真夏の雪は融けるが定め その05
一回戦第一試合は猫魂先輩率いる『チーム猫を讃えよ』と融鬼の『雪組』。
『布田研究所』と女子チーム『花組』という組み合わせだ。私、羅睺こと乳母崎ラコは、興味なく俯瞰するフリをして『チーム猫を讃えよ』を注視していた。
正直言って、シヴァは頭が悪い。
自分のチームに強いメンバーを揃えるのはいい。しかし、『雪組』のあの体たらくはなんだ?
融鬼は強い。もう二十歳なので『運命潮力』が下がりつつあるが、それでも八人の中で間違いなく最強だ。
少し前まではその理由が理解できなかったが、今なら分かる。他の八鬼と融鬼では、カードへの向き合い方が違う。
貰ったカードと教わったルールでなんとなくやっている連中とは格が違う。ルールを深く理解し、熟考し、勝つための努力を怠らない。
晴井先輩と同じタイプだ。熱量が違う。知識と努力が違う。考え方がまるで違う。
そんな融鬼の相方として、逆に最も『アルメ』を馬鹿にしている金居を付ける理由が分からない。
あれはクズだ。暴力で解決をするのが最善で最速だと疑わないタイプだ。
二人の関係は水と油だ。融鬼は金居を嫌悪していて、金居は融鬼を馬鹿にしている。
シヴァは役割的に二人を合わせて運用しようとしていた。だれも彼も自分の思うがままになると思っているのが、シヴァの弱点だ。
「猫魂ケイト以外の二人は考慮に値しない雑魚です。融鬼、金居、あなた方の目的は『大稲デイヤを苛むこと』。
決勝戦までに奴のメンタルを削ぎ、気力を失わせることです」
他にもう少しマシな作戦ないの? というか、私の晴井先輩を雑魚扱いしたな? 後悔させてやる。
「猫魂ケイトに勝てるものなら勝ってしまっても構いません。しかし、その場合は絶対に『闇のカード』を使わないでください。
融鬼の《炉心融解》は相手の感情に火を付けます。冷静さを失い、我を失う。大稲デイヤをこの状態にできれば決勝での『祈祷者』様の勝利は揺るがなくなることでしょう。
ただし、猫魂ケイトに負けるのであれば、《炉心融解》は猫魂ケイトに撃たねばなりません。
その場合は大稲デイヤと猫魂ケイトを仲違いさせる事ができるはず。精神的に不安定な大稲デイヤを倒すチャンスになります
」
容易な事ではないのがシヴァには分かっていないのだろうか。無茶な注文だと私は思う。
「金居、あなたは絶対に一回戦で《鋸歯の報復者》を使ってはなりません。
《鋸歯の報復者》は強力な『闇のカード』ですが、見られる危険性を考えると隠しておかねばなりません。
いいですね? あなたの相手はあのソーマになります。奴は『運命潮力』こそあのチームで最弱ですが、勝率は最も高い。
あれを倒すならば、あなたの『闇のカード』が最適なのです」
痛みを与えてその行動を抑制する。確かに勝てるかもしれない。しかし……嫌なやり方だと思う。手段を選ばない、クズの戦い方だ。
ソーマという男には、私はいい印象はない。強敵であるという知識はある。しかし、拷問のような痛みを与える事には抵抗があった。
このあたりも『熱量の差』が顕著だ。
シヴァは戦争をしているつもりなのだから、誰かを殺したり、傷付けることに抵抗がない。布田の父親を殺したという情報もあるが、『雪組』や『花組』や『月組』は知らされていないだろう。
シヴァの作戦上はあり得ない事だが……私はソーマがどうこうというよりも、直近の対戦相手を心配した。
あの単細胞の金居を怒らせて、『闇のカード』を使われたらどうしよう。晴井先輩が痛みに強いとは思えない。普通に対戦して負けるとは思えないが、それだけが心配だ。
さて、第一試合が始まった時、私はそんな心配など吹き飛んでしまうような出来事と遭遇した。
というか、想像もしていなかったものを見てしまった。
猫魂先輩のチームの三人目、女だとは聞いていた。異様に晴井先輩に距離感が近い女。誰だそいつと苛立ったのは一瞬だけ。
あの身長、あのスタイル、あの綺麗な黒髪(今はなぜか一部染めているが)、大きなサングラスでよく見えないが、どう見てもママ……マナミさんではないか!?
