第二話 思い出の絵
絵という檻にずっと閉ざされていた気がするのです
保育園を卒園し、小学校に入学する、という節目を迎えた時には
自分は完全に絵を描くことでしか自分の価値を見出せなくなっていました
図工の時間には自分の席に人が集まり、
「この絵どう思う?」とか「どうやったらこれが描けるの?」と
耳にタコができるほど聞かれました。
夏休み始まる前にはクラス内からは完全に、
“絵が上手いクラスメイト“としか見られていませんでした。
そのレッテルが余計に、
自分と絵の関係を深くさせました
夏休みの課題には、『自分の思い出の絵を描こう!』というものがありました。
もちろん、描けはするのですけど、なんというか、
ずっとアトリエに入れられていたので、思い出が無かったのです。
そこで、考えたことは祖父の家でスイカを食べる、ということでした。
母と父と説得し、アトリエを休んで、お盆に祖父の家へと向かいました。
久しぶりに行く祖父の家に、胸を躍らせながら向かっていたことを今でも覚えています。
祖父の家に着くと、暖かく迎え入れてくれ、
父や母が先生と慕っている人とは違う目をしていました。
二泊三日という短い時間でしたが、随分と心は休まりました。
何かを紙の上に表現させることも、
一日中椅子に座らせ、苦痛な時間を強いられることもありませんでした。
そして、野菜や果物の畑が沢山あり、自然に囲まれている暮らしは自分にとって
羨ましい、と感じさせることもしばしばありました。
大きく、太いきゅうりや、瑞々しく、太陽の光を吸ったようなトマト、
そして、1人では持てないほど大きなスイカ。
そのどれもが口に入れた瞬間、どこか懐かしく、安心させる。そんな味が広がるのです。
自分は収穫を手伝うのも好きでした。
近くの川から桶に水を汲み、その中に氷と採った野菜を入れていく。
すると、収穫が終わる頃にはひんやりとした、新鮮な野菜が食べれるのです。
祖父はその野菜を採った大きな手で私の頭を撫でて
「手伝ってくれてありがとな」
と言うのです。
夜には近くの山に入り、蛍を一緒に見ながら食べるスイカが大好きでした。
そのシーンを絵に描こうと思ったのですが、
夜空に浮かぶ鮮やかな光と、スイカの美しさを紙に映すのは
自分にとっては尊厳を破壊する行為に近かったです。
帰る時には疲れ切り、祖父の大きな背中で寝ていました。
そしてそのあとは蝉の声がよく聞こえる部屋で、
朝を迎え、家族で談笑しながら祖母と母が作ってくれた朝食を食べました。
昼には山に入り、父と祖父と共に虫を取ったり、畑仕事の手伝いをしました。
そうして三日目、帰るのが嫌になりながらも
自分の憩いの場となった場所から離れました。
家に帰るや否や、母は
「アトリエ、休んだから明日からは時間を延ばすね」
と言われました。
あの苦痛な時間がさらに増える
それだけで逃げ出したくなりました。
もうその時点でわかりきっていました。
自分は絵が嫌いなんだ。と
しかし世界はそれを許しませんでした。
拒めば拒むほど、自分に嫌と言うほど絵を描かせ、
絵という檻の中に閉じ込めていたのです。
勿論、思い出の絵も描かされました。




