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1-1 乗り気でないボーイミーツガール

昨今、漫画やライトノベルの世界では、朝というものは最早一種の戦場だと言える。

窓を蹴破り突撃してくる幼馴染み、裸にYシャツで布団に潜り込んで来る許嫁、曲がり角の向こうから走って来るパンをくわえた遅刻少女等々。

勿論俺とて自分嫌いの前に一人の男子高校生、その手の妄想もしよう。もっともその後、可哀想に俺なんかの相手をさせられた美少女達に全力土下座を決め込むのが浮雲クオリティ。

……話が逸れた。

俺が言いたいのは、いや、そんなんありえんだろうと。その一点である。俺なんぞに何かを否定する権限があるはずもないが、しかしそうは言っても、あり得ないものはあり得ないのだ。

従って。

朝俺を起こしに来たままかれこれ10分ほど枕元で何かを逡巡している俺の妹、浮雲流(ながる)は、決して俺にボディプレスを決めたり、ましてや布団に潜り込もうとしているのでは無い。

そういうんが見たいならエロゲでもやってろ。

「えーあー、ごほん……ほら兄貴、起きろよ」

末に、普通に肩を揺すられた。……果たしてこのモーションに10分の長考が必要だったのか。


……さて。

それでは、スイッチを入れようか。


俺は自分の自分嫌いを周囲に隠して生きている。周囲に対して俺は、仮面一つ隔てて接しているという訳だ(勿論俺はそんな自分が、いやそんな自分も、大嫌いである)。

というのも、俺の自分嫌い、何分密度が濃すぎるため、一般の方々はまともに触れるとその日一日鬱屈した気分で過ごすことになるのだ。俺は自分を嫌いな分世界が大好きなので、そのような事は望むべくもない。

そして、起きぬけの第一声というのは、俺の自分嫌いが外界に漏れる可能性が一番高い。しかもかなりの高純度で。つまり、自分の言動に最高の注意を払わなくてはならないという事だ。

……まったく、寝ぼけというのは自分の次くらいに嫌いである。

「……それにしても、血が繋がってるとは思えない良くできた妹様に、よもや俺ごときゴミを触らせてしまうとは……」

あれ?

なんか、早速漏れた。

「なっ!? な、なん何言ってんだよ兄貴!」

案の定動揺する妹。確かに、もう自分嫌いがどうとか以前に、普通にキモかったしな。

『普通にキモい』程度で済んだのは、不幸中の幸いと言えるが。

「…………とでも言うと思ったかこの野郎!なんでお前枕元で10分もボーッとしてんだ早く起こさんかいコラ!!!」

起こしてくれるだけ有難いと思ってますハイ。

「へ…………!!?あ、兄貴起きてたのか!!?……す、寸前で思い直して良かった(ボソッ)………」

「……何を?」

本当に何を?

「お、起きてたなら早く言えってことだよッ!!!」


☆★☆★☆★☆★☆★☆


俺の妹浮雲流は、死ぬほどランドセルが似合わない小学六年生である。

俺とさして変わらない165センチの高身長でスラリと足が長く、出るとこも出て顔立ちも大人びてるとなれば、それも無理からぬ事だが。

本人はそれを憂いており、まだまだ可愛い格好をしていたいらしい。が、しかし、親がそれを許さなかった。曰く「もったいない」。その結果、今俺の隣を歩いているのは、ショートカットの良く似合うイマドキのかっけーネーチャン(しかしランドセル装備)というわけだ。

…………俺の中で自分嫌いがメリメリ加速しているのが分かる。肩身が狭くて泣きそうだ。せめて姉なら良かったのに。

「あーにきー」

俺の気持ちも知らず、いや、俺の気持ちなど分かってもらっちゃ困るのだが、とにかく知らず、妹は無邪気に付いてくるのだった。

「スタンド能力が身に付くなら何がいいー?」

「おい何の話だよちったぁ版権に気ぃ遣えよまったく………でもま、ザ・ワールドだろやっぱ」

本当はチープトリック。

「うわっありきたり」

「いや、エロい目的に使おうとしたら時間停止ほど都合のいい能力もねェだろ?」

自殺しようとしたらチープトリックほど都合のいい能力もねェだろ?

