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俺の嫁と言ったら、俺の嫁 -萌の壁、前編-

 読んでくださっている方には、大変お待たせいたしました。その割りにはアレなのは仕様的なアレということでひとつ。

 今年は、せめて月刊くらいで何か書きたい…

 でもたぶん、忘れたころにやってくる誰得勇者だと思います。


「相談に乗ってくれないか?」



 ごく親しい友人に、深刻そうな顔でこんな台詞を言われた場合、普通ならどんな反応を返すだろう。


 もちろん、親切な人間ならば二つ返事で了承するだろうし、そうでなくとも、相手をすることを億劫がったりはしないだろう。即答で断るような人間は、人でなしの烙印を捺されても、おそらく文句は言えまい。


 ところがしかし、彼──ここでは形式に則り、彼をピエール、と呼ぶことにしよう──の場合、返答までには少々の時間が必要だった。


 日本のとある町、世界的に有名なファーストフード店の一角、彼とその友人の姿は、どこにでもいる放課後の学生同士のそれでしかない。実のところ、いささかばかり、平凡、とか平常、とは言い難い状態ではあったのだが、それは一旦、割愛しておこう。とりあえず、彼ら二人の青年がごく普通に見えることは間違いないのだから。


 コーヒー味のシェイクを吸い上げるのをやめて、ピエールは友人を眺めやった。何となく、というか明確に、イヤな予感がする。予感というより、むしろ未来予測。だが残念なことに、ピエールはけして人でなしではなかった。



「……で?」



 人でなしではないので(かいひふかのうなので)嫌々ながら、話を促す。わずかな沈黙が、ピエールの本音だ。


 ピエールとその友人であるヒョウガは、そこそこ長い付き合いになる。最初に出会ったのはインターネット上でのことで、同じゲームを通して話をするうち、趣味が合うことと意外に近所に住んでいることがわかって、リアルでもごく親しい仲になった。

 彼にとっては、話題を共有できる貴重な友人であることに間違いなく、今後も良い付き合いを続けていきたいと思っていたはずなのだが、どうもここのところ、雲行きが怪しい。


 若者らしく、茶色に染めてワックスで整えた髪に、ごくありふれたファッション。ピエールもヒョウガも、休日の町中にあっては良くも悪くも埋没するしかないような外見だが、その中身は、少なくともヒョウガに関しては、平均から大きく飛び離れていたようなのだ。



「他でもないんだ。なあ、俺の嫁と結婚するにはどうしたらいいと思う?」



 ごくごく真剣な顔で、ヒョウガは切り出した。


 年齢的なことを言えば少々早いかもしれないが、言葉だけ見れば至極まっとうな類いの恋愛、もしくは将来の相談に思える。

 もちろん、「嫁」と「結婚したい」という言い方は根本的におかしいのだが、近年、日本のサブカルチャーで使われてきた言い回しが広く知られるようになっていることからすれば、いわゆる「若者言葉」としてはじゅうぶんに許容範囲だ。というかそもそも、ピエールもヒョウガもそのサブカルチャー世界の住人である。


 そして、その場合の使いかたである「最愛の(おれの)二次元キャラクター(よめ)」との結婚を夢想しているのであれば、「現実に戻ってこい」「それは ただの え だ」「フォトショあたりで頑張れ」とでも言ってやれば事は済む。


 だが、実際はもう少しばかり、現実的で深刻、加えて実に莫迦ばかばかしかった。



 こんなことを言い出すだけあって、ヒョウガには恋する相手がいる。それも当然、いろいろと言葉を省略するが現実の存在で、きちんと触れ合える。何より、ヒョウガとは相思相愛なのだ。


 彼女は優しく気遣いのできる素敵な女の子で、ヒョウガ基準では(まあ、一応ピエール基準でも)非の打ち所のない美形。ヒョウガの彼女でさえなければ、ピエールも理想の女性だと思ったかもしれない。


