3.寄り道は実は校則違反なんだって
「本当は用事とかあった?」
美咲さんにそう聞かれるまで、教室を出てからの記憶がなかった。
机に置いていたカバンを手にとって教室を後にしたのは、おぼろげではあるが覚えている。
その後、今の場所にどう歩いて来たのかは定かではない。
というか、ここはどこだろう。
「聞いてる?」
歩きながら顔をのぞき込まれる。
顔の近さに思わず飛び退きそうになる。
「あ、はい。用事とかないから大丈夫です」
吸い込まれるような黒い瞳と目が合ってドギマギして、機械的な返事になってしまう。
「大丈夫には見えないけど」
そんなにおかしな状態なのか。
あの答え方からしても分かる通り、平静ではないのは確かだ。
放課後に女子――それも美人でかわいくて優しいクラスどころか学校のアイドル、というか本物のアイドルの美咲さんと、一緒に帰るというシチュエーションに平静でいられるわけがない。
小学校を含めても女子と二人きりで帰ったことはなかったと思う。
そんなことはないか。低学年の時に近所の幼馴染ということになるだろう女子と、記憶にないだけで状況的に帰っていたとしてもおかしくはない。
だけど、これだけは間違いない。女子と2人でお茶に行くのが初めてというのは。
デートという単語が頭の中を回る。
もちろん美咲さんがデートだなどと思っていないことは分かっている。リア充にとって放課後クラスメートとお茶をするというのは、そこまで特別なことじゃない。
ただ自分にとっては――
「やっぱり大丈夫じゃないよね」
耳元からの声に思考は中断され現実に引き戻される。
「うわっ」
すぐ近くに美咲さんの顔があり、今度こそ飛び退いてしまう。
あまりの驚きに「なんで」ともらす。
「いくら声をかけても返事がないからだよ。体調が悪いなら無理しないでもいいのに」
つまり美咲さんを無視していたということか。
というか普通に色々と記憶が飛んでいる。そんなにも自分は混乱し、舞い上がっているのか。
「ご、ごめん」
このまま体調が悪いと判断されたら、お茶に行く前に解散となってしまう。
「その、帰り道にどっか寄るとかしたことなかったから……」
「前、コンビニに寄ってたじゃない」
雨の日の出来事を美咲さんは覚えてくれていた。
そうだハンカチ。
美咲さんが一人になるタイミングを見計らい続けた結果、返しそびれて2カ月も経った。教室で二人きりになったのに返せず未だにカバンの中に入っている。
まさに今こそ「そういえば、あの時の」と、ハンカチを返すタイミングだった。
「誰かと一緒に、どっかに寄るみたいなのはないってことだよ」
切り出さず、そのまま会話を続けていた。
ハンカチを返したら美咲さんとの縁が切れてしまうような気がして。
「お家の決まりとかなの?」
どんな決まりだよ。
両親は、放課後に子供が友人と遊びに行くのを禁じるような熱心さを、子育てや教育に対して持ち合わせていない。むしろ放課後に遊びに行く友人がいないことを心配する方だ。
それを承知の上で言っているのは、いたずらっぽい美咲さんの顔を見れば分かった。
「そうなんだよ。校則に『放課後は寄り道をせずに真っ直ぐに帰ること』て、書いてあるから守れってうるさくてさ」
確かに校則としてある。
バカ正直に守っている生徒などいないし、教師だって学校帰りの街中にいる制服姿の生徒を見つけても、せいぜい「遅くなる前に帰れよ」とか「危ない所には行くなよ」と言う程度の条項でしかない。
というか、学校帰りにコンビニに寄った生徒に「校則違反だ」などと教師が目を吊り上げたら、そっちの方が問題になる。
「そんな校則あるの」
「生徒手帳にちゃんと書いてあるよ」
暇つぶしに眺めていて見つけたから間違いない。
「よく知ってるね」
感心してるのか、呆れてるのか、どちらともとれる反応だった。
「ていうか冗談でいいんだよね」
冗談以外ない。本当かもと思うことがおかしい。
「当たり前でしょ」
「だよね。深山君て冗談とか言いそうにないからさ、つい」
そんな真面目に見えるのだろうか。
「ほら難しそうな本とか、よく読んでるじゃない。だからさ、あんまりボケる感じがしなくてさ」
先に軽口をたたいてきたのは美咲さんで合わせただけなのに。まさか本気で、寄り道するなと親が命じていると思っていたわけではあるまいし。
思ってないよな。
「教室で独りでいるのも、クラスメートとは馴れ合わないみたいな感じかなって」
孤高を気取っているわけじゃない。
「別に独りでいたいってわけでもないんだけど」
「そうなの。独りが好きだから邪魔しないようにしてるんだって、男子は言ってたけど。違うの?」
その辺りは難しいところだ。
「独りが好きっていうか、苦じゃないのが正しいのかな。幼稚園の頃から、独りでいることが多かったし」
気づいたら独りで本を読んだり、遊んだりしていたのが当たり前だった。
その姿から、みんなで遊ぶより独りで何かしている方が好きなんだと思われ、昨今の風潮もあって意思を尊重された。
だけど、みんなと遊ぶのが嫌なわけじゃない。
