2.面倒くさいを説明するのは難しい
クラスメート間のスマホアプリのトークグループはいくつかある。
学校からの公式の連絡以外を回すための、クラスメート全員が入るグループは2年生の始業式に作られた。1年生の頃から同じようなグループは、どのクラスにもあったのか反対する者もおらずガラケーの自分を横目にみんなは登録していった。
1軍メンバーにいた去年と同じクラスの者から、スマホを持っていないことは周知されたらしい。
グループに入れないと知っていて誘うのは嫌がらせになると思ってか、誰も声を掛けてこなかった。事情を説明して断るのは面倒だし、恥ずかしくもあるので、クラスメート達の心づかいはありがたかった。
そういうわけで.「どうしてクラスの中で1人だけスマホアプリのトークグループに入っていないのか」との問いの答えは、「スマホではなくガラケーだから」となる。
実に簡潔にして明瞭な理由だ。
「えっと……」
ピンク色のケースに入ったスマホを手に美咲さんは固まっていた。
勘違いから熱弁をふるったのとなれば、自分だったら消えてしまいたくなる。
フォローをしなければと思うが、こういう時にどういう言葉を口にすればいいのか分からなかった。
「あっ、これガラケー」
とにかく黙っているのはダメだと、何でもいいから話さないととポケットからガラケーを取り出した。アイボリー色のガラケーは、祖父が使っていたものを譲り受けたもので年季が入っている。
「本当だね」
疑っていたというわけではないが、実物を見せられる本当にガラケーなんだと納得したようだった。
「みんな、スマホじゃないことを言い触らさないでいてくれたんだ」
中高一貫の私立燕雀学園に通う生徒達は、基本的に金銭的に余裕のある家庭の子女のため、ほとんどが小学生の頃からスマホを与えられていた。
それでも入学当時はクラスに何人かスマホを持っていない者はいた。その彼らも、入学初日にこれからの学校生活で友人関係を作るにはスマホが必須と察し、1週間後には入手していた。
中学生活の半分が過ぎた今でも学園でスマホを所持していないというのは、家庭に金銭的な余裕が本当にないか、中学生にスマホは絶対にダメという教育方針を貫く保護者がいるかになる。
どちらにしても家庭のセンシティブな問題であり、できるだけ触れないようにするというのが上流家庭の優等生の多い学校では当然のマナーだった。
「だから美咲さんが知らなかったのを気にすることはなくて。そもそもスマホじゃないこっちが悪いというか」
少し険しい顔に美咲さんはなる。
「そんなの関係ないよ。スマホを持ってないのが悪いなんてことは――」
ないと美咲さんが言い切る前に「そうじゃないんだ」と止める。
クラスのみんなも、何なら目の前の美咲さんも誤解している。
「スマホじゃないのは、お金がないとか家の教育方針じゃなくて……」
ガラケーを使っている理由として想像したであろうことを否定する。
そして本当の理由を告げようとして言葉につまる。
スマホではなくガラケーを使い続けている理由。
両親がスマホは子供の教育によくないと確固たる信念を持ち、ガラケーを持たせているというわけではない。漠然と中学生には早いぐらいは思っているだろうけど。
では、なぜ未だにガラケーなのか。
答えはスマホがなくとも日常や学校生活を過ごす上で特に問題も不便もないので、そのままになっているだ。
このことを表現するには一言で足りた。
「スマホに買い替えに行くのが面倒くさいからなんだ」
口にすると、本当にどうしようもない理由だった。
とにかく人と違う自分がかっこいいをしたいから、といった中二病ぽい理由の方がマシなのではと思わせるぐらいに。
「面倒……」
ポカンとする美咲さんを見るのは今日2度目だった。
「買いに行くのが面倒って、もしかしてご家庭に何か……」
言葉を発してから、大して親しくもないただのクラスメートが聞いていいことではないと思ったのか、美咲さんは最後まで口にできなかった。
「美咲さんが思ったような事情は本当にないんだ」
理由がくだらなさすぎると、人というの変に深読みしてしまうものなんだろう。
