晴井彗 その03
『目的を忘れることは、愚か者にありがちだ』。
俺の目的は徹頭徹尾おっぱいである。
猫魂さんの巨乳を堪能しながら『アルメ』を楽しむのが、例の大会までの俺の目的だ。彼女とは友達になれるだろう。しかし、それ以上先には進むことはない。
なぜなら猫魂さんにはカレシがいる。そして俺は何の取り柄もないボウフラみたいな有象無象だ。
「つーわけで、お金がかからず遊べる場所を確保したぜッ」
「空き教室とか?」
「ううん、そしたら完全下校時刻に追い出されちゃうじゃん? アタシお昼寝スポットならたくさん知ってるけど、夜までだと難しいかな〜」
俺は放課後、ひょいひょい動く猫魂さんの後について昇降口に向かった。後ろからだとおっぱいが見えないのが残念だ。
だが、ワイシャツに視線を集中することで下着のラインを確認できる。素晴らしい! ありがとう猫魂さん!!
「大会、今週末だっけ?」
「そーなんす。ちなみにチーム戦なんだけど……ケーくん、出れる?」
「…………え?」
初めての情報。振り返り上目遣いの猫魂さん。見返り美人て言葉があるだろう? 振り返りは江戸時代の浮世絵で、セクシーなポーズだったのだ。分かる。現代でも尻と横から見た乳を見せる構図は大流行だ。つまりそういう事だ。
「任せろ!」
「さっすが〜、ケーくんは話が分かるッ」
「ちなみに何人チーム?」
「三人だよ」
「もう一人は?」
沈黙、つまりすぐに思いつかないのだろう。俺は自分の知り合いの顔をいくつか思い浮かべた。
クラスメイトどもはゆるくしかやってない。猫魂さんみたいなガチな感じがない。ヤツらを誘うのは猫魂さんに失礼な気がする。
公式大会で知り合った何人かはオッサンだからな……現役JKとか言うとエロ目的丸出しになりそうでなぁ。
スケベ心で動く野郎二人……猫魂さんに失礼な気がする。俺は唸った。一人でも十分失礼なのでは? しかし俺からエロへの探求心を、おっぱい愛を失ったら何が残る?
何も残らない。
「い、一応、『アルメ』やってる娘がこの先に居るから誘うつもり」
「居る……?」
猫魂さんは校門を出て、学校沿いに少し歩き、その先にある建物を指さした。教会だ。学校に併設されていて、時々授業で礼拝も行う。
俺たちの通う私立九曜学園高校はミッション系ではない。しかし、授業の一環と
して礼拝、寺での修行、神社への参拝があった。
「教会?」
「そ、勉強とか部活動とかで部屋を借りれんだなこれが」
勉強でも部活動でも無いんだけどいいのか? いいか。俺は深く考えるのをやめた。
今朝から、あまり考えるべきではないことが多い。俺はもっと気楽に、バカで、幸せに生きたい。深く悩んでは、人生は苦しいだけ。嫌なことは忘れるに限る。『忘却はよりよき進歩を生む』とニーチェ先生も仰っている。
それに『全知は常に最強ではない。物事を実際よりも単純に理解し、噛み砕いて説得力のある説明をするのは半可通だ』ともニーチェ先生は言っている。
だから俺は半可通でよい。
教会の中はひんやりしていて、厳格な雰囲気があった。そんな場所で騒ぐのもカードゲームもするべきではないのでは。
しかし猫魂さんは馴れた様子ですいすい進む。俺はおっかなびっくり後に続いた。
「うっぴー、来てくれてありがとね!」
「猫魂先輩……」
猫魂さんが入った部屋は八畳ほどで、テーブルと椅子が並んでいた。会議室というか、応接室というか、そんなイメージ。
並んだパイプ椅子の一つに、シスターの衣装に身を包んだ女の子が座っていた。野暮ったく分厚い生地の黒い服、髪の毛は全部隠して首も覆っている。その上両手も手袋。これは涼しくしないと熱中症が危険だ。
「ケーくん、友達のうっぴー。ママミルクのみさきと書いてうばさきちゃん」
「逆です。ミルクママのみさきです」
俺は頭の中で漢字をイメージした。乳母崎。ママミルクでもミルクママでもどっちにしろ言い方がエロい。つまりおっぱいってことでしょ!?
顔の下半分は冷感素材の黒マスクで覆われている。かろうじて露出している目つきは悪い。いや、俺に悪感情を抱いているのだろう、ひどく睨んでいた。まつげ長いな。
体のラインを出さないシスター服のせいで体格は分かりにくいが、肩幅がある。あれは格闘技の経験かおっぱいによるもの。俺の経験上はFを越える巨乳がゆえの肩幅だ。
ご存知の通り巨乳は重い。常時胸にダンベルくっつけているも同然なのだ、肩が凝るのは当然。筋肉は鍛えられ肩幅は広がるもの。具体的には分からないがかなりのおっぱい力を有していると見た。胸に富士山くっつけてんのかよ!
「俺は晴井。ヨロシク」
「先輩本気ですか? この人、雑魚ですよ?」
乳母崎さんが、俺から露骨に視線をそらしてそう言った。なんだって?
「えー? ケーくん強いよ、アタシ昨日負けたし」
「しかも不潔で臭い。同じ空間にいるのが不愉快です。目なんていやらしさで濁っています。完全に先輩目当てですよ?」
「ぐっ……なんて正論なんだッ! ぐうの音も出ない」
ぐっ……なんて正論なんだッ! ぐうの音も出ない。いや、思考が口に出ていた。でも仕方ないよね。この夏の暑い時期、授業を終えた高校生男子が臭くない理由がない。でもさ、これでも昨日の帰りに購入した制汗スプレーと汗拭きシート使っているんだ。本当なんだ。信じてください刑事さん!!
で、その上なんだって? 猫魂さん目当て? そうだよ。完全に身体目当てだよ! より具体的に言うとその巨乳。揺れて弾んで押し潰されるポヨンポヨンの魅惑の膨らみ。好奇心を刺激してやまない谷間であり、俺というアキレスにとっては永遠に届かない亀そのもの。
「キモ」
「猫魂さん、なんで俺初対面の女子に罵倒されてんの……?」
「黙れ悪臭発生機。口を開くな。先輩に気安く話しかけるな。猫魂先輩には大稲さんって人が……」
ぐぐっ、俺は触れて欲しくない部分を直接抉ってくる乳母崎さんに怯んだ。そうだよ、知ってるよ。クラスは違うけど同じ学年だ。猫魂さんのカレシ、大稲デイヤ。顔も良くてスポーツもできて、ちょっとマヌケな感じの陽キャ。人気者。知ってるんだ。知っていて、それでもほんの一瞬夢を見ていたかったんだ。
俺はどうせ誰からも見向きもされないような存在だ。背景の一部だ。そこに猫魂さんみたいな人は普段は興味がないだろう。
でも、今だけ、ほんの一週間だけ、俺に向かっておっぱいを揺らしてくれれば、俺はその思い出を胸に行きていけるだろう。胸だけに、なんてな。
この先いいことがどれほどあるのか。人生は幸せかなんて分からない。でも、きっとどうせずっと脇役だ。分かってるんだ。
「べべべ、別にデイヤとはそんなんじゃないし! ちょっと家が隣なだけの、幼なじみだし!!」
「待って猫魂さん、待って待って! 詳しく! そこん所時間の許す限り濃密に! 幼なじみなの!? 幼なじみ、なの!!? 俺三日間くらいまでならぶっ続けで聞くよ!?」