「誰がそんな話をしろっつったよ!!! あ、兄貴の馬鹿!」

「ふはは。男子高校生の思考なんてもんは全てがエロに結びつくからな、お前も気を付けろよ」

俺の思考については地の文を読め。

心は女子小学生な流は耳まで赤くなり黙りこんだ。俺は −俺が仮面として使用している人格は− ここで追撃の手を緩めるほど甘ちゃんでは無い。

「…で?お前は何のスタンドが良いんだ?」

流の事だから、どうせ主人公の誰かなんだろう。

「………アトゥム」

「…そりゃまた」

これは意外。


「……アタシは、兄貴の心が知ってみたいよ」


……………………………………………。

心臓が、止まったかと思った。

そのまま止まっても、別に構わなかったが。


だが、まさか。


仮、面が、バレた、か…?


俺が心に『何か』隠してるのに、感づいたのか?


なぁ、妹よ。だとしたら。

お前が開けようとしてるソレは、パンドラの匣だぜ?

ただし、希望は、入ってない。


しかし、

「あっ………な、にゃ、ち、違うからな!!?ふかっ深い意味は無いから!!!」流はあたふたした後、ちょうど俺の高校の方と自分の小学校の方との分かれ目に差し掛かった所だったので、これ幸いとそっちの方に走って行ったのだった。

「……杞憂、か…?」

小学生が俺の『中身』に触れた場合、冗談抜きで発狂する可能性がある。妹をそんな目に合わせるような事は、絶対にしたくない。

………。

……あれ。


もしかして今俺、自殺の大義名分を得たんじゃないか?


「まずいな……やっぱ誰かと一緒にいないと

汚い思考が止まらねェや」

まぁ、結構自殺はしないんだろうけど。

怖いから。



☆★☆★☆★☆★☆★☆


ついさっき「汚い思考が止まらない」と述べたように、俺が心に被せた『仮面』は誰かと一緒にいないと発動しないため、俺は学校でも数人の友人と常につるんでいる。

いや、俺のような放射性物質の絞りカスにも劣る社会ゴミは教室の隅に一人で転がしておくのが一番良いであろう事は重々承知だが、しかしそれだと、俺の『自分嫌い』が一人言などの形で周囲に漏れ出る可能性があるのだ。

故に、今目の前にいる田渕(たのふち)他数名には、「おれの友人でいる」という重荷を背負ってもらっている。土下座してもし足りないレベルだが、どうせしてもしたりないので、土下座はしない。