え? なんで? いつから? というか、金曜日の限定構築に参加してたのもそのつもりだった??
開いた口が塞がらない私に気付いたママが、サングラスをずらして手を振ってきた。投げキッスも飛んでくる。やめて、恥ずかしい! もう子供じゃないんだからっ。
それにしても、なんてセクシーな格好なの? コンパニオンやモデルをお仕事にしてるのは知ってたけど、それはちょっとやり過ぎじゃないかな?
テラテラしたつなぎは体のラインにぴったり合っていて、暴力的な胸の形からくびれた腰、桃みたいなお尻、美しき脚線美まで裸よりもいやらしく見せている。
そんな格好で晴井先輩の横を歩かないで! 先輩がデレデレしながらずっと見ちゃうじゃない、お願いやめて!
そんな格好、神様もお許しにならないんじゃないかなって思うんだけど……。あ、それを言ったら水着同然というか水着そのものでうろうろしている私も人のこと言えないかな?
でも、どうせ私はこの世界の人間ではないから、主にはとっくに見捨てられているんですー。
「どうしました? 何か気になる事でも?」
「いいえ、何もない」
シヴァを誤魔化しながらも、私はマナミさんから目が離せない。どうしたらよいのかも分からない。
そもそもなぜ? その時点で不可解なのだが……一つ、ゾッとするような可能性に思い至ってしまった。
マナミさんは、私がこちら側にいる事を知っていたのではないか?
私を止めるために、私に立ち塞がるために、先輩たちのチームに入ったのではあるまいか。
バカバカしい妄想だと切り捨てる事もできた。しかし、妙なリアリティがあった。
しかし、想像に浸れる時間はそこまでだった。
「金居、あの単細胞が、勝手なことを……! これだから馬鹿は嫌いなんだ!!」
シヴァの罵声に私は蒼白になった。金居が、『闇のカード』を……《鋸歯の報復者》を使用している!
冗談ではない。あのカードで与えられる痛みは、のこぎりで素肌を引き裂かれるような激痛。アームロックにも耐えられない晴井先輩が耐えられるはずもない。
投了をするべきだ。投了をしてください。
しかし、私の願いは届かない。先輩は何でもないかのようにプレイを再開してしまう。
「ぎゃっ!!?」
晴井先輩が飛び上がった。全身から血の気が引く。猫魂先輩とマナミさんが立ち上がる。
本当は私も今すぐに飛び出したい。我慢をしなければ。見ているだけなのがじれったい……!
「す、すいませんね! 運動不足で足がつったみたいです」
「ぎゃはは! 筋肉を付けないからじゃバーカ!」
ゲラゲラ笑う金居。あいつ……もう二度と泣いたり笑ったりできなくしてやろうか……?
立ち上がる晴井先輩、手を貸す猫魂先輩。咄嗟に立ち上がるも動けない融鬼。
「金居は馬鹿ですが、『運命潮力』も無いのに大舞台に立つ愚か者に身の程を教えるには丁度よいですね」
黙れ。
私は怒鳴りつけたい気持ちを歯を食いしばって耐えた。何も知らないくせに。
あの人は弱さを知っている。そして、それを克服する術を常に探っている。
悪は弱さが呼ぶ。不寛容、嫉妬、暴力。全ての悪意は他者を虐げるためのもの。私たち魔人が、次元を壊そうとするその理由。
|ルサンチマン(逆恨み)だ。
弱者が己の悪を正当化するために作り上げた妄想。強者を貶めるための便利な棒。
晴井先輩はルサンチマンを振り回さない。『運命潮力』なんかに頼らない。責任をなすりつけない。
私たちのように不平を言いながらも流されるだけの運命の奴隷とは格が違う。
克服し、立ち向かう。
私は先輩の勝利と無事を祈った。
必ず勝つと信じていなければ、目を逸らしてしまっていただろう。
笑顔を振り絞りながら戦う晴井先輩に、私の胸は締め付けられる。
いつかちゃんと伝えなくては、そう思う。
せめて私の前でだけは、無理して笑わなくてもいいんだって。