6.存在感を消すのは得意だから適役ではある
笑顔に魅せられてとはいえ、内容を聞いて承諾したのだから、もう逃げられない。
しかも「深山君しかいない」とまで、美咲さんは言い切っている。引き受ける以外にとるべき行動があるなら教えてほしい。
だいたい求められていることも、予定のない休日に美咲さんの先輩カップルと一緒に遊ぶというだけだ。相手がカップルなのだから、やはり気をつかって2人の時間をつくる感じになるだろう。
そうなれば美咲さんと一緒に過ごすことになる。
美咲さんのような美少女と2人で学校の外で遊べる――デートといってもいいことができるなど、人生で二度と起きないようなビッグイベントだ。
だからこそ思ってしまう。
騙されているんじゃないかと。
意気揚々と待ち合わせ場所に行ったら、美咲さんの先輩というカップルに囲まれて高額商品を買わされたり、勧誘されたりする様子が簡単に想像できた。
自分が助かるために、ほかのカモを紹介することにしたのかもしれなかった。それなら「深山君しかいない」に納得できる。
美咲さんはそんなことをする人じゃない。
この先入観というか思い込みだけが、騙されていないと信じる理由だった。
「どうしても嫌だったら断ってもいいんだよ」
態度から実は乗り気ではないのが伝わったのか、逃げ道を用意してくれる。
「嫌っていうか。その、上野さんのこと、よくというか全く知らないから」
騙されているかもと考えていたなどと言えず、ごまかすように同行者のことをあげる。実際、人見知りのため初対面の相手――それも自分以外の参加者3人中2人だ――がいるというのは不安な要素としては大きかった。
「あぁ、そうだね。この人だよ」
スマホをささっと操作して、上野さんの写真を見せてくれる。
アイドルというだけあってきれいな女性だった。
「梨瀬さん。今はアイドルグループのシャインドロップ――シャイドのメンバーなんだ」
自慢するように説明してくれるけど、シャインドロップというアイドルグループは知らず、メンバーになっているというのに多分すごいんだろうなぐらいの感想しか抱けなかった。
「これだよ」
反応から知らないことを察したのかグループの画像を出してくれた。10人ぐらいのメンバーの写る画像は、アイドルっぽい笑顔を浮かべたものだった。
「メンバーは全員で30人ぐらいで、普段はその中でグループを作って活動してるの」
昨今のアイドル事情に全くといっていいほど詳しくないため、それが一般的なの活動スタイルなのか分からない。
「この8人が1軍て呼ばれている中心メンバーで、それぞれがグループのリーダーなの。3~5人でグループを作ってて、梨瀬さんはリルキーに所属してる。GWにお披露目の公演があって、すごいよかったんだから」
「仲がいいんだ」
次々と画像を見せて熱心に説明する姿に思わずこぼした。
「えっ、うん。部活の新入生指導係みたいなのやってて、優しくて色々と教えてくれたんだ。私は家も近くだったから仲良くなって」
よくしてくれた部活の先輩というやつだ。帰宅部の自分では出会えない存在。
「梨瀬さん、レッスンもがんばってて、遅くまで一人でやってた。アイドル目指してたけど、オーディション受けて芸能界入りは親が反対してたから、部活でがんばってるとこ見せたら認められるかもって」
事務所の人達に直接、見てもらう機会もあるから、オーディションとは別の形でスカウトされてアイドルになれるかもというのもあったのだろう。
「夢が叶ったんだね」
「だから本当にすごいって。私も後を追えたらってさ」
美咲さんもアイドルになるのが夢なんだと思う。オーディションを受ければ簡単に合格しそうだけど、上野さんに共感してるとこからして親が反対していそうな気がした。
それなら、あの重い空気になったのやアイドルの話になると垣間見せる暗い表情の説明もつく。
この場で確認することじゃないから黙っているが。
「去年の11月ぐらいかな、彼氏ができたって聞いたのは。アイドルとしてデビューする返事をした後だったから、みんなには内緒だよって教えてくれて」
「バレたらまずいんだから黙ってるべきじゃないのかなぁ」
美咲さんなら吹聴して回らないと信じていたから教えたのだと想像はつく。だけど秘密は、どこからもれるのか分からないのだから知っている人間は少なくすべきだ。
それに彼氏がいることが発覚した時、信じて打ち明けた人が裏切った可能性を考えないわけにはいかなくなる。信じた人を疑うというのは嫌な気分に違いない。
「私もそう思って聞いたら、梨瀬さん『彼氏ができたら誰かに自慢したいんだよ』だってさ」
そういうものなのだろうか。
自分に彼女ができたら、茶化されるのが嫌で誰にも言わずに隠すと思う。それ以前に友人がいないのだから、自慢すべき相手がいないのだけど。
「彼氏いたことないけど、その気持ちは分かるかなって。もし私に彼氏ができたら、やっぱり自慢というか友達にはきちんと紹介して恋バナしたいし」
SNSを楽しくやる陽キャなリア充の考えは、陰キャぼっちとはやはり違うらしい。
「だけどデビュー決まってたのに彼氏をつくったってことなの?」
ずっと付き合っていたなら分かるけど、彼氏をつくるのを禁止されている所に属することが決まってからできたというのはまずいんじゃないのか。