今は朝のHR前。生徒の会話が最も弾む時間だ。

「朝っぱらからお前の面なんざ見たくねぇよ…」

「来て早々にもの凄い暴言を吐かれた!!!」

田渕は目を剥いて叫ぶ。まぁ当たり前だ。

「あぁったく、顔近づけんな体育会系。ガチホモが移る」

だがこれも、『仮面』のキャラ付けのための必要悪なのだ。

「最近いつも思うんだが……俺は何でお前と友達やってるんだ?」

「ドMなんじゃねえの」

必要悪、必要悪。

「ま、いいや」

……俺も色々な意味で変態的だが、しかし田渕、自分のドM疑惑を「ま、いいや」で済ますとは、お前も結構なモノだぞ。

今若干、自分の事が好きになったもん。

まぁ、嘘だけど。

「んで、小耳に挟んだんだが、なんか今日転校生が来るらしいぜ」

「はぁ? 今六月だぜ?」なんだってこんな半端な時期に。俺ごときには想像もつかん。

「さぁな。ワケアリなのか変わり者なのか」

「変わり者だからワケアリなのかも知れないぜ」

「ま、かわいければなんでもいいや」

「かわいくて変わり者というのは、それはもうミステリアスガールだろ」

だいたい女子と決まった訳じゃねェ、いや転校生は女子と決まってる、等々、男子高校生らしいお馬鹿な会話を続けていると、やがてHR開始を告げるチャイムが鳴った。


結論から言うと。


転校生は田渕の定義通りの人物だったし、しかもすこぶる可愛いかった。


おまけにミステリアスなのも当たっていた。


ただ、そのワケアリの度合いが、


通常の範囲を大きく逸脱していただけで。



★☆★☆★☆★☆★☆★


「転校生を紹介します……」

担任教師の第一声から、俺達は大きな違和感を感じていた。

彼は勤勉とは言えないが、しかし与えられた役目はきちんと責任を持ってこなすタイプだ。それは、彼の受け持つ一年B組で二ヶ月過ごしてみて分かっている。

だが、今の先生の台詞、なんというか、いやに投げやりで、転校生をクラスに馴染ませるつもりがない……、いや、というよりむしろ、


転校生をクラスに馴染ませるのを最初から諦めている


…そんな印象を受けた。

一体、何だと言うんだ。

しかし先生は、こちらのちょっとした混乱など構わず、

「入ってきなさい」

と言った。

直後、扉は静かに、ゆっくりと開けられ−


その瞬間のことを、俺は多分一生忘れないだろう。


入ってきた少女は、この世の物とは思えないような、美しい容貌をしていた。

身長150センチに満たない小柄な体。体格相応の幼い、しかし既に完成された芸術を思わせるその顔。もっとも、彼女が成長しようとも、その体格に見合った最大の美しさを身につけるであろう事は容易に想像できる。

無造作に伸ばされたように見える、しかし傷んだ印象は全く受けない髮は、墨を塗ったように真っ黒だった。

華奢な体を包む制服は前の学校のものらしく、スタンダードなウチのセーラー服に比べてデザイン性の高いブレザーで、それがまた異常に似合っていた。


が。


そんな些末な事はどうでもいい。


それらを些末と言い切れるほどの特徴が、彼女にはある。


彼女は、



彼女は俺と同類だ。


彼女は自分の事を、心の底から嫌っている。


しかも、それを隠そうともしていない。


ドアが開け放たれた瞬間には、俺にはその事実がはっきりと分かっていた。第六感だとか、そんな大層なのものでは無く−既視感。鏡の中の自分を見ているような既視感が、彼女の内面を如実に物語っている。

教室は、転校生の入室にも関わらず、しん…と静まりかえっていた。……先生は、なんとなくこんな結果を予想していたのだろう。あの投げやりな態度も納得できようものだった。

陰鬱。

陰鬱の極みである。

と、いうか……はは、

なんつーか、

俺ってやっぱ気持ち悪いなぁ。

「自分の事が嫌いな人間」……客観的に見られる日がまさか来るとは思わなかったが、結構……キツいな。


気持ち悪くて泣きそうだ。


気持ち悪くて吐きそうだ。


気持ち悪くて死にそうだ。


いや、単に死にたい。


俺は、自分の事が嫌いであるがゆえに、自分に似ている彼女の事も嫌いだった。徹頭徹尾嫌いだった。終始一貫嫌いだった。

あれだけの美少女を、そんな理由で嫌える事が自分で不思議だったが、しかし、本当に、全身全霊をかけて、嫌いだった。

……と。

ここで、さらに強烈な違和感。

クラス全体を覆ってた陰鬱さが、いつの間にか綺麗に消えている。

……?

何が起こった?

怪訝に思い黒板の方に目をやる。−と、転校生の少女が姿を消している。

……いない?

何故?

「お、おい、浮雲?」

田渕の声で、気付く。

転校生の少女は、俺のそばに立っていた。

今まで想像したこともないような、輝かんばかりの笑顔を浮かべて。

「え、は…………〜!!!??」

抱きつかれて、キスされた。


……………あ、あぁ、ァ

気持ち悪い!!!

気持ち悪い気持ち悪い吐きそうだ気持ち悪いやめてくれすいません吐く吐く吐く吐く!やめろすまんなんでもするから気持ち悪い気持ち悪いキモチワルイ吐く吐く吐く吐く吐くハクハク!!!……!!!

