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5.休日に男女が遊ぶのはデートというんじゃないだろうか

 不安そうにしていた美咲さんの表情が、了承の返事を受けるとパッと明るくなった。

 まさか断られることがあるとでも思っていたのだろうか。

ほとんどの男は美咲さんに休みの日に遊びに誘われれば、よほどの用事がない限りは「行きます」と間髪を入れずに答えるに決まっている。


 当然、自分も例外なわけはない。

 とはいえ、何で自分みたいな人間を誘うのだという疑問はぬぐいされない。「わーいデートだ」と素直に喜べればいいのに。


「よかった」


 その一言の声音で、これはデートの誘いではないと理解する。

 では何の誘いなのだ?

 純粋に遊びに誘われるほど、これまでに交流もないし、趣味が一緒だったと発覚もしていない。


 少なくとも教室で偶然に出会った時に、今の状況を想定していなかったはずだ。

 ならば、その後の会話で誘おうと思い立ったことになる。ここに来る前、それも教室で何を話したんだっけ。


 ガラケーだとカミングアウト――というほどの大事ではないけど――したり、イジメられているのではと心配されたりした。今日の夕方にクラスメート達がカラオケに行くとかもあったか。

 一連の会話から遊びにつながるのは、クラスで孤立していると思われていることではないか。


 ぼっちがクラスのみんなと仲良くなる機会を作ってあげようという、コミュ強リア充の善意からくるありがた迷惑な提案な気がしてきた。


「火曜日もクラスのみんなで集まるの?」


 美咲さんを傷つけることなく、どうやって承知したことを覆そうかと考える。


 今日あるというカラオケでの打ち上げもそうだが、誘われてもいないのにクラスのみんなでの遊びの約束に行くことが許されるのは、美咲さんのようなクラスカースト上位達でなければ無理な話なのだ。

 クラスカースト下位の自分みたいなのが、誘われてもいない場に「やぁ」と現れたら引かれるに決まっている。もちろんクラスの集まりという建前もあるから表面上は何も言わない。美咲さんのような真のコミュ強リア充であれば歓迎もしてくれるだろう。


 だけど誰が呼んだのかということになる。

 正直に「美咲さんに誘われた」などとは言えない。誘ってくれた人で美咲さんの名前を使えるのは、クラスでも一部の選ばれし者だけなのだ。


 もちろん「教室でたまたま会って、みんなが集まるから」と誘われたとでも説明すれば、さすが美咲さん陰キャぼっちにも優しいなとなる。

 最初に一度その説明をするだけならいい。

 クラスに友達のいない陰キャぼっちの場合は、同じ説明を参加者全員にしないといけない。そして、それが参加者達とした唯一の会話になるのだ。


 そして本当に困るのは、クラスメートの集まる場所で美咲さんが誘った責任を感じて、保護者然で横にいるか世話してきた場合だ。

 まず好奇と嫉妬の入り混じった視線を向けられる。

 美咲さんの傍にいるため所属する1軍グループと会話を強いられる。おそらく彼らがしているだろう流行りのファッションやドラマといった自分の疎い話題で、どう盛り上がればいいというのだ。

 心優しい彼らが気を利かせてアニメやマンガ、ゲーム、Vチューバ―といった話をふってくれたとしても、残念なことにそんなに詳しくないので語れることはない。


 そもそも人と話すことが苦手なのだ。

 美咲さんと話している今も、頭の中にある10分の1も言語化できていない。


「集まらないよ」


 ポジティブとネガティブを混ぜ合わせ妄想を一つまみ入れたような思考が全て無駄だったと、紅茶の入ったカップを手にした美咲さんに告げられた。


 砂が落ち切り、美咲さんがカップに紅茶を注ぎ終えるまでの間、クラスで夏休みの平日に集まって遊ぶ場に誘われてもいないのに行くことになったけどどうしよう――という現実ではないことを考えていたらしい。


