運命潮力 その05
「乳母崎ラコさんに『アルメ』の面白さを教えて、茶色を混ぜた『ナイトメア・サバイバル』を勧めたのは俺です。ごめんね」
俺がウィンクしながらてへペロすると、アミは一瞬意味が分からずにきょとんとした。
だがすぐに真っ赤になって両手を振り回しながら、飛びかか……ない。ソーマに襟首を掴まれて進めないからだ。
「お、お、お前かー! お前のせいでボクは負けたんだなー!?」
なにこのかわいい生き物。
「落ち着け。お前が弱いから負けただけだ」
「そうよ〜。わたしにも負けるくらい弱かったじゃなぁい」
「ぐあぁ……」
両側からとどめを刺され、アミは膝を付けなかった。ソーマが襟首を掴んでいるからである。
「…………ウパシャキ、そのかわいい音の名前には憶えがあるぞ。デイヤのガールフレンドだな?」
「あ?」「は?」
「お、女の子の友達という意味だ。他意はないぞ……?」
俺とマッハに凄まれて、アミがソーマに抱き着き盾にした。頭をポンポンされている。実は君たちすごく仲良しだよね?
「だからデイヤを隔離したわけか。なるほどな」
「え? 普通に仲直りックスを楽しませるためじゃないのぉ? 机の上にゴム置いてきたけど〜?」
「なんでだよ!」
その件については考えないことにしよう。仲直りでイチャイチャした流れでつい魔が差してしまったとしても俺は言及しない。しないぞ。
戻ったときにゴムが開いてるかとか、残量の確認は絶対にしないからな!
……………うああ……気になるう…………。
「大稲デイヤを隔離した理由は三つだよ。普通に猫魂さんを二人きりにしてあげたかったのと、乳母崎さんのため。
乳母崎さんと大稲は仲良かったみたいだけど、大稲が乳母崎さんを『向こう側』だと知らない場合、裏切られたと思うかもしれないじゃん?
それは乳母崎さんの本意ではないはずだから、そういう秘密を勝手に暴露はしちゃいけない。
大稲との関係が修復不能になりかねない」
「関係が修復不能になったなら、突き入れる穴があるかもしれないわよぉ?」
脳内で天使の姿をしたマッハが左手で作った円に人差し指を出し入れする。それを言うなら『付け入る隙』かな?
現実のマッハもやってるじゃねーか。下品な手つきやめろ。子供が見てるぞ!
「ふ、不適切な表現はやめろ……」
ごめん、ルビ間違えたね。子供がモジモジしちゃうからやめて。
「もう一つの理由は?」
「アミちゃんがあんまりにも弱すぎるからだ」
「はぁっ!?」
俺の言葉にアミが血相を変える。頷くマッハ。息を整えるソーマ。案外シリアスな雰囲気の俺に、アミが困惑する。
「ど、どういう意味だ? ボクが弱すぎるとは?」
「その前に、アミちゃんとソーマが大稲と会った経緯を教えてくれ」
顔色を失うアミの肩を支えながら、ソーマが片手でポーズを決めた。
「オレ様とデイヤは十年前の飛行機事故で遭っている。その際にデイヤは両親と兄を失い、オレ様は妹を失った」
待って待って! 突然スーパーヘビー級のパンチが飛んできたよ!!? 受け止めきれない、え? マジで??
「その時オレ様たちは『向こう側』を見た。以降、侵略者と戦う為に研鑽を重ねてきた……再会したのは半年前だ。
普通の生活をしてきて、随分と腑抜けていたように見せて、芯の強さはあの時のままだった」
あ、これ幼なじみ! 久々に再会したら全然変わっていた幼なじみじゃん!!