それと多分、ほとんどの人は面倒だからガラケーのままでいいやとならないのだと思う。現代社会においてスマホの入手というのは最優先事項であり、これといった理由もなしにガラケーを使い続けるなどということに納得できないのだ。
「今日の夕食の時にでも、スマホにしたいって言ったら、早ければ明日には買い替えに連れて行ってくれると思うよ」
まぁ携帯ショップに行ったところで、すぐに機種変ができるのかは分からなかったが。来店の際には事前に予約をといったようなメールは送られてきていたし。
「本当に面倒くさいだけなの?」
「う、うん。だから、あんまり言いたくなかったというか……」
美咲さんが説明に納得するというのは、自分が面倒くさがりだということが認められたということになる。
そのことに恥ずかしくなってうつむく。
「そうなんだ」
少しの沈黙の後に美咲さんは、口元に手を当てて声を出して笑い出した。
つぼに入ったのか「おっかしい」と笑い続ける。呆れられるよりはいいが、そこまで笑うことはないじゃないかと思ってしまう。
というよりも、そんなに笑うようなことなんだろうか。
ここで大笑いできるのがクラスカースト上位の女子と、ぼっちの自分との違いなのかもしれない。
「ごめんね、笑っちゃって。見当違いなことで心配したのがおかしくって。でもよかったよ。深刻な事情があるんじゃなくて」
イジメとか家庭内不和があるのではと疑ったのに、ただ面倒くさいが理由だったでは笑うしかない。
むしろ担任に相談するとか行動を起こす前に誤解が解け、大事にならず笑い話で済んだことにホッとすべきだろう。
「だけどスマホないとやっぱり不便じゃないのかな」
スマホを持つ人は、そう思うものなのだろう。正月などで従兄弟らに会った時に、同じようなことを聞かれた。
「家にパソコンあるから」
ゲーミングではなく、一体型の普通のデスクトップパソコンだ。
たまに調べものなどでインターネットを使うぐらいで、有効活用をしているとは言い難かったが。
「じゃあユアチューブとかの配信は見れるんだ」
また困ったことを聞いてくる。
配信は見れる。だけど見ているわけではない。ユアチューバーやVチューバ―は職業としてしか知らない。
「え、あ、うん、ムカキンとかでしょ」
辛うじて知っている名前をあげる。
「……見てないんだ。もしかしてファスタとかチックタック、ウィッターはカイになったんだっけ――とかのSNSもやってないの?」
「知ってるよ。見たことだってあるし」
質問に答えずに精一杯の抵抗をする。
「あの、あれでしょ、写真とか動画を投稿するやつ」
「別にやってなくても大丈夫だよ。というかパソコンからできるんだっけ」
「それはできるんじゃないの」
投稿のやり方は分からないけど。
「美咲さんは全部やってるの?」
「えぇ、それはまぁ。でもカイはアカウント持ってるだけで、あんまりやってはいないかな」
学内で上位の成績をとりアイドル活動をしながら、複数のSNSをやっていることに「すごいね」と感心してしまう。
「普通だよ。そんなに更新しているわけでもないし。1日に何度も更新してる先輩とかに比べたら全然だから」
アイドルの先輩となれば、1日の更新ノルマとかもあるのかもしれない。
「僕だったら1日1回の更新もできそうにないよ。そんなに書くことないし」
面倒くさい以外でガラケーを使っている理由があるとすれば、SNSをしないですむからだろうか。
インターネットでおもしろかった作品や興味のある商品の検索をすれば、告知などをするSNSが引っ掛かり開くことはある。そこで得られる情報は役立つが、だからこそ世間に発信することなどない一般人の自分がやるものではない。
とにかく自分の日常を世界に発信するとか、どうにも気恥ずかしくてできそうになかった。単調な日常の繰り返しのどこを切り抜いて投稿すればいいのかだし。
「始めてみたら、けっこうあるものだよ」
リア充のさらに上澄みの美咲さんであれば、いくらでも書くことはあるのだろうけど陰キャには厳しいものだ。
「みんな、そんなにすごいことばっかり投稿してるわけじゃないしさ。私だって何もない時は『今日は空がきれい』みたいな投稿するし」
何もなければ投稿しなければいいんじゃないだろうか。
気軽にできるよと言いたいのかもしれないが、聞くほどにSNSは無理だなぁと感じてしまう。