「大会の代わりに、9月に発表会を開いて引退することになってるの。で、引退前の部員の勧誘は厳禁なわけ。だから梨瀬さんは、発表会が終わった後に『本物のアイドルにならないか』って声を掛けられたわけ」
厳禁とはいっても、引退と同時にスカウトされたなら以前から誘われていたと思う。
それにスカウトされたのが9月だとしても、デビューが決まった後に彼氏をつくったわけになるのではないか。
「梨瀬さんは夢だったから喜んだけど、家族と学校の先生も反対で。話し合ってたけど、だんだんと精神的に不安定になっていってさ。私も相談を受けて。会うたびに顔色悪くなって、すぐに泣いちゃったりで……」
当時のことを思い出したのか、美咲さんはため息をつく。
「何とかしたかったけど、私にできることなんて話を聞いて、上辺だけのなぐさめとか励ましをするぐらいだし。そうしてたら文化祭が終わったぐらいで急に元気になってさ。親とか学校の説得もしちゃったんだ」
よく説得できたものだ。自分だったら親と先生に反対されたら、そのままあきらめてしまう。それどころか反対されそうというだけで、自分の意思を表明することすらしないに決まっている。
「元気にしてくれて、親とかと話す力をくれたのがクラスメートの男子で、梨瀬さんの彼氏さん」
人生を変える手助けをしてくれた人と付き合う――まるで物語のようだった。
2人が付き合うのは自然な流れだし、本来なら皆が祝福したはずだ。そうならなかったのは、問題を解決したことで、付き合うということが問題になってしまったからだった。
「だから、アイドルになるってことが正式に決まる前に付き合い始めたんだと思うよ」
アイドルになる前から付き合っていたとは言えるかもしれないが、責任回避のためのアリバイ作り感が強い。
もっとも男女交際禁止というのが、どれほどの拘束力があるのかが判然としない。実際には形だけの決まりで、バレなければそこまで気にするものではないかもしれなかった。
「卒業までは、本格的なデビュー前だっていうのもあって、登下校とか一緒にしてデートにも行ってたんだよ。写真も見せてもらったけど本当に楽しそうにしてて」
まるで自分のことのように楽しそうに美咲さんは話す。きっと彼氏の自慢しがいはあったことだろう。
「だけどね、卒業式の後からデビューに向けたレッスンが本格化して、高校も別々になったからほとんど会えなくなっちゃって……。スマホでやり取りはしてたけど、ちゃんと会ってデートするのは4月以来みたい」
進学先が別になると疎遠になるとはよく聞く。
自分に当てはめても、小学校の同級生達とは誰とも連絡を取り合っていない。
近所の幼稚園の頃から知っている幼馴染といえる数人も、たまに近所で歩いているのを見かけるぐらいだ。元から付き合いが薄いので、あまり参考にならないかもだが。
上野さんカップルだと、高校が別なのに加えて、片方は学業と仕事の両立を求められるのだからすれ違いは大きくなるに決まっていた。
「久しぶりのデートを上手くいかせたいの」
デートを成功させたいとの思いは真剣な眼差しから十分以上に伝わった。他人のデートに、こんなにも真面目になれるのが少しうらやましかった。
「僕もできることをするよ。たいしたことはできないだろうけど」
美咲さんの熱にあてられたのか、ちょっとばかりやる気が出ていた。
アイドルのデートの目くらまし役として付いて行くだけでしかないし。
行き先を考えなくてもよく、会話が弾まなかったらどうしようと悩まなくてもいい。デートの場で求められるのはカップルの邪魔をしない空気となることだ。いるんだかいないんだから分からない存在になる、というのは得意だ。
それで「深山君しかいない」となったのか。
「来てくれるだけで十分だよ。3人だと梨瀬さんの彼氏さんが、私に気をつかって変な感じになっちゃうかもで。それだけは避けたいし」
懸念する光景は簡単に目に浮かぶ。
「彼氏に悪気とかないのに、彼女の友達に優しくして勘違いされるというのはパターンだもんね」
「そうそう。だからって梨瀬さんはやっぱりアイドルだから、誰でもいいから連れて行くってわけにはいかなくて」
スマホの写真を見ただけ、それもアイドル活動中のプロが撮ったものだけど、上野さんはその辺りにはいない美少女だった。しかも美咲さんもいる両手に花状態だ。
この状況に置かれて舞い上がって、おかしなテンションにならない男は少数だろう。
というか自分は本当に大丈夫なのか。
急に不安になってきた。
「変に盛り上げようと、はしゃぐような人でも困るんだよね。やっぱり深山君しか頼める人はいないんだ」
「そ、そうかな」
あまり信用されても困る。
「あっ、でもずっと黙ってられるのも気まずいか。普通にしててくれればいいよ」
簡単そうに言うが、普通にしているというのが一番難しい。
美咲さんといるというだけで普通でいられるわけがない。しかもアイドルのデートを成功させるため、一緒に行動するというラブコメみたいなことをするのだ。
この状況を普通に過ごせるのは、それこそラブコメの主人公ぐらいなものだろう。
「そうだ。連絡先、交換しておかないとだ」
スマホをいじりながら、「ガラケーだから違うのか」とつぶやいている。
QRコードとかを出されても連絡先の交換はできない。
というか連絡先を交換するのか。美咲さんと。本当に?遊びにいくんだから当然だけど、いいのか。
美咲さんを見るかと、こちらの気持ちなどおかまいなしに明るい表情をしていた。




