シスター・マナミ その06
布田と別れてすぐ、俺の背中に柔らかくて張りのある重くて温かくていい匂いの何かが張り付いた。
突然の圧迫祭りよ!
「ちょっとお、置いていかないで〜。寂しかったんだからぁ」
「マッハさん、距離近くね!?」
「猫魂さんもっと言ってやって!」
べったり張り付いて脚も絡めてくるシスター、改めマッハ。元から俺より背が高いが、ヒールのせいで見上げる高さ。つまり、おっぱいは俺の肩から首当たりで潰れている。
んああ……柔らけぇ。
「うふふ〜?」
「離れてください。本当に、恥ずかしいし!」
俺はしょうきにもどった。
周囲の目がある中でベタベタされると余計恥ずかしい。マッハは注目されたいから嬉しいのかもしれないけど!
「晴井くんじゃーん! 美人二人も侍らして羨ましい! 紹介して!」
「あれ? 雨宮さん」
声をかけてきたのは、アロハシャツのオッサンだ。茶色い髪に日焼けした肌、すげーチャラい。
「ケーくん知り合い?」
「『アルメ』のプロチーム『ウェザーリポート』の雨宮さん」
「どもども」
「すげーチャラいナンパ男だけど全くモテない」
雨宮さんの表情がひきつる。対戦する度に「JKとか紹介して」と言われるが、残念ながら俺には紹介できる女子は居ないのだ。
ちなみに猫魂さんも乳母崎さんも紹介したくないし。
「近寄ったらダメだよ、変な菌が感染るから」
「晴井く〜ん?」
「ケーくん、ちょっとひどくない?」
「お! オジサンに優しいJK! 最高! 可愛い!!」
全力で褒めそやす雨見さんを俺は氷点下の視線で白眼視。トッププレイヤーとは思えない軽さ。
「雨宮さん、俺の『外科医テンペスト