晴井彗 その02
ニーチェ先生によると、『一日を始める最良の方法は、朝「今日は誰かを喜ばせたい」と考えること』だそうだ。
火曜日の朝、当然俺は猫魂さんを喜ばせたいと考えていた。
昨日の帰り際、毎日ファミレスは大変だし、騒ぐと人の目が気になるので、明日はただで使える場所にしようと猫魂に言われた。つまり毎日放課後に会えるって事だ。最高かよ?
俺は昨晩調べた流行りのデッキのリストを確認し、猫魂さんが使いそうな紫カードと一緒にカバンに詰めた。
今、俺の世界はバラ色だ。目の病気か脳の病気かもしれないけれど、今日も猫魂さんのおっぱいが拝めるというのならそれも甘んじて受け入れよう。
そういえば昨日、流行りのデッキを調べる途中でチラリと見たのだが、『アルメ』のアニメはまだやっているらしい。主人公を変えて、シリーズタイトルも変わって。
子供の頃は見ていたが、途中で見るのをやめた。理由も覚えている。思い出すと腹が立つ。
ご存知ないと思うが、俺はおっぱいが好きだ。大好きだ。おっぱいを信仰していると言っても良い。
しかしそれと同時に、もう一つ大好きなものがある。それは幼なじみだ。もちろん俺にはいない。いないからこそ愛している。なんで俺の両親は同い年の女の子のいる家の隣に住まなかったのか。
で、俺が見るのをやめた『アルメ』の旧アニメには幼なじみヒロインがいた。巨乳で委員長タイプ。主人公の尻を叩きながら心配する女の子だ。
そのアニメにはヒロインがもう一人いた。運命の出会い系の。主人公がもう一人のヒロインとの絆を深める中で、寂しそうな幼なじみ。
当然俺は幼なじみを応援した。がんばれ! 負けるな!
だが幼なじみは耐えられなかった。仲睦まじい二人が見ていられず、嫉妬に苦しみながらも自分の殻の中に籠もった。そして、そこに手を差し伸べたのは希望の光ではなく悪魔の囁きだった。
邪悪極まるクソ外道が、彼女の手を取り言ったのだ。あの女を消せば、あの男はお前の下に帰ってくるぞ。
闇堕ちする幼なじみ! つーかそれまでも地味ながら巨乳だったのが、悪の女幹部的露出度にチェンジし、青肌金目で有角有翼! 子供向けアニメとは思えない際どさで乳揺れ! サディスティックに笑いながらヒロインをムチで叩くとやりたい放題!
俺の股間と性癖に直撃だったね。
まあ、堕ちてからも俺は幼なじみを応援していた。こじらせたけど主人公への愛は本物だった。ヒロインを憎んでいるけれど、主人公のために助けることもあった。
最後まで彼女が救われることを願っていた。
その想いを、あのアニメのスタッフは裏切ったのだ。
最終盤、ラスボスの直前で立ちはだかる幼なじみ。邪悪なパワーでさらに凶悪な姿になって、暴走しながらカードを扱う。
ヒロインが言う「あの子はもう元に戻らない」、主人公が言う「分かった……終わらせてやる!」
…………死んだァッッッ!!?
普通に死んで、一顧だにされず。主人公とヒロインはそのまま幼なじみの屍を越えていきやがった!!
別キャラからフォローは入ったけど、主人公はそのまま放置! エンディングも含めてその後一切言及せず!
そんなのって、そんなのって無いよ!
………次のシリーズはもう見るのをやめた。
しかし、ゲームとしては好きなので、俺は今でも『アルメ』を続けている。
くだらない話を長々としてしまった。諸君は俺よりも猫魂さん。より正確にはそのおっぱいに興味がある事だろう。
俺もだ。しかし俺のような下賤の者が触ったり吸ったり揉んだりしていいおっぱいではない。近い距離で見て、わずかな芳香を楽しむくらいが良いところだ。
「おっはよー、ケーくん」
「おはよう猫魂さん」
今日も今日とて猫耳のような寝癖、天真爛漫な笑顔、いつも楽しそうな猫魂さんと靴箱で遭遇。
「放課後ヨロシクね」
「色々用意してきたぜ」
声をかけ合い教室に向かう、周囲の視線が心地よい。わはは!
「おい晴井、猫魂さんとどういう関係だ!?」
「昨日までは何もなかったよな!?」
乱暴に絡んでくる級友どもを粗雑に振り払い、俺は優越感の笑みを浮かべた。
「くっくっく。仲良くなったんだよあの猫魂さんと! 今日も放課後にランデブーだぜ!」
「ナニがあればお前のような陰キャなビビリがあんな陽キャと……」
「うるせーバーカ!」
俺自身、『アルメ』が無ければあんな距離にまで近付くなんて想像もしてなかったよ!
「つーか、平気なのか?」
「なにが?」
「猫魂さん……カレシいるだろ?」
俺の心臓がギュッとなった。
呼吸が苦しい、胸も痛い。粘土を体内に押し込まれたような息苦しさ。
いや、知っていた。知っていたよ? ただ目を逸らしていた。
そもそも、猫魂さんは俺を『アルメ』の教師として選んだだけだ。恋愛には進むはずがない。
俺はそれを理解している。だから好きだ好きだと心中で幾ら叫んでいてもその『好き』は恋愛ではない。おっぱいへの愛に過ぎないのだ。
俺の望みは猫魂さんの師であり、安息の場所になること。『ただし、それは一時の宿だ。硬くて湿気た、戦場の寝床だ。それが悩む友への最良の心構えだ』とニーチェ先生も言っている。
「そういう関係じゃねーし」
だから俺はそんなことを言って、全然興味ない風を装うことで、自分を守った。