、私はそのクーラーの効いていない車両で暑くて気分が悪くなったことがある。そこで、夏用のストールを持ちつつ、寒い車両に乗り込むのだ。薄着の中、汗を拭き拭き、寒い車両は今日も動いている。
通常の乗客たち 1
通常電車内の立っている人は座っている人の顔などでどこで降りる人なのかを覚える。服や顔や鞄などは変わりやすいため、記憶するには向いていない。
ところがうつむいて寝ている人はそうもいかない。見えている部分がつむじ部分だけなのだ。さすがにそこまでは覚えられない。
それでも、予想だにしなかった目の前の人が急に降りて、自分が座れるとなんとくな得をした気分を朝から味わえる。こんなちいさなことで、幸せを感じることに若干の心のさみしさは見ないに限る!
通常の乗客たち 2
電車の中には、いろいろな人がいる。人種も色も、髪も体型も違う人がいる。
そんなある日のこと。人のことは言えないが、満員電車、なにやら自分の腰にぷにっと…あたる。しかし、後ろなのでよく見えないし、回転するほどのスペースもないほど、混んでいた。
電車が揺れるたびにぷにぷにぷに…。どんなカバンなのだと、なにを持っているのかと。
気になって、気になって、トンネルでやっと窓に浮かぶおっちゃんの姿が見ることができた。そして、理解する。これは……腹?中年太りですか?
いークッションになってますが……これのせいで、電車内が混んでいるのかな?とか朝から思っていたり。ぷにぷにぷに…と、次の駅に着くまでに続いた。
普段、鉄仮面だなんだと言われている私だが、必死で笑いをこらえていたのは言うまでもない。