応援します。俺、男の幼なじみも好きなんだよ。こっちはどう料理されても平気。
「オレ様はデイヤが奴らと戦えるようにわざと邪魔をして鍛えていた。
…………その時には、すでにアミが居たな。アミも大口を叩くが全くオレ様に歯が立たないのだが」
「『運命潮力』の大きさではボクが勝っているんだぞ!」
「実戦では役に立たん。今度晴井とやってみろ。泣くぞ?」
「な、泣かないもん!」
散々な言われようで既に半泣きなんだけど。一見神秘的美少女なのに精神年齢は子供なんだよな。
「アミちゃんは?」
「ちゃん付けするな! ボクは『向こう側』の生まれで、滅びゆく『向こう側』と『こちら側』の両方を救うために真なる四つの『運命潮力』の持ち主を探しているんだ」
「ダウト」
「なんでさ!!?」
俺はマッハを見た。二人の供述に矛盾があり過ぎる。
え? 無条件でマッハを信じる理由? マッハから乳母崎さんへの愛かな。あと、アミは結構考えなしだし。
「『向こう側』は、十五年程前にわたしたちとあなたたちの両親によって完全に滅んでるのよぉ。
お嬢ちゃん、『向こう側』の地名を一つでも言えるぅ?」
「…………え? あ、いや……あれ?」
「その髪と目は、『異形化』を受けたのね。でも顔がソックリだからすぐに分かったわぁ。
ソーマさん、ヒジリさんは元気ぃ?」
「…………父なら一年前に死んだよ」
「うふふ、いい気味ゴホンゴホン。それはお気の毒様」
今、いい気味って言ったよね?
「まぁ、お亡くなりになったならもうみんなホトケ様だしぃ。浮世の恨みは水に流すわぁ。ザマァ見やがれ」
「マナミさん、あんたシスターでしょ?」
「うふふ〜」
そこは笑って済む話じゃないと思うんだけど。マッハはスマホをいじり、ソーマとアミに差し出す。
そこには若い頃のマッハと、布田によく似たメガネのチビと、他にも五人が写っていた。雨宮さんは……いないな。
真ん中には、アミに似た雰囲気のイケメンと、ソーマによく似た美女。だが俺は端っこで見切れた女の子から目が離せない。乳母崎さんによく似ている。
「それは妹よ。姉さんはいないわぁ」
「そうですか……」
「で、真ん中の二人が姉さんを見殺しにした二人〜。でもソーマさんとお嬢ちゃんには罪はないから〜」
事ここに至って、ようやくソーマは自分の目前の美少女が何者なのか気付いた様子だった。
アミもまた、彼と自分の関係を指摘されて、目を白黒させている。
「オレ様と父が探していた妹が、コレ?」
「DNA鑑定するぅ?」
「いや、いい…………納得しているオレ様もいる」
「そ、そんな事よりも、ボクの記憶はどうなってるんだ!? 母と二人で『向こう側』で過ごした記憶は!?」
「シヴァの洗脳じゃないか? 『向こう側』ってどんな所? 電気とガスは通ってる?」
「…………」
アミは蒼白になって、ソーマに寄りかかった。ソーマが無言で肩を支える。
「つまり、アミが故意の裏切り者だった場合を考えていたんだな?」
「ぼ、ボクは裏切りなんて……! あれ? でも、洗脳されてるってことは裏切りかねないの??」
司馬は盤外戦術が好きすぎるな……全部大稲デイヤを倒すためだろ?
大稲に村でも焼かれ……たのか。正確には大稲の親に。
「ぼ、ボクはどうしよう。え? ええと……どうしたらいい……? ふ、二つの世界を救うためにがんばって来たのに、え? 『向こう側』は既に無いし、記憶は偽物なの……?」
「とりあえず、水を飲んで深呼吸しろ」
「う、うん……ぐ、ゲホッ、ゴホッ!?」
差し出されたペットボトルを勢いよく流し込みすぎて、アミはむせた。ブルブル震える身体をソーマが抱き寄せる。
「マッハが言ってるのも嘘っぱちの可能性もあるからな?」
「ええ〜、晴井さんひどぉ〜い」
「でも、シヴァが『洗脳』の『闇のカード』を使うのはマジっぽい。で、アミちゃんにお願いしたいのは」
揺れる赤い目。この怯える小動物みたいな姿を見たら、猫魂さんの敵意も鎮火するだろうに。失敗したかな。
「司馬に『貸与』してるはずの『運命潮力』を取り立ててよ。弱さの原因の一つはそれだと思う」