「飲まないの?」


 指摘され慌ててポットを手に取り紅茶を、やり方やマナーなどを意識することもなくカップに注ぐというよりも流し込んだ。そのまま、あまり考えもせずに口にふくむ。


「……おいしい」


 柑橘系のすっきりとした香りが口から鼻に抜ける。


「落ち着いた」


 穏やかに微笑みながら美咲さんは、ブルーベリーのケーキにフォークを入れる。


「私、この香りが好きで。リフレッシュとかリラックスの効果もあるし。て、知ってるか」


 知識はあったが、効果を体験したことはなかった。確かに飲むことで落ち着いたような気はする。

 少しでも落ち着くと自分の状態を見つめられるようになる。


「そ、その少し驚いて」


 この1時間ほどの間で色々なことがありすぎた。


 今日のお昼すぎまで、典型的な陰キャぼっちの日々を過ごしていた。

 夏休みが終われば中学校生活の半分が過ぎたことになるのに、学校に友達どころか話し相手もいない。

 このまま日々が過ぎ卒業式を迎えれば中学3年間での思い出は、雨の日にコンビニで学校トップクラスの美少女から雨宿りをしてハンカチを貸してもらったことしか残らないだろう。

 何ならば人生で一番の思い出と化し、返せなかったハンカチを後生大事に抱え続けかねない。


 それが今はどうだ。

 放課後に学校の友達は連れて来ないというおじさんの喫茶店で一緒にお茶をし、遊びに誘われるという物語の世界にしか起きないようなことの当事者となっている。


 急な展開に頭がついていかないのは当然だ。


「クラスのみんなじゃなくて、私の友達と一緒に遊んでほしいんだ」


 紅茶を飲み、ケーキを食べる姿に話を聞ける状態になったと判断したのか、美咲さんは説明を始めた。


「人数は私のほかは2人だけ。1人は部活の先輩なんだけど」

「部活?」


 美咲さんは部活に入っていないと思ったけど。毎日、アイドル活動ですぐに帰っているから、名前を貸してでもいない限りはそうのはずだ。


「そういえば深山君て、何か勘違いしてたよね。私がアイドルみたいな」

「違うの?そんな風にみんな言ってたけど……」


 誰がというわけでもなく、去年から「芸能人だから忙しいもんね」とか「さすがアイドルですな」と言われていた。これまでに出会った中で一番の美人で、歌も上手だったからアイドルということを微塵も疑わなかった。


「違うよ。芸能事務所がやってるアイドルのスクール――学校みたいなとこでレッスンをしてるだけ」

「それって今はアイドルじゃないだけで、デビューとかに向けて練習をしてるってことじゃないの」


 正確には違うみたいなことなら分かる。


「……違うかな」


 わずかの沈黙の後に美咲さんは、どこか悲しそうに答えた。


「アイドルとしてデビューじゃなくて大会出場を目指してるんだ。部活動だよ」

「少年野球とかサッカーみたいなってこと」


 参加したことはないが、小学校の時に休日にグラウンドで活動していたのは知っている。


「そうだね。部活動の地域移行だっけ、その流れで芸能事務所が社会貢献のために始めたって聞いたかな。細かいことは自分で調べてよ。とにかく、アイドルじゃないし、なるためにレッスンをしてないってのを分かってもらえればいいから」

「帰ったら調べてみるよ」


 部活を学校でやらなくなるみたいな話は聞いたことがある。帰宅部の自分は関係ないが、スポーツをやっている弟妹は気にしていた。


「でも大会とかあったんだね……それで大会って何するの」


 説明されても、何の大会に出場するためのレッスンなのかはよく分からなかった。もしかして、わざと隠すように言っているのかもしれない。なら細かいことは聞かない方がよかったのか。


「歌とダンス――ステージでアイドルの曲をグループでやるの。コンサートとかライブみたいな感じで」

「じゃあレッスンってアイドルがやっているのと変わらないってことなの」


 何となくうさんくささを感じてしまう。

 家族や教師からは、やらない理由ばっかり探しているととがめられることもある。だが、世の中には人を騙そうとしているものであふれている。自衛のために疑うというのは悪いことではないはずだ。