「アニメとかゲームの話題も多いし、趣味が同じ人達とのやり取りは楽しいと思うよ」
「スマホにしたら考えてみるよ」
きっとしないだろうけどと心の内で付け加えておく。
「うーん、やらなさそう」
あっさりと内心を見透かされる。あまりにもやりたくなくて顔に書いてあったのかもしれない。
「……やった方がいいんだよね」
どうして、そんなことを聞いたのか分からなかった。
自分に関係ないもののはずなのに。
「みんな、やっているんだし」
これまで、やりたいと思ったことはなかった。
それが軽くとはいえ誘われたことで、やる気になってしまったのかもしれない。明日の朝になれば、別にやらないでいいかになる程度の気持ちだとしても。
「勧めるようなことを言っておいて何だけど、無理にやらなくてもいいんじゃないかな」
少し考えるようにしてから美咲さんは、予想していたのとは違う答えを返してきた。
「とりあえずアカウントを作っておくだけの人は多いし。公式アカとかを見るだけなら、それで十分だから」
「……そうなんだ。じゃあ、やらないでいいか」
努めて明るく言う。
意見を急に翻したのは、この場でSNSを始めることになったら、流れで自分のアカウントを教えることになるからに違いなかった。
そりゃ僕みたいなのに知られてもいいことはないわけだしね。
勘違いする前に気づけてよかった。
というよりも今の状況がどうなんだ。
偶々教室で会っただけなのに、何でこんなに長時間も会話しているんだ。優しい美咲さんは相手をしてくれているが、いつまでも無駄な時間を過ごさせていいわけがない。
「だいたい――」
というかハンカチ。
そうハンカチを返さなきゃじゃないか。
このチャンスを活かさないでどうするんだ。
「みんながやっているから始めるとか、面倒くさいでスマホにしない深山君が言うのはおかしいじゃない」
「えっ、あっ、そうかな」
よく聞いていなかった。
楽しそうに笑いながら「そうだよ」と、美咲さんが言っているからいい。
「でも本当にファスタとか始めたらフォローするから教えてね。おもしろそうだし」
話の流れをつかめなかったけど、「分かったよ」と答えていた。
満足そうに美咲さんは頷いて顔を横に向けた。
「もう、こんな時間」
黒板の上にかけられている時計からすると、夢でなければ30分以上も会話をしていたことになる。
入学以来、クラスメートとこんな長く話したのは初めてだ。
「ごめんね。長話をしちゃって」
こっちが美咲さんの貴重な時間を奪ったのだから謝る必要はないのに。
「全然、大丈夫だよ。放課後に予定とかないから」
あまり早く家に帰ってばかりいると、友達がいないと家族に思われるから図書館で時間を潰していただけだ。
「そうなんだ」
何かを考えるようにして美咲さんは沈黙した。
ほんの数秒だったが空気が変わった気がする。緊張感が高まったというか。
だからといって告白されるかもなどと思ってはいけない。などと考えている段階で、もしかしたらと思ってしまっているのだけど。
美咲さんのようなきれいでかわいい人と2人きりで話せば、陰キャであれば誰しもいきなり告白されないかなと妄想してしまうに決まっていた。
もちろん分かっている。
美咲さんが自分のことを好きになる理由はどこにもない。
去年から同じクラスではあったが、2カ月以上前にコンビニで会話した以外これといった交流は今日までない。一目惚れされるような外見でもない。だから告白などされるわけがない。
それなのに悲しいことにもしかしたらと一抹の期待を捨てきれないでいる。
「じゃあ予定はないんだよね」
真意は分からないが、予定はないのは確かなので頷く。
「なら、今からお茶しない?」
声は聞こえている。
日本語なので何を言っているのかは分かるはずなのに、意味を理解できなかった。
さっきからの会話でも同じようなことはあった。どうやらリア充と陰キャぼっちの会話には通訳が必要のようだ。
「ダメ?」
問いに何と答えたのだろう。
自分の口から言葉は確かに発せられた。なのに、どのような言葉を紡いだのか覚えていない。
美咲さんが「行こっか」と、かわいすぎる笑顔を向けてきたので、「行く」と返事をしたのだなと他人事のように思った。
一体、自分の身に何が起きているのだろうか。




