試合間 その03
「まだ何か隠してますよね」
YUKIさんには不審がられる前に戻ってもらうことにした。俺たちとしても、YUKIさん本人にとっても、『向こう側』に居てもらった方が都合がいい。
目的は共通していた。どうにかしてシヴァから解放される。
さて、YUKIさんが控室から出た所で俺はマッハを問い詰めた。
「別に大した事じゃないんだけどぉ」
「なら言えますよね?」
「YUKIさんたちの出自は、『向こう側』とは恐らく無関係よぉ」
…………?
YUKIさんらは、『向こう側』の魔人とのハーフみたいな話ではないのか? 本人もそう言って……いや、それもまた司馬に騙されていたとでも言うのか?
では、どういうことなんだ? YUKIさんの体温は異常に高かった。ほかの連中も普通ではありえないような身体的特徴を持っている。
といっても、角と目、肌の色まで異なる乳母崎さんほどの者はいない。
「そもそも、ラコちゃんも違うんだけどぉ」
「どういう事です?」
「マッハさん悪だくみ?」
「悪だくみじゃないのよぉ? 言いにくいだけでぇ」
言葉を濁されて、俺はすこぶる嫌な予感がした。想像すると胸が悪くなるような、邪悪な行い。
YUKIさんたちは洗脳されていたのだろう。だが、されていたのは洗脳だけではないとしたら?
「ええとぉ……『異形化』の『闇のカード』っていうのがあってぇ……」
歯切れの悪さと、その禍々しい名前で俺は察した。これは、危険な話だ。猫魂さんの前でするべきではない。
話を逸らそう。俺はわざとらしく笑顔で言った。
「昔の『アルメ』アニメの幼なじみヒロインがされたみたいなやつですかね。悪魔みたいな見た目にされちゃうような」
「あ、知ってた〜? あれ、うちのおねえちゃんがモデルなのぉ」
「え?」
待って待って、話を逸らさせてください。お願いだから! ていうか、なんだって? 『お姉ちゃんがモデル』?? ぐええ、聞き捨てならな過ぎるぅぅ。
「主人公に負けて死んだ悲しい闇落ち幼なじみが……?」
「次のシーズンで実は生きていて、乳母崎くんと静かな山小屋で暮らしてるのよぉ」
あー、えー……真波が田草で、乳母崎さんと苗字が違うと思ってたんだけど、そっか。父親の苗字か。
そして俺が怒りに任せて続きを見なかったシリーズで、ちゃんと幸せになってたのか……? なってないな。幸せなら乳母崎さんと暮らしてるはずだろう。
俺は深呼吸した。帰ったらサブスクで見れるか確認しよう。今は後回しだ。すげー気になるけど。
だが、二つ良かった事がある。この出会いは運命だったのだ。俺の積年のこじらせへの回答。俺が選択してきた行動への回答。
「猫魂さん」
「お? アタシ? うっぴーとはズッ友だぜ?」
「俺は乳母崎さんのママじゃないからそういう心配はしてないんだけど、一応言っとこうと思ってさ」
乳母崎さんのママは、そこのエロい格好をしたお姉さんだもんな。
「おん?」
「俺が幼なじみ原理主義過激派なのは、そのアニメのせい。
マッハのお姉さんがひどい目に遭ったから、代わりに他の幼なじみは幸せになって欲しいって思ってる」
「…………うん」
火曜日、乳母崎さんと初めて会った日に俺は猫魂さんを応援すると宣言した。冗談めかしていたから、どう受け取っていたのか知らないけど、それをもう一度伝えておきたいと俺は思った。
「ケーくん、ごめんね」
「ん? 大稲デイヤと戦うために、俺のすけべ心を利用した件?」
「うん。本当にごめん! デイヤをギャフンと言わせるためなら何でもする気になっちゃってた」
両手を合わせる猫魂さん。俺は神妙な顔で頷いた。だが、正直どうでもいい。
そりゃ最初こそ、もしかしてなんて変な期待はしたよ? でも、すぐにそれはありえないって分かって、それが良かったと思っている。ほら、どうせ俺が願ったことなんて上手くいくはずがないんだし。
猫魂さんに声をかけて貰えたから、俺は乳母崎さんに会えた。楽しかった。救われた。
そしてこの先も、楽しい事が待っているはずだ。
「お詫びになんでもするからさ!」
「分かった。なら身体で払ってもらおうか。この夏休みの間は毎日朝から晩までマッハと二人で俺にご奉仕するんだよ!」
「いいけど、奉仕活動ってケーくんじゃなくてマッハさんが喜ぶだけじゃね?」
勝手にアテレコするマッハに、猫魂さんらしい可愛い答え。ご奉仕っていったらもちろんえっちな肉体奉仕じゃなくて、教会が行う地域清掃などの奉仕活動だよね〜。そのままの君でいてくれ。
「んも〜、ご奉仕って言うのはぁ……もごもご」
「猫魂さん、下ネタだから無視して」
「また舐められるよ? やーらしー」
な、舐めさせてる訳じゃないからやらしいのはマッハだけだし!
「俺からの要求は、デイヤをどう思ってるのかキッチリ話してほしいってことです」
「え」
「もごもご…………なにそれ聞きたぁい!」
目を輝かせるマッハ。野次馬根性じゃないんだよ。俺は真面目な顔でマッハを睨む。
「あのねえ、これは次の試合でデイヤのチームにどんなモチベーションで挑むかという大事な問題なんですよ。野次馬根性八割、真面目な話二割です!」
「ケーくんのバカ! ほぼヤジ馬だし!」
でもまあ、緊張はほぐれたかな? 猫魂さんは少し考えてから微笑んだ。すごく幸せそうな、眠くなってる小動物みたいな表情。
あー、もう聞かなくていいかな? だって、思い出すとそういう顔になる相手って事でしょ? その時点でお腹いっぱいでーす。
「あたしってさ、バカで空気読まなくて人の話も聞かないでしょ?」
「そうかな?」
「そうなんだよ。みんなで話ししてると、すぐぼーっとしちゃうし、難しい話は眠くなるし、元気なのは自分のことの時だけなの」
そう言われてみると、そう……かな? あまり気になったことがない。
「だからさ、友達ってたくさんいるけど、ちょっとずつみんなアタシのことをバカにしてんだよ。
ちょっと可愛い格好してて、おっぱいが大きくても、頭空っぽで空気読めないしすぐに寝る天然バカ女だって思われてる」
「にゃはは」と、猫魂さんが空虚に笑う。いつものお日様みたいな温かな笑顔ではない。
そんな事はないって、俺には言い切れない。俺が知っている猫魂さんは女子グループとも男子グループともみんなと仲良しで、クラスの中心で、注目を浴びていた。
でも、男子からはおっぱいが大きくて隙だらけでパンツを見せてくれると思われていて、女子からも嫌われてはいない代わりに軽んじられていたのかもしれない。
「ノリがいいからさ、にぎやかしにはいいんだけどね。大事なお話とかになるとカヤの外なんよ」
「うわー……ごめんなさい」
マジでごめん。俺も猫魂さんを蚊帳の外にしてきた。理解できなくなると意識を飛ばすから、それでいいんだと扱って来ちゃってた。
「なーに言ってんの。ケーくんは聞いたら答えてくれんじゃん」
「そりゃまあ……」
あー、もしかしてさっきの『三行で』はある意味試されてたの??
猫魂さんを置いて行かないかって、村八分にしないかって、確認されてた?
「そもそもケーくんは人とかなりズレてるから」