その時俺は、自分自身の嘔吐感を抑えるのに必死(彼女の美しい顔に吐瀉物を吹き掛けた際の自己嫌悪はその場で舌噛んで死ぬレベル)で、周りの事など気にしてる暇などなかった。もっとも周りは、美少女にファーストキスを奪われた俺の気が動転したものと理解したが。

だから、これは伝聞なのだが、彼女はキスの後、酔ったような顔で、こう囁いたらしい。


「私と……付き合って」


それが。

俺、浮雲付和と、転校生、黒瑠璃李々(くろるり りり) −二人の自分嫌いの、一方にとっては最低最悪な、もう一方にとっては最高最善な、出会いだった。

どちらがどちらかなんて、言うまでもない。



★☆★☆★☆★☆★☆★


俺が彼女に感じたのは、同族嫌悪、というより自己嫌悪だったが、彼女が俺に感じたのは、初めて仲間に出会った喜びだったらしい。

で、それが一気に恋愛感情にまで発展したと。

…………。

「ふざけんな」

いや、むしろ悪ふざけであって欲しい。

「ふざけてない」

対して、転校生の少女は顔を赤らめて笑う。俺との会話が楽しくて仕方がないといった風に。

先程の大事件。

俺が墓場まで守り抜こうと密かに誓っていたファーストキスが、絶世の美少女に奪われた一件。

あの後俺は、ざわめく教室から逃げ出した(ちなみに教室の陰鬱さが消えたのは、彼女の喜びが『仮面』の役割を果たしたから)。抱き付いていた少女も、自動的についてくる事になり−

そして現在、俺達は空き教室に二人きりである。

「……転校生、名前は?」

「黒瑠璃李々」

「そうか、黒瑠璃さん」

「李々」

「黒瑠璃さん、」

「李々」

「………李々さん」「李々」

殴ったろか。

「李々ちゃん」

「李々」

「李々様」

「よろしい」

「………………………………………李々」

「なに?」

「離れてくれ。コアラかアンタは」

ぶっちゃけ口開く度に吐きそうなんです。

というか俺、『俺』全開。人前で『仮面』取んの 何年ぶりだろう。

ともあれ黒瑠璃は、今度は割りと素直に従った。

「さて、と……。李々、まず一つ、ハッキリ言わせて貰うぞ」

「うん。なに?」


「俺はお前が嫌いだ」


「私は貴方が好き」

黒瑠璃は、動じた様子もなく言ってのけた。

「………………………」

思わず絶句。

……話、通じてんのか?

「な、何でだよ」

「一目惚れ」

「……オーケー、この際その勘違いには突っ込まねぇよ。けど、今こっぴどく振っただろうが!何で諦めない!」

「…………す、好きだから」

か、可愛い!……が、可愛さ余って憎さ百倍。

「逆に聞くけど、どうして貴方はそんなに私が嫌いなの?私、結構可愛いよね?」

「そりゃお前…………」


………え?

今、コイツ……なんて言った?

「か、確認するけど……お前、自分の事が、嫌い、なんだよな…?」

「ん。大嫌い」

だよな。確認するまでもない。あんな陰鬱さ、誤魔化しようもない。

じゃあ。ならば。


なんでコイツ今。

(私、結構可愛いよね?)

自分を肯定出来た?


混乱。混乱に次ぐ混乱。意味がさっぱり分からない。どういう事だ。何なんだ一体。

「ねェ、付き合お?」

こっちのことなど構い無く、黒瑠璃は訊ねる。

「だ、だから!俺はお前が……」

「私、フラれたら、多分すっごい傷つくよ

喜ぶ隙なんて、微塵も無いくらいに」

「ッ!」

「クラスの皆は、多分ロクな事にならないよね」

俺は自分が嫌いで。

だからコイツも嫌いだ。

けど、世界は大好きだ。


俺の周りの世界は、特に。


見抜いている。全て。

「…………お前は、好きな相手を脅すのか…?」

「脅すよ」

黒瑠璃は、満面の笑みで

「だって、好きだから」

言ってのけた。

……。

…………。

……………。

………………………………………………………………。

………………!

「……今から俺は、お前の彼氏だ」

「うんっ」

「教室もどるぞ」

「うんっ。でもその前に、名前教えて?」

告白と順序が逆だ。と思ったが、なんかもう、どうでも良かった。


こうして俺に彼女が出来た。

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