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羅睺 その08



「もしこの肌と目と髪が、本物だとしたら?」

「えっち過ぎる……」


 私の問いに晴井(はれい)先輩は即答した。洪水のように流れ込んでくる感情。私は吹き飛ばされて椅子から転げ落ちそうになった。

 右半身の醜く死体のような色に、なんでそんなに好意的になれるの!?


「待って! 今のは本音だからちょっと待って!? 『そのお肌と目と髪と角が本物だったら?』だよね? …………好き過ぎる。大好き、結婚しよ!」

「はい」


 普通の人間の思考速度が原付ならば、アミは徒歩、晴井先輩は新幹線である。普段は無数の思考を同時進行で垂れ流すのでノイズにしかならないが、今は違う。

 私の事をどれだけ好意的に思っているのかだけを機関銃のように叩き込んで来る。


「待って待って、もうちょっとだけ待って。落ち着いて、まずはターンを貰ってドロー、補充(リフィール)、リソースは青黄色。セット1枚、中央と戦場Bに進めてエンド」

「た、ターン頂きます。ドロー、補充(リフィール)、リソースは黒茶。セット1枚、ええと……?」


 ダメだ何も頭が回らない。


「乳母崎さんが『向こう側』の人ってこと?」

「…………はい」


 晴井先輩はどこまで知っているのだろうか。私がこの次元を破壊するために存在する魔人だと分かっているのだろうか。


「だからお肌を隠してたのか。納得。あ、角は偽物?」

「髪と目と角は、力を放出しなければいつもの状態です」


 私は念じながら目を閉じた。頭部から角が消え、たなびいていた髪が動きを止める。鏡を見るまで分からないが、目も元通りのはずだ。


「やっべ、乳母崎さん…………なんでもない」


 『いつも通りの顔でも超美人で可愛くてまつ毛が長い。口もその関係かな、ちょっと美人すぎてずっと見ちゃう時間が溶ける。恥ずかしい時下唇噛むクセ可愛い、唇プルプル。これで性格も可愛いから天使すぎる』。

 表層思考がなだれのように襲いかかってくる。頭がクラクラする。性格は最悪だろ? 正気になって! しかもその癖、いつどこで気付いたの? 私も今初めて知ったんだけど!?


「だめ……エンドで」

「ターン貰います。ドロー、補充(リフィール)、リソースは青黄色黄色……しまった、ターン終了時のオープンを忘れてた」

「私なんて移動を忘れてます」


 お互いに笑い合う。もう、先輩可愛い。


「とりあえず……進めようか。俺はその肌の色、ものすごく素敵だと思う」

「…………」


 私はそれが心からの言葉であると理解した。いつからこんなに泣き虫になったのだろう。涙が溢れてくる。どうしたらいいのだろう。

 運命について、生き方について、楽しむことについて、私は先輩に色んなことを教わった。欲しくても欲しくても、手に入らないと思っていたことばかり。


 そして、誰からも石を投げられると思っていたこの身体について、まさかそんな肯定的な言葉が貰えるなんて思いもよらなかった。


「馬鹿。変態。目玉腐っているのか。女たらし。そんな言葉で喜ぶ女が居るとでも思っているのか?」


 ここに居ます。


「お、調子出て来たじゃん。《人魚の歌姫》表にする(オープン)。ノーコストで《掘り出し物市》」

「罵倒されて喜ぶな」

「だって乳母崎さんのそれは甘えでしょ?」


 そうです。先輩に甘える方法が他に分からないんです。もっと可愛く甘えたいけど、口から出るのは汚い言葉ばっかりで。


「キモい。決めつけるな。思い込みが激しい。そんな奴がいるか」

「え〜? なんかそんな確信があるんだけ

ど」


 夢の中での交流が、もしかしたら先輩の記憶野に働きかけているのかもしれない。だって実際にその通りなのだから。


「セット1枚。そういえば……手札悪くないな」

「それは、私の『運命潮力(ディスティニー・ドラフター)』が成長したからだ。『アルメ』をより楽しむために、勝つためだけの妨害をやめた」


 今なら分かる。私にとって呪いも同然だった『相手の手札を事故らせる能力』は、私が私自身を嫌いだったから発生したものだ。

 自分が大嫌いで、『アルメ』も嫌いだったから、少しでも早く、一方的に勝つための力だった。


 それを変えたのは先輩だ。

 先輩が、私に『アルメ』の面白さを教えてくれた。


「それってつまり」

「馬鹿。鈍感。言わせるな…………楽しいんですよ、先輩」

「良かった」


 私の言葉に先輩が屈託なく笑う。その笑顔が眩しく愛おしい。


「エンド時に《娯楽人形》オープン」

「あ、茶色」

「私は今は黒茶だ」


 少し寂しくなる。夢の中で百戦したけれど、現実で『ナイトメア・サバイバル』は初見になるのだ。

 そして、状況は私にとってあまりにも有利だ…………私は、先輩の『外科医テンペスト』と百戦している。私は先輩の全てを知り尽くしている。


 その事実が、私に波のような喜びを与えた。優越感といたずら心で顔がにやける。


「せっかくだから賭けをしよう」

「いいよ、ジュースでも賭ける?」

「負けた方は何でも言うことを一つ聞く」


 先輩の喉が鳴った。コンマ秒で凄まじい量のここでは書けない類の妄想が駆け巡る。


「よーし、じゃあ写真撮らせてよ」

「勝ったらな」


 先輩になら、頼まれたら何でも言うことを聞いちゃうんですけれど。写真? さっきは気付いていないと思ったから拒絶しただけで、むしろ私も先輩とのツーショットが欲しいくらいだ。


「私のターン、ドロー、補充(リフィール)、リソースは黒黒茶色」


 さて、私が勝ったらどうしようか。水族館? おうちデート? キスの一つでも……いやいや、まだ早い。早すぎる。私たち、夢の中では何十時間と過ごしているけれど実際には会ってまだ数日なのだ。


 さて、二ターン無駄にしてしまったが、私の有利は揺るがない。戦場Cに裏向きの1枚。先輩のリソースは黄色のみ。


「捨て札を見ても?」

「どうぞ」


 《嵐の精霊(テンペスト)》がある。つまり、ここで攻撃をすると思う壺。であるが、こちらも対策をすればいいだけ。

 最もシンプルなのは、手札を使い切ること。一時期先輩は相手の手札を補充させるカードを入れていたが、『運命潮力(ディスティニー・ドラフター)』の高い相手にそれは自殺行為だからと抜いている。


 つまり。


「3枚セット、《娯楽人形》で戦場Cを攻撃」

「除去減らした?」

「黒の低コストを茶色にシフトした。結果的に増えている。つまり、その《精神の外科医》と《棺の女王》は除去できない」

「よくお分かりで」


 先輩がその2枚を表にする(オープン)


「《棺の女王》の表にした(オープン)時効果で《テンペスト》を捨て札から戦場へ」

「《娯楽人形》で1枚セット。4枚捨てます。」


 私の山札はまだまだあるし、何より先輩は場にあるカードの除去が苦手だ。

 さて、今回も勝ちを頂きましょうか。


「《娯楽人形》に《攻守交代》。《棺の女王》には倒れてもらおう。


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