『テンペスト・オーバーカム』 その02
「…………さて」
乳母崎さんの五ターン目。制圧点は乳母崎さんが上。だが、俺の策略の結果手札は今ドローした一枚のみ。
しかも、《悪い虫》のせいで手札かリソースを支払わなければならない。ちなみにそのカードはわざわざ《陰謀論のナイトメア》で引っ張ってきたもの。
恐らくは《堕亜空クマたん》か、それに類する切り札。
「《悪い虫》にリソースを支払う。戦場Cへ、働いてもらう。手札からカードをセット。東経路へ」
《悪い虫》を押し付けるのには手札が必要になる。生贄にできるなら生贄にしてしまいたいものだろう。それをしないということは、できないということだ。
俺の《根こそぎ強盗団》にぶつけて処分をするくらいなら、せめてこちらの邪魔をしたいのだろう。分かるよ。
あ〜……その悩ましい眼差しすら色っぽい。困る。何してても可愛い。ずっこい。
「《あ! クマ》ちゃんを東経路に下げる。それでエンドだな」
「ターン終了前に《激昂海賊団》をオープン」
「ふふ」
俺がオープンしたカードを見て乳母崎さんが微笑む。え? なになに?
「いや、あるとは思っていたんだ。ある意味で想像通りだ。手札を捨てさせた時点でそういうカードが来ると思っていた」
《激昂海賊団》は対戦相手の手札がゼロの場合超強化される青の1コストユニットである。
当たり前だが、相手のターンはドローがあるのでその強化はされない。しかし、俺には手札を捨てさせるカードがある。相手の手札使用を妨害するだけでも牽制効果は十分あると言えた。
「ターン貰います。ドロー、補充、リソースは蒼黄色黄色」
「楽しそうだな」
「性格悪いって?」
「私も楽しい」
微笑む乳母崎さん。可愛い。俺も楽しい。一緒に楽しいのが、感情の共有が、こんなにもドキドキする。
幸せだなと、そう思えた。
「《生き恥晒しのヤオ》を表にする。戦場Bを制圧…………お、二点」
これで俺はあと一点。ならば、《悪い虫》にはこのまま悪さを続けて貰う。
「《激昂海賊団》で戦場Dを攻撃」
「……《ドワーフ築城部隊》だ」
単体で制圧可能な『蹂躙』スキル持ちだ。そして、《激昂海賊団》も『蹂躙』をもっている。
「セットして終了」
「先輩。警告しておくことがある。『向こう側』の連中は現実に効果を現す『闇のカード』を有している」
ドローし、補充しながら乳母崎さん。デッキケースではない場所から1枚のカードを差し出してきた。
「なにこれ……知らないカードだ」
「その《イザベルト》を使うと、相手の思考が読める。しかし……コストが重すぎて使い物にならないから私は抜いた」
生贄の数だけコストを減少できる黒の5コスト。使ったら自分の場が壊滅するぞ?
「『向こう側』のリーダーは『祈祷者』と呼ばれているが、裏で糸を引いているのはシヴァという男だ。
《悪い虫》にはリソースで支払う」
「生物の司馬先生?」
「知っているか?」
「猫魂さんに粉かけてたんでしょ」
「クズめ、毛髪を丹念に引き抜いてやる」
俺は瞬きした。え? 乳母崎さんひとを罵倒する時こんなに怖いの?
