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4.初対面のおじさんの喫茶店は緊張する

 OPENと書かれた回転看板がつけられたドアを開けて、来慣れた場所というように美咲さんは軽い足取りで歩を進める。

 置いていかれないように慌てて後に続いて店内に入る。

 店内は明るく、クラシック音楽が静かに流れていた。都会の隠れ家として、テレビや雑誌に紹介されていそうな感じだった。


「こんにちは、おじさん。席、空いてる?」


 ガラガラというか他のお客さんはいないのに、空席の有無をわざわざ聞くのは嫌がらせな気もする。


「清華か、こんな時間に珍しいな」


 カウンターでイスに座り新聞を読んでいるおじさんという店主らしき人は、こちらに視線を向けずに

「客なんていないよ。見れば分かるだろ」と応じる。


「今日はレッスンないんだ。そっちの席、借りるね」


 返事を聞く前に、窓から離れた少し奥まった席に向かって歩き出していた。


「レッスンないんだ」

「言ってなかったっけ。今日は終業式だからお休み」


 終業式だとレッスンが休みになる理由は分からなかったが、業界の常識というやつなんだろう。

 しかし、折角の休みに友達と遊びに行ったりせずに、クラスメートという以外の接点のない陰キャぼっちと喫茶店に来ていていいのか。

 教室で独り落ち込んでいた理由と関係があるのだろうか。


「私はいつもの紅茶で。深山君は何にする?」


 聞かれても、何があるのか分からない。


「え、その、じゃあ同じので……」

「メニューそこにあるよ」


 壁に掛けられているメニュー表を教えてくれるが少し遅い。同じものと言った後に、「やっぱり」と注文を変更するなど小心者の陰キャぼっちにはできないのだ。


「紅茶でいいよ」


 普段よく飲むのは麦茶や緑茶だが、紅茶も嫌いではない。子供だからと気を利かせて、飲めはするが嫌いな炭酸飲料を出されるよりずっといい。


「そんな変わったのを頼んだわけじゃないでしょ」


 もしかして特殊な銘柄を頼んだから、他のメニューを勧めてくれているのかだろうか。飲めないようなものが出されて残すのは気が引ける。


「アールグレイだから好き嫌いはあるかな」

「柑橘系のアレルギーはないから大丈夫だよ」


 飲んでも問題ないということを伝えたかったのだが、美咲さんは怪訝な表情になった。


「ベルガモットが入ってるんだよね。違った?」


 小説の登場人物がアールグレイを好きで蘊蓄を垂れ流しているのを読んだことがあるだけで、実際に飲んだことはない。だから間違っている可能性はあった。

 本で得た知識をひけらかして失敗したことはこれまでにもある。知ったかぶりはよそうと、その度に思うのだがどうしても口をついてしまう。いい格好をしたいという欲求は抑えられないのだ。


「合ってる。飲めるならいいの。アレルギーとか考えたことなかっただけ」


 ちょっと格好いい言い回しをしたかっただけなのに、真剣に受け止められて申し訳なくなる。


「おじさん、アールグレイもう一つね」


 注文に店主であるおじさんは、カウンターの内側で片手をあげて応じた。

 美咲さんはカバンをイスの上に置き、座るように促してくれた。


「おじさんは、お父さんの弟で、このお店の跡を継いでやってるの」


 席に着くとそんな風に説明してくれた。

 元は美咲さんの祖父母の喫茶店ということらしい。

 おじさん以外の店員の姿は見えず、跡を継いだということだから、祖父母は亡くなられているのかもしれない。


「お客さんいないけど、けっこう紅茶を淹れるの上手なんだよ。私はあんまり飲まないけどコーヒーもおいしいらしいから、嫌いじゃなかったら今度は頼んでみたらいいよ」


 すごくではなく、けっこうという評価にどう反応すればいいのか。

 リア充ユーモアの可能性もあるため曖昧な笑いを浮かべておく。人との会話に慣れていないので、あまりウイットに富んだ言い回しをしないでほしい。


 そして今度と言われても、クラスメートのおじさんがやっているという微妙な知り合いの喫茶店にまた来るというのはないと思う。今、美咲さんと2人でお茶をするという状況が二度とないような事態なのだ。


 クラスの他の男子達が見たらうらやむこと間違いなしだが、女子と2人きりで会話をした経験のない身としては居たたまれない気持ちの方が強い。だからといって誰かに立場を代わってやろうという気にはならないが。


