第三十話 敵襲の報(アロナ島地図再掲)
ロイドの報告を聞いてから、さらに一週間ほどが経ったある日の午前。事態は急変した。
「国王陛下! 急ぎの報せです!」
王の館の裏手で戦士たちと共に模擬戦に励んでいたエドウィンは、険しい表情で言いながら駆けてきたサベルトの方を振り返る。他の戦士たちも皆、模擬戦の手を止めて彼の方を向く。
「敵襲です! 領土の西の端にある村が襲撃を受けました!」
それを聞いたエドウィンは、自身も表情を険しくしながら、戦士たちを見回す。
「戦士諸君! リンダム王国の守り手である君たちの出番だ! 装備を整え、すぐに出陣できるよう備えておいてくれ!」
王の言葉を受けて戦士たちが慌ただしく動き出すのを横目に、エドウィンはジェラルドを近くに呼び、共にサベルトから詳細の説明を受ける。
「敵は北西の大森林を回り込んで、海岸沿いに移動してきたみたいです。方向からして、タイウェルに従属してるガレスとかいう奴の手勢かもしれません。数は三、四十人くらいで、大半は農民の男たちが適当な武器を持っただけの民兵らしいですが、中にはまともな装備をした奴も何人かいたそうで」
「となると、ガレスがタイウェルから指示を受けて、自ら配下と民兵を率いて出てきたと見るべきか……確か、奴の支配域は十ほどの人里を抱えているという話だったが、そこに暮らすおおよその人口から考えると、かなり頑張って兵の数を揃えたようだ」
あくまで頭数だけで、質の面ではたかが知れているようだが。そう考えながら鼻で笑い、エドウィンは再び口を開く。
「村の被害状況は? 民の犠牲はどれほど出ている?」
「それは……おい、どうなんだ?」
サベルトがそう言って視線を向けたのは、彼の後ろに立っている若い男だった。貧しい農民だと一目で分かる身なりで、肩で息をしており、まるで水でも被ったかのように汗で濡れ、ひどく疲れている様子。まるで長時間走り続けた後のような有様で、それから察するに、この若者が敵襲の報をこの都まで届けに走ってきたようだった。
「ええと……俺は、西から軍勢が攻めてきたのを村の皆と一緒に見て、俺が村でいちばん足が速いから、王様の館まで報せに行くよう顔役たちに言われて、それですぐに村を出たので、よく分かりません……ただ、羊の放牧をしてた奴らが軍勢に早く気づいたおかげで、襲われるまで時間が少しあったから、きっと逃げられた奴も多いと思います。そうだったらいいなと思います」
「そうか。私も、君の同郷の者たちが一人でも多く無事であることを願っている。見知らぬ軍勢が来てさぞ恐ろしかっただろうが、よくぞここまで辿り着き、報せてくれた」
やや要領は悪いが言いたいことは十分に伝わる若者の説明を受け、エドウィンは優しい微笑を浮かべながら彼の肩に手を置いた。
「これより私は戦士たちを率いて直ちに西へ向かう。君の村を襲った連中に、この私が相応の報いを受けさせよう」
「……あ、ありがとうございます、王様」
王を前にひどく緊張していた様子だった若者は、エドウィンの微笑を受けて表情を和らげた。エドウィンは彼に頷くと、裏庭の隅に視線を向け、手招きをする。
「アンナ、こっちへ来てくれ!」
呼ばれたのは、ジェラルドの娘で、使用人ドーラと共に館の家事などを担っている少女アンナだった。普段は専らエドウィンやクレアの身の回りの世話を務め、今は王の休憩に備えて水の杯や汗を拭くための布を持って控えていた彼女は、急ぎ駆け寄ってくる。
「陛下、お呼びでしょうか?」
「この者を適当な家に案内して、休ませてやってくれ。食事と水も出してやるように」
「分かりました。すぐに準備します」
父や兄レオフリックに似て生真面目で聡明な少女は、上品に一礼して答えると、ふらつく若者を案内しながらこの場を離れる。
「……国境付近の人里に注意を促しておいて幸いでしたね」