「……言いたいことは分かるよ。ネットとかで色々と叩かれてるしね」


 自嘲気味に笑う姿に、どう応じればいいのか分からない。


「大会もさ、感染症流行の影響はあったけど1回も開かれてないし。来年の夏にはやるって言ってるけど、どうなるかは分かんない」

「そうなの……」

「だから叩かれるのも、うさんくさいと思われるのも仕方ないんだ。お父さん……おじさんも、本当はよく思ってないし」


 気軽に踏み込んではいけない深刻な内容が潜んでいるのは感じ取れた。だから、どう応じればいいのか分からず黙ってしまう。


「ごめんね。スクールがどうとかは、深山君には関係ないのに」


 重くなった空気を美咲さんは和らげようする。

 気の利いたことや好意を抱かれるようなセリフなど出てこない。物語の主人公が遭遇するようなシチュエーションにあっても、自分ではモブの役割しかこなせない。


「それで遊ぶ件だけど」


 重くなった空気を換えようと、美咲さんはかなり強引に話を戻した。

 適切なアドバイスができるわけでもないので、「先輩と一緒になんだっけ」とのっかる。


「そう。高1で去年までスクールで一緒だった人」


 高校生と聞いて、2つしか違わないのにすごい年上だと感じてしまった。

 同級の友達すらいないのに、そんな人達と遊んで大丈夫なのだろうか。そもそも何で高校生と遊ぶのに自分みたいなのを呼ぶのだ。


「部活――スクールの先輩は1人じゃなかったっけ?」


 確かそう言っていた気がする。


「うん。もう一人は、私も会ったことはないんだけど、その先輩の彼氏さん」

「先輩達のデートに着いていくってこと?」

「そうだよ」


 状況がよく分からない。


 普通のカップルなら邪魔でしかない。

 Wデートに誘われたなら、美咲さんが一緒に行く相手を今になって探しているのはおかしい。

 美咲さんのことを好きな人がいて、頼まれた先輩が出会いの場をセッティングしたというのも、遊ぶ相手が2人なのだから違う。

 先輩が彼氏と2人になるのが不安だとか、3人での遊びに誘われたけど不穏な空気を感じてということなのだろうか。万が一に備えて付いてきてもらうのだとすれば人選を間違えている。


「先輩――上野梨瀬さんていうんだけどアイドルなの」

「アイドルって本物の?」


 小さく美咲さんは頷く。


「中学を卒業した後にアイドルグループに加入したの」


 その移行が許され、大会もやっていないとなれば色々と批判されるのは当然な気がする。


「彼氏つくるのは禁止だから、デートしてるとこ見られるとまずいんだ。最近、会えてなくてどうしても一緒にいたいって。それで友達で遊ぶってことにすればってことで、私が頼まれて」


 マンガとかアニメ、小説で聞くような展開で、恋愛禁止とか本当にあるんだとちょっと感心すらした。


「私にも相手がいた方が気をつかわないし」


 遊びに誘われた理由は分かったが、だからこそ自分でなくてもいいのではと思ってしまう。


「もっと別の人に頼んだ方がいいんじゃ。その、自分で言うのも何だけど、人と――それも女の人とは遊んだのなんて小学生の頃以来だし」


 友達のたくさんいる美咲さんなら、他に誘える人はいくらでもいるのだから。遊び相手として向いている人にすべきだ。

 役には立ちそうにないアピールをするが、美咲さんは自虐的な物言いになれたのかニコニコしていた。


「深山君以外にお願いできる人はいないよ。少なくとも私の周りにはね」


 断言されるほどの信用を、いつ獲得したんだろうか。


「だから大丈夫。一緒に行こう」


 男なら誰だって恋に落ちてしまいそうな、肯定の返事以外は許されないまぶしい笑顔があった。

 首肯しながら、騙されててもいいとすら思っている自分がそこにはいた。



現実だと芸能事務所が部活動の地域移行に参画とかの事例は(おそらく)ないです。

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