「よく来るの」


 どうにかひねり出した問い掛けは、がんばって考えずとも出てくるようなものだった。というか店に入ったか、席に着いた時点で聞いておくべきことだろう。


「昼間はあんまり来ないかな。閉店した後にご飯を食べに来るのががほとんどだよ」


 だから珍しい時間なのか。


「親の帰りが遅くて、自分で作るのもレッスンの後だと大変だしで」


 中堅企業のサラリーマンとパートという平凡な我が家と違い、きっと大会社とか個人で活躍する忙しい両親なんだろうな。


「だから友達とは滅多に来ないよ。沙希と葵――レッスン仲間は一緒にご飯を食べたことあるけど、中学だと深山君が初めてじゃないかな」

「そ、そうなんだ。僕なんかを連れて来てよかったの」


 初めて一緒に来店する学校の友達――と言えるほど親しくないが――として、自分がふさわしいとは思えない。

 というか、おじさんは美咲さんが男子を連れて来たことをどう思っているのだろうか。正面から顔を見ておらず、悪い虫がついたと排除する機会を虎視眈々と狙っているのではという気がしていた。


「関川さんとか大石さんとかの方がよかったんじゃ」


 クラスでよく美咲さんと一緒にいる女子の名前をあげる。


「その2人だとこのお店は趣味が合わないかな」


 確かに友達と連れ立って行くなら、駅前のもっと華やかな店になるのか。


 ここも店内はきれいだし、所々にアンティークらしい物が設置され趣のある落ち着いた空間になっている。それが常連客であろう高齢者層の居心地よさを考えてのものなのは間違いない。

 メニューもチラリと見た限りだが、キャラメルマキアートみたいな女子中高生が喜びそうなものはなかった。オーソドックスな中高年の好みのメニューが取りそろえられた古きよき喫茶店だった。


 一般的な女子中高生が放課後や休日にお茶をしに行くのは、全国どころか世界的なカフェチェーンだ。かわいらしい内装もメニューもない喫茶店に、おじさんがやっているとはいえ友達と一緒に来ないのは当然かもしれなかった。


「深山君は、こういうお店は好きそうだよね」


 連れて来てくれたのは、もしかして気に入ると思ったからなのだろうか。あわよくば、おじさんの喫茶店の常連となって売上に貢献してもらおうと考えて。


 しかし残念なことに古きよき喫茶店も、今風のカフェチェーンにも縁はない。

 店の雰囲気についても目の前にいる美咲さんに緊張してしまっているので、いいとか悪いを感じる前の状態だ。


 それなのに「あ、そうだね。落ち着くし」とか反射的に答えている。全く落ち着いていないというのに。


「ほかのお店をよく知ってるわけじゃないけど」


 慌てて付け加える。

 喫茶店によく行くなどと勘違いされるのだけは避けたかった。好きとかお勧めのお店を聞かれたって答えられず、言葉に詰まるのは明らかなのだ。

 それでも、喫茶店は初めてではないというような見栄を張ってしまっていた。


「お待たせ」


 紅茶を持って来た店主を見て、アイスコーヒーを頼むべきだったと後悔した。

 砂時計と一緒にティーポットとカップが卓に置かれる。自分でカップに注げということなのだろうが、どのタイミングでどうやればいいのか分からない。


 おじさん自体は、そんなに怖い風貌はしていなかった。かといって優しそうというのとも違っているが。


「ケーキも」


 注文していないチョコレートケーキが目の前に置かれる。美咲さんの方はブルーベリーと思われるケーキだった。


「あ、ありがとうございます」


 お礼を言いながら、手持ちが心もとないため支払いが心配になる。姪の友人へのサービスであってほしい。


「業務用だけどおいしいよ」

「おいしいのを買ってるんだから当たり前だろ」


 身内の気軽な言い合いというのは、初対面の人間にとって反応に困るものだ。


「夜は食べてくのか?」

「そうしようかな。お父さんは今日も帰りは遅いだろうし」


 おじさんは頷いて、こっちを向いて「ごゆっくり」と言い残して立ち去った。

 姪についたかもしれない悪い虫を見るという感じでなかったのはありがたかった。


「それでね」


 急に美咲さんが真面目なトーンの口調になった。


「ど、どうしたの」


 わざわざ友人にも紹介しない、おじさんの喫茶店で何を言われるのか。もう予想もつかない。


「うん、そのね……」


 言い淀む様子に、よっぽどの重大事だというのは分かる。

 だけど美咲さんから重要な相談を受けるような間柄じゃない。

 美咲さんとの関係は、2年続けてクラスメートで、ゴールデンウィーク明けにハンカチを貸してもらったというだけだ。学校生活で会話をしたのは、今日が2度目というぐらいに接点はなかった。


 それなのに2人で喫茶店にいる。

 何がどうなって、こうなったのだ。


「来週の火曜日って用事はあるかな?」

「特にないけど」


 即答できる問いだった。


 一般的な中学生は夏休みの平日は何かしら予定があるものだろう。

 しかし陰キャぼっちで、家業があるわけでもなく、塾通いを強制されてもいないため暇人もいいところだった。今年の夏休みも、ろくに外に出ることもなく冷房の効いた部屋でダラダラとアニメを見たり、ゲームをしたりして過ぎ去っていくのはほぼ確定している。


「じゃあさ、一緒に遊びに行かない?」


 細かいことを考えるまでもなく、「う、うん」と頷いていた。そこはかとなく醸し出されている不穏な空気に気づかないふりをしながら。

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