世に太陽は二つと要らず その03
状況を確認しよう。私は羅睺こと乳母崎ラコ。シヴァが率いる『向こう側』のチーム『蛇組』の一員だ。
私たちのチームは、準決勝で布田のチームと対戦予定で、その前にもう一戦の準決勝試合を観戦中である。
猫魂先輩、晴井先輩、そしてなぜかマナミさんの『チーム猫を讃えよ』と、大稲デイヤ、ソーマ、アミの『チームダイナミック』。
お互いに決勝に進出した場合、私は先鋒であるので対戦相手も先鋒になる。つまりマナミさんかアミになる。
だが、私にはそれよりも猫魂先輩と大稲デイヤの試合が気になっていた。
もしかしたら私にとって最初の友達、誰よりも優しい猫魂先輩と、恐らくは初恋の人、大稲デイヤ。
でもきっと、私は『猫魂先輩を好きな大稲先輩』が好きなだけ。
だから二人がケンカした時にひどく苦しかったし、大稲先輩と二人で居ても、心はときめきやしなかった。
本当に好きな人を、晴井先輩を知ってしまった今は、明々白々だ。
さて二人の試合は先行、大稲デイヤの五ターン目に差し掛かる。エキストラ・リソースの獲得タイミングである。
戦場はBを猫魂先輩が、CDを大稲が制圧。残る戦場Aが二点戦場となるため互いに戦力を向ける展開。
大稲の残り手札は2枚に対して猫魂先輩は6枚。そこには猫全体を強化する《女王様猫ミルエルフ》に、『化け猫』能力を持つユニーク『月影』、そして最強の除去対策とも言える《パレイドリアの猫》がある。
戦況は速度のある大稲がまだ押している。先のターンエンド時に、大稲は《孵化》で恐竜トークンを二つ出した。
彼の2枚の切り札のひとつ、《暴君王龍 トルス=レックス》は、場にある恐竜やリザードマン2体ごとにコストを軽減する。
現在は3体。
《暴君王龍 トルス=レックス》は5コストに相応しいフィニッシャーだ。
5/8で戦闘開始時に5点のダメージを割り振る。さらに単独制圧可能な『蹂躙』、ユニットを破壊すると強化される『暴食』、攻撃した戦場に移動できる『強襲』と暴れ回る。
『敵』として戦ってきた私も、『仲間』として見てきた猫魂先輩も、《暴君王龍 トルス=レックス》の出現に王手がかかっている事は理解している。対応できなければそこで勝負が着く。
だがそれ以前の問題として、威圧力と口では猫魂先輩がぶっちぎっている。メンチの切り合いでは圧勝していた。
「オレが戦う理由……」
違う。猫魂先輩の問いと大稲の独白には決定的なズレがあった。
猫魂先輩は『なぜ『アルメ』をやっているのか』を尋ねた。戦う理由ではない。
大稲はドローして、五ターン目を始める。エキストラ・リソースは赤。
「オレは…………『向こう側』の連中からこの世界を、大事な物を守んなきゃならねぇから戦ってきた。そのためには絶対負けらんねえ」
戦場Cに攻撃して表にする。《憧憬の勇士》!
生贄に捧げることでドラゴンや恐竜と入れ替わる0コストユニットで、リザードマンだ。
つまり、これで《暴君王龍 トルス=レックス》出現の流れが整った。
「その大事な物には! 当然ケイト、お前も含まれてる!!
ダイナミックに行くぞ! 相棒!!」
《憧憬の勇士》が生贄に捧げられ、《暴君王龍 トルス=レックス》が君臨する。
戦闘開始時効果で、猫魂先輩の《紳士猫》を焼き払う!
猫魂先輩の手札には強力な『化猫』である《月影》があるものの、純粋な攻撃力防御力差で《トルス=レックス》には敵わない。
「つまんない理由。《エルアライラーの詐術》を表にする。おお! 幸運なる恐竜よ! お前は選ばれた! ってね」
「え」
《エルアライラーの詐術》はお互いのユニットを1枚ずつ手札に戻すスペルだ。
《暴君王龍 トルス=レックス》はコロッと丸め込まれ、《紳士猫》と仲良く手札に帰っていく。
必殺の奇襲戦術を軽くいなされ、戦う理由も否定され、大稲はあ然としている。
「…………《ラプトル》を中央まで下げて、恐竜トークンを一体戦場Aに移動。1枚セットしてエンド」
「『守らなきゃならない』『負けられない』それってさ、ただのおしつけ、義務じゃん。それってデイヤのホントにやりたい事なん?」
猫魂先輩の五ターン目。エキストラ・リソースは紫。
「戦場Aに《魔女の使い魔》を表にするしながら攻撃。そのカード見せて」
「《子育てするトリケラトプス》だ」
《魔女の使い魔》は相手の裏向きカードを見るユニット、味方に魔女がいると2枚見れる。
「《月影》にゃん」
その《魔女の使い魔》が手札に戻り、代打の《月影》が恐竜トークンを瞬殺する。
《月影》は手札に戻り、戦場Aには裏向きのカードが残った。
「同志《女王様の奴隷》を戦場Dに移動。2枚セットでターン終了」
昨日一日、私は猫魂先輩のデッキと対戦しお互いのデッキを調整した。
お陰で猫魂先輩のデッキ内容はよく知っている。これは、妨害で押し切れるパターンか?
「義務……押し付け……」
「先生によると、前提を疑えって」
「先生? 晴井か?」
「ううん、ニーチェ先生」
「誰……?」
うん、まあ、そうだよね。
「なんかさー、『戦い』になってからデイヤ窮屈してない? 楽しんでる?」
「負けられねぇんだ。楽しむ余裕なんて……」
「『今』も?」
言葉を失う大稲。
猫魂先輩や晴井先輩との因縁は『向こう側』とは無関係だ。
そこに義務感はない。
「今も、アタシと遊んでて、楽しくないの?」
それが、最後通告であることが私には分かった。
共に歩けるのか否かを決めろ。猫魂先輩は大稲にそう言っている。
「それは…………」
であるが、大稲デイヤは最後まで煮えきらなかった。言葉がなかった。
「…………そっか。
アタシはデイヤと楽しむためにここまで来たのに、あーあ、残念」
何かが必要であった。
流れを変える何かが。
そしてそれは、猫魂先輩のすぐ近くの席からもたらされた。
甘ったるくて間延びして、ちょっぴりハスキーな、わざとらしい大声で。
「少し、暑くなって来たわねぇ」