 ふたりが出会った頃から知っているが、艱難辛苦を乗り越えて結ばれた彼らは本当に幸せそうで、ピエールとしても、たまに「爆発しろ☆」などと思いつつも、あたたかく見守ってきたのだ。


 そんなふたりが、今、思ってもみなかった問題に直面している。それはもう、ため息をつく以外にどうしようもない問題に。



「……決意は固いのか、ヒョウガ」

「当たり前だ。俺には彼女しか──フィアンナしかいない。他の女なんか考えられないし、目にも入らない」



 誠実さに満ちあふれた宣言を聞き(それはそうだろうな)とピエールは内心考える。フィアンナは、正しくヒョウガの「理想の女性」だ。それは当たり前のことで──何せ。



 フィアンナという存在を作ったのは、ヒョウガ自身なのだから。



 別段、深刻そうな話題のせい、というわけではなく、店内の注目を集めながら、ピエールは遠い目をする。


 彼がヒョウガと出会ったのは、「Main Role Makers」という世界的にもなかなかに有名だったオンラインゲーム上でのことで、自由自在に自分好みの世界やキャラクターを作れるそのゲームで、彼らはお互いが似たような趣味をしていることを知った。


 それ以来、ゲームでもリアルでも親しく付き合ってきた彼らだが、その友情が密かに一変する出来事が、一年ほど前に起こってしまった。


 それは勇者現出リアルポップ事件、と呼ばれている。平凡な学生であるピエールには詳しいことは何ひとつわからないが、彼がその事件の当事者であり、それ以来、いろいろな意味で彼が平凡から外れてしまったことは確かな事実である。


 その事件、というか現象をひと言で言うなら、「ゲーム上で設定されたキャラクターが、なぜか現実空間に現れた」ということだ。それも、そのキャラクターを設定したユーザーの元に。


 当然のように、ピエールやヒョウガの元にも、彼らが生み出したキャラクターが現れた。



 正直に言えば、嬉しくなかったわけではない。そもそも、自分好みのキャラクター、それも、本来なら絶対に出会いようのなかったはずの存在が、目の前に現れたのだ。まさしく夢や小説のような出来事に、心は踊った。


 それは、共通の嗜好を持つ友人のヒョウガにとっても同じことで、それから、二人の友情はさらに高まるだろう……と、思っていたのだ。



 さて、いつまでも現実逃避してはいられない。時間稼ぎにと吸い込んでいたコーヒー味のシェイクもなくなってしまった。


 口の中で溶けたシェイクを飲み込んで、ピエールは友人を見つめる。思えば遠くへ来たものだ。


 ヒョウガには相愛の相手がいる。それは問題ない。その相手とは、何を隠そう、彼が設定したMRMのキャラクター……メインロールだ。それもとりあえず、大きな問題ではない。本来ならただの痛々しい人のはずだが、どういう因果か、彼女は現実に存在しているのだから。


 問題はただひとつ。



「ヒョウガ……お願い、もう一度よく考えてみて。わたしは、そんな、すぐに結婚とかしたいわけじゃないし……いろいろ、そう、いろいろ、問題もあるわけだし……もっと、ちゃんと、考えるべきことがあると思うの」



 ピエールは、今まで故意に逸らしていた視線を、ヒョウガの隣に向けた。そこにいるのは、誰あろう、ヒョウガの「彼女」。困ったような、いやむしろ、疲れたような目を恋人に向けている彼女は、友人と違って、実に理性的だ。幸いなことに。


 やさしげな琥珀色の瞳は、ふたりの間で恐らく何度も繰り返されただろう話題に揺れ、艷やかな深紅の鱗に包まれた体躯を居心地わるそうに揺すっている。項垂れた長い首はなかなかに扇情的だと思うが、それ以上に哀れを誘う。




 そう、問題はただひとつ。


 ヒョウガの恋する相手が、麗しくも力強いドラゴンであることだ。


読んでくださる方、お気に入りしたり評価してくださる方が本当に励みです。ありがとうございます。

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