1月31日の小さな話
中学の時の初恋の人と、人生で最後だと思えるほど愛した人。 二人の大切な人の誕生日が重なる、1月31日の夜。
実際には交わされることのなかった言葉、見送ることのなかった背中。 想像の海に沈めた「もしも」の断片を繋ぎ合わせたら、こんなに切ない冬の話になりました。
有楽町の夜は、思ったより冷えていた。
国際フォーラムのガラスホールを出た瞬間、彼はコートの襟を立てて、小さく「寒いな」と呟いた。私は笑って「大阪のほうが寒いのに」と返す。いつものやりとり。でも今日は、声が少し震えてる。
ご飯屋はカウンターだけの小さな店にした。
個室だと危ないって、ふたりとも無言でわかってたから。
席に座ると、彼はすぐにメニューを開かずに、私を見た。
「……来てくれて、ありがとう」
最初に言ったのは、それだけだった。
私は「当たり前じゃん」と笑ったけど、
箸を持つ手が震えてるのに気づいて、慌てて膝の上に隠した。
料理が来ても、ほとんど口にしなかった。
食べるより、相手の顔を見るほうが忙しかった。
「さやかさん」
彼がぽつりと言った。
「俺、明日から普通の幸せを作るよ。」
「……うん」
「でも、普通の幸せって言ってもさ」
彼はちょっと笑って、
「心の奥に、さやかさん専用の小さな鍵付きの日記帳を作ったから」
「鍵は?」
「鍵は捨てない。ずっと持ってる」
私は俯いて、
「私も、同じ日記帳を作るね」
って、小さく答えた。
時計が20時15分を指したとき、
彼は立ち上がった。
「そろそろ行こうか」
東京駅までの道、ふたりとも無言だった。
信号待ちで並んで立ってるとき、
私のコートの袖が、彼のコートの袖にちょっとだけ触れた。
それだけで、電流みたいにビリッときたけど、
すぐに離れた。糸は、まだ切れてない。
東京駅に着くと、21時36分ののぞみがもう待ってた。
「じゃあ」
彼が言った。
私は笑顔を作って、
「おめでとう。幸せになってね」
って、ちゃんと声に出せた。
彼は一瞬、目を伏せて、
それから小さく手を振った。
「さやかさんも、幸せでいてね」
彼が改札へと急ぎ足で向かう。
私は駅の改札の外で立ったまま、
白い息を吐きながら、
遠ざかっていく彼の後ろ姿を見送った。
振り返らなかった彼が見えなくなってから、
私はポケットから小さなキティちゃんのキーホルダーを取り出した。
有楽町そごうに務めていた時、閉店した日に、最後に買ったやつ。
「……お誕生日、おめでとう」
誰にも聞こえない声で呟いて、
それをぎゅっと握りしめた。
今日誕生日の、中学の初恋の人へ。
そして、今日ここで形を変えた最後の最愛の人へ。
夜風が吹いて、
キーホルダーのリボンが小さく揺れた。
私は振り返らずに、
東京の夜の中へ歩き出した。
糸は、まだ繋がってる。
ずっと、切れないままで。
閉店した有楽町そごうで買ったキティちゃんのキーホルダーが、今も私の指先で小さく揺れています。




