合法のようなアウト
マイノリティ、という言葉がある。広い意味で言えば「少数派」のことだが、使うタイミングや場所によっては、ひどく限定的な意味になってしまう言葉だ。
差し当たって、日本の某地方都市にある、何の変哲もないとある公立学校の一教室で用いられる場合、大概においては後者である。
そう、「少数派(性癖的な意味で)」だ。
使用者の意思にさらに添うように砕いてみるなら、「変態」。
つまりはそういうことである。
ちなみに、このクラスには、何の因果か大変聞こえのよろしくないこの言葉が当てはまる人物が三名、在籍している。
本来、性癖というのは万人に明らかにされるべきものではなく、ましてそれがマイノリティに属するのであれば、ひた隠しにされていて当然だ。
それがなぜ、クラス、いや学校中に知れ渡っているかと言えば、これはもう、世界に名高き「勇者現出事件」の罪科としか言いようがない。
重度のネットゲーマーであると知られるだけでもそれなりのダメージになりうるというのに、隠れた趣味や性癖までが暴露されるとあれば、これはもう、未曾有の大事故と言ってもいいくらいの事件であろう。
閑話休題。
件の三名のうちの筆頭は、ゲーム内でも屈指の廃人であるドS少女。彼女については、もはや説明の必要もあるまい。
もう一人は、彼女の親友であるシルヴィア。生粋の獣フェチとして一部に絶大な支持者を持つ有名プレイヤーだが、これについては「動物好き」という美しい言葉に言い換えることと、本人がうら若い少女である、という見た目の微笑ましさによって、ギリギリ一般人の許容範囲内、ということにされている。
最後の一人こそが、上記の二名に比べて廃人度は低いながらもプレイ内容が欲求に忠実すぎることで校内マイノリティの一角を担う、とある少年だ。
彼の名前は、「ヨージ」という。
日本人なら咄嗟に三種類くらいは当てはまる漢字が思いつきそうな名前だが、実のところ、これは彼の本名である。本人のスペックも名前同様、実に平々凡々で、中の上程度の成績と、体育の授業で不自由しない程度の運動神経と中肉中背の体格を持つ、大人しそうな地味メン。
そんな少年も、ゲーマーとしての情熱とセンスはまあ人並み以上にあったようで、彼の作成したフィールドは、絵本のようなRPG的世界観と男子が作ったとは思えないようなほのぼの可愛いヴィジュアルで、そこそこの人気を博している。
その世界の主役を張るメインロールは、「セアラ」という名の少女だ。おつかい風の冒険の主人公として設定された、ふわふわした栗毛と同じ色の大きな瞳が実に可愛らしい、設定年齢五歳の少女──いや、幼女である。
繰り返そう。幼女である。
そう、ヨージ少年が三強に数えられる、むしろある意味彼こそが筆頭ともささやかれる理由が、ここにある。
いやもちろん、男子学生が可愛らしい幼女を主人公とした可愛らしい冒険ファンタジーを考えるのが悪いということはない。そんなことを言えば、少なくない数の男性作家やクリエイターも全員アレだ。
だから、彼が完全アウトと言われるのは、作成物ではなくプレイスタイル──むしろ命名理由のせいなのだ。
彼のロール名は「ヨージ」。ちなみに本名は「高瀬陽司」というが、別にゲーム慣れしていないわけでもない彼があえて本名プレイをしている理由は、ただひとつ。
「理想の幼女に本名を呼んでもらいたい、というささやかな願望の何が悪い!」
「趣味が悪い」
「願望の存在がもう悪い」
リアルポップからこちら、現れた「理想の幼女」を人目もはばからずに溺愛する彼は、「真性のロリコン」として、すでに校内に知らぬものはない猛者である。
大多数の主に女子にドン引きされる一方で、そのいっそ天晴れな開き直りぶりから同好の漢たちの希望の星でもあった。
たまに、微妙に意見が食い違うらしい「【おにいちゃん】原理主義者」たちとは抗争が起こっているらしいが、それは彼的にささいなことである。理想の幼女と現在──もしかしたら将来に渡って──ひとつ屋根の下に住む彼は、紛うことなく勝ち組だ。
そんな彼の作ったフィールドは、敬意と悪意とひとさじの憐憫を込めて、「幼女視姦RPG」と呼ばれている。
まあ、当然、世間の風は温かくはないわけだが。
「いいじゃねえか、メインロールは本来、リアル幼女じゃないわけだから、犯罪じゃないし」
「アのつく例の人がアップを始めています」
「あんたみたいな人がいるから、児ポ法があさっての方向に行くんだよ」
「いやいやいやいや。考えてもみろよ。今まで、俺が現実の幼女に手を出したことなんてあったか?」
「あったらすでに通報してる」
「むしろ今スタンバってる」
「待て待て待て待て。そうだろう、俺たち幼女を愛でる罪のない男たちは、これまで現実の幼女たちは遠くから見守るに留め、その寂しさを二次元の幼女たちに慰めてもらっていたわけだ」
「どうしようしいちゃん……こいつきもちわるい」
「ののが言うとマジお前が言うなだけど、同意」
「きもちわるいのはあたしじゃないもん豚だもん」
「だがしかし!」
冷たい視線を寄越す二人の少女にめげることもなく、少年は固く拳を握りしめて熱くうなずく。
「今、そんな俺、いや俺たちの元には、理想の幼女が降臨している! これこそ、神様がくれたご褒美、ロリ界のエヴォリューションなんだ!」
「「そんなわけあるか」」
「ロリコンはロリ界に帰れ」
「真人間にトランスフォームしろ」
「……お前らが言うなよ」
現実として、ポップしたメインロールの中には、例えばセアラやシルヴィアのパートナーたるシロのように幼児型も少なくないし、嘆かわしいことに、ヨージと同じ性癖の者もいる。人間型、亜人間型のメインロールたちの人権問題について、法的整備が急がれている一因である。
晴れてメインロールたちの基本的人権が認められた暁には、もしヨージが境界線を踏み越えた場合、友人としてせめて自分たちの手で通報してやろうと、二人の少女は心に決めていた。
ちなみに、今のところ、メインロールたちは「ペット」と同程度以上には扱うことが暗黙の了解とされている。この場合、ナニかあったら、通報先は保健所だろうか。
「だがまあ、俺たちには無敵のアレがあるからな」
「イヤな予感しかしない」
「エターナルフォースブリザードでしなせたい」
しかつめらしく腕を組んだ少年は、勝ち誇った声で、こう言った。
「※こちらの登場人物は、全員十八歳を超えております。勘違いしたらだめだよ、おにいちゃんたち☆」
「「はいアウトー」」
yes、ロリータ no、タッチ!
だがしかし二次元と脳内妄想に限り別にペドでも何でもいいと思っています。