「ちょっと俺を罵倒してみて?」
「は? 意味が分からない。頭がおかしいのか。被虐愛好だったか?」
「ごめんなんでもない」
俺はにこやかに答えた。司馬先生へは悪意たっぷり。俺には呆れ気味な感じ。憎まれてはいないっぽくて安心した。
「訳が分からない。《堕亜空クマたん》表にする。対象は…………一応《激昂海賊団》」
「表にする」
もはや乳母崎さんは追い込まれていた。切り札を、ちょっとした時間稼ぎ程度にしか使えないほどに。
「私たちはこちらで生まれたが、外見や能力で差別を受けてきた。この次元には居場所がなく、この次元を破壊することが存在意義だと教わってきた」
「…………」
他の家族はともかく、シスター・マナミが居たのに? そんな言葉を俺は飲み込んだ。きっと乳母崎さんにとっては言われるまでもない事だろう。
この先の言葉が、ただの警告だと嬉しい。宣戦布告だったらどうしよう。どうしたらいいのか分からない。
だって俺は、乳母崎さんが何者でも、乳母崎さんの味方をしてあげたいんだもの。
「ありがとう先輩……シヴァの『闇のカード』は洗脳だ。私たちは『向こう側』なんて見たこともないのに、憎しみを増幅されて、生まれた世界を壊そうとしてきた。
私を愛してくれるマナミさんよりも、醜い半端者だと蔑む男を信じてきた」
「こんなに綺麗なのに?」
「本っ当に、やめて……」
どこを見ても綺麗で可愛い。最高。俺は話の腰を折るのは悪いので、脳内で乳母崎さんのすばらしさをまくし立てることで我慢した。
控えめに言ってコラディーニ、完成されたサモトラケのニケ。
「言い過ぎ。《堕亜空クマたん》で戦場Dを攻撃」
「《黄泉返りのダンス》表にする。《ドクロ旗の略奪隊》、戦闘開始時効果で手札を一枚捨ててください」
大きく息を吐く乳母崎さん。天を仰ぎ、その後下唇を噛み噛みしながら俺を睨む。かーわーいーいー。
ここで、また手札がゼロになったことで《激昂海賊団》による『蹂躙』が止められなくなる。
「私が『運命潮力』を使わなかったから勝てただけ、調子に乗るな。負けました。ありがとうございました」
「そもそもようやくの一勝だしね。三度目の正直。ありがとうございました」
三連敗で二度あることは三度あるとならなくて本当に良かった。それよりお写真! 乳母崎さんの写真!!
「『闇のカード』への対策方法は分からない。全力使用はカードゲームのルールに縛られていること以外の弱点は不明だ。
つまり、効果を発動される前に中断して投了すれば洗脳されないはず」
「見せてくださいってすればいいのか」
「おそらく」
乳母崎さんはデッキと小物を片付けて、席を立った。
「ポーズはどうする? 前もって言うと、やらしい。変態。こんなのを見て興奮するのか」
「むちゃくちゃ興奮する。乳母崎さんが可愛すぎてさっきからどうすればいいか分かんないし」
「馬鹿、言い過ぎ、撮りすぎ」
俺は小躍りしながら連写モードで乳母崎さんを取りまくった。大胆極まる水着なのに恥じらうその顔も最高!
「戦わないのが一番いい。『運命潮力』の流れ次第だが、おそらく大稲デイヤがなんとかするはず……」
「まあ、何かしら考えておくよ、そのカードも写真撮っていい?」
「もちろん、そんな事で役に立てるなら」
乳母崎さんは、その『洗脳』の外にいるのだ。俺は安心した。同時に心配になった。獅子身中の虫として、司馬を裏切るつもりなのだろう。
危険がなければいいけれど。
「心配しなくていい、私は『第二階梯』だ」
「…………それは、『超人論』?」
ニーチェ先生の考え方だ。運命を愛し、世界をあるがままに受け入れるための精神の成長。
『ラクダ』『ライオン』『無垢』。
「私もいつか、先輩みたいになれるといいな」
そう言うと乳母崎さんは自分のスマホを片手に俺に並んだ。ぎゅっと抱きついて来る。柔らかい。いい匂い。ど、どうしよう!?
「ブレる。止まれ」
「はい」
硬直する俺に腕を絡めて、乳母崎さんがツーショットを自撮り。カチカチに緊張していると、頬に何か温かいものが触れた。
驚いて振り向くと、鼻と鼻がぶつかりそうな距離に乳母崎さんの顔がある。俺は言葉をなくした。いまの、ももももしかしてほっぺたに…………。
「前に言った『一つだけ嘘』って憶えている?」
「憶えてるけど……いま、今の……」
「あれは嘘だ。正しくは『一つだけ本当』」
あの時のセリフ、最後だけが印象的過ぎてあまり憶えていない。
『馬鹿、変態、キモい、息が臭い、言うことも臭い、生理的に無理、性格も最低、胸ばっかり見るな、ゴミカス以下、ゴキブリの方が好感持てる』
たしか、そんな感じだった。
「『でも、好き』」
耳元で再び囁かれ、俺は乳母崎さんがスキップ混じりに居なくなってからも呆けていた。