小学校低学年の頃までは、「人数足りないから一緒にやってよ」と誘われることもあった。そういう時は断ることはせずに楽しく遊んだ。
そして、明日も誘ってくれないかなと期待した。大抵、次はなかったけど。
また人数が足りなくなったら誘われたから、遊んでいる最中に何かをしでかしてはいないはずだ。知らない内にやってしまっていたのかもしれないが。
恥ずかしがらずに、「今日も遊ぼうよ」と言っていれば仲間に入れてくれたと思う。
それをしなかったのは、やはり独りでそれなりに楽しく過ごせたからだろう。
「とにかく何か気づいたら独りになってるんだ」
幼稚園の頃から、それは変わらなかった。
中学でも、気づけばどのグループにも属していなかった。強いてあげれば、出身小学が同じという入学当初のわずかな期間だけ存在したグループに属していたぐらいだ。
「でも、班とか決める時、深山君が最後まで残るってことはないじゃない」
「そういう時は、どっかに人が足りてないとこに入れてもらえるし」
能動的に動かなくても、「決まってないなら入らない」でどこかに入れた。
とはいっても余りものであるため、一緒の班になるメンバーはだいたい決まっていた。たいていは自他ともに認めるマンガやアニメ、ゲームなどの二次元コンテンツ好き、要はオタク達のグループに属した。
二次元コンテンツは嫌いではないどころか好きなので、彼らの話についていける程度の知識はあった。反応からすると、かなり高レベルの知識を有している気もしていた。
なら普段からオタクグループにいればいいじゃないかとなるのだが、話やノリが合わないので難しい。
別に孤高を気取り、あいつらとは違う一緒にしないでくれというわけじゃない。
グッズ収集やライブ・イベント参加、聖地巡礼、同人活動といったオタ活というものを特にしておらず、そういった話にはついていけないし盛り上がれない。
というわけでオタクグループからは、マンガやアニメが好きな一般人としか見られていない。
そもそもスマホじゃない段階で、オタ活に熱心な彼らと親しくするのは無理がある。
それでもオタクグループに限らず、自分から積極的に話し掛けていけばガラケーであったとしても仲間には入れてくれたとは思う。
だけどしなかった。
独りでもいいか、そう思ったからだ。きっと。
こんな性格と穏やかな気質のクラスメートに恵まれたことで、友達はいないけど孤立していないという状態が誕生した。
そして、とりあえずの居心地のよさに満足して中学生活は過ぎ去っていっていた。
「まぁ今ぐらいの人間関係がちょうどいいんだよ」
人と話すのは嫌いじゃないが、やはり大勢と遊ぶのが得意ではないのも確かだった。今のクラスでの立ち位置、級友との距離感がベターなのだ。
「深山君が、それでいいんならいいけどさ」
クラスのみんなと仲良くしないとだよ、みたいな陽キャリア充の理論を押し付けてくるようなことがなくてよかった。
「ところで、どこに行くの?」
話題を変えたいのもあったが、そろそろ目的地を知っておきたかった。
「……聞いてないなぁとは思ってたけど。本当に聞いてなかったんだ」
どうやら意識がない間に伝えてくれ、適当に相槌を打っていたようだ。
「ごめん」
芸のない謝罪を繰り返す。
元々どれほどの価値もない自分の謝罪が、乱発することでさらにありがたみを失っていっていると感じる。
「いいけどさ。もう着くよ」
肩をすくめて美咲さんは許してくれた。
学校から歩いて15分ぐらいの所だと思う。現在の時刻と、教室を出ただろう時間から推測するとだが。
「ここ」
美咲さんが指し示したのは、住宅街に近い場所にある目立たない造りの平屋建ての店舗だった。
「喫茶ルーアン」
小さな看板にはそう書かれていた
「フランス旅行をした時の思い出の街からとったんだって」
「あぁ、ジャンヌダルクが処刑されたとこ」
ちょっと驚いた顔をした美咲さんは、「よく知ってるね」と感心していた。
「何かの本で読んだことがあっただけだよ」
少し照れてぶっきらぼうになってしまう。
「さすが読書家」
やゆとかではなく、普通にほめてくれているというのがよくない。
陽キャで優秀な美咲さんは、ほめられ慣れているんだろう。だから気軽にほめてくる。陰キャぼっちは、ほめられると恥ずかしさが勝るというのに。そのくせ、ほめられたことに有頂天になり簡単に調子をこいてしまう。
陰キャぼっちの扱いは難しいということを知ってほしい。これから先、出会う陰キャぼっち達を勘違いさせて、美咲さんがひどい目に合わないためにも。
「おじさんがやってるお店なんだ」
ここにきて重大なことを告げてくれる。
いきなり親族がやっているお店に連れていくとか。付き合っていると勘違いされたらどうするんだ。
いや、さすがに美咲さんの彼氏になるにしては色々とレベルが低すぎて思われないか。
しかし、どうあいさつすればいいのだ。
気にすることなく頭を下げるだけでいいのか。
こちらの悩みなど知る由もなく美咲さんは、カランコロンと音を立ててドアを開けた。