「ああ。おかげで、叶う限り最速で敵襲の報を受けることができた。今のところは被害もそう大きくないようで何よりだよ」
ジェラルドの言葉に、エドウィンは首肯を返す。
エドウィンたちは領土の北端の辺りを戦士たちに目立つかたちで巡回させたりと、タイウェルとの境界線争いを誘発するための工作活動を行っていた。それと並行して、タイウェルが兵を集めて侵攻してきたら早期に気づけるよう、北と西の国境地帯に位置する各人里に、異変があったらすぐに王の館まで報せるよう言っておいた。その備えが今回見事に活かされたことになる。
「とはいえ、何ら係争の段階を踏まずにいきなりこれほど露骨な襲撃を仕掛けてくるとは。こちらは地道に工作活動を行っていたのに、全て無駄になってしまった。まったくいい迷惑だよ。おまけに己の手勢を使わず、子分をけしかけるとはいいご身分だ」
顔をしかめながら、エドウィンは吐き捨てるように言った。
そこへ、自分たちの出陣準備を終えたレオフリックとオズワルドが、エドウィンとジェラルドの装備を運んでくる。彼らの後ろには不安げな表情のクレアもいた。
「陛下。装備をお持ちしました」
「ああ、ご苦労……クレア、状況は聞いたかい?」
エドウィンはレオフリックに応えつつ、傍まで歩み寄ってきたクレアに尋ねる。彼女は不安げな表情のまま頷く。
「はい。レオフリックさんとオズワルドさんに教えてもらいました。西で敵の襲撃があったと」
「その通りだ。リンダム王国の庇護者として、戦士たちと共に義務を果たすときが来た。敵は脆弱で、数もたかが知れている。容易く打ち倒して帰ってくるさ」
愛する妃を安心させるように、エドウィンは余裕のある笑みを浮かべて言った。
「はい。勇敢な陛下と精強な戦士の皆さんが戦うのですから、勝利は間違いないと私も思っています……ですが、戦いとなれば不意に怪我を負うこともあるかもしれません。陛下と皆さんが無事に戦いを終えられるよう、神々に祈りながらお帰りをお待ちしています」
「ありがとう。神々も君の祈りに応えて、僕たちを守ってくれることだろう」
クレアの頭を優しく撫でて言ったエドウィンは、手早く装備を身に着けたジェラルドの方へ視線を向ける。
「戦士団から三十人……いや、二十五人連れていく。残りは敵の別動隊がいる場合に備えて、ここで都の防衛だ。周辺に見張りを立たせ、決して奇襲を受けないように備えよう。それと、近隣の人里に伝令を出して、王の名のもとに兵を出すよう命じてくれ。集めた徴集兵にはクロスボウを持たせ、都を守る戦力を増強する。戦士の割り振りはジェラルド、君に任せる」
「御意のままに、陛下」
エドウィンの命令を受け、ジェラルドは戦士たちに細かな指示を飛ばす。戦士団を出陣する者と留守を守る者に分け、サベルトに留守組の指揮を命じる。
その間に、エドウィンは装備を整える。腰のベルトを一度外して半袖の鎖帷子を着こむと、再びベルトを巻き、自身の剣と短剣をそこに吊るす。そして王家の紋章が描かれた盾を背負い、白兵戦にも投擲攻撃にも使い勝手の良い戦斧を握る。
「陛下。出陣する者を選び終えました。いつでも動けます」
ジェラルドの報告に頷き、エドウィンは出陣に備える戦士たちを見回す。そして、不敵に笑んでみせる。
「敵は愚かにもリンダム王国領土を荒らした者たちだ。一切の遠慮は不要。思う存分に叩きのめしてやればいい。そうだろう諸君?」
王の言葉に、戦士たちは力強く応える。舐めた真似をした敵への怒りや、戦いを前にした高揚を表情に示しながら吠える。
「さあ、出発しよう! 我に続け!」
エドウィンはそう言って振り返ると、もう一度クレアに視線を向けて優しく頷き、そして歩き出す。傍らにジェラルドを伴い、レオフリックとオズワルドに左右を守らせ、後ろに戦士たちを従えながら王の館を発つと、西へと進軍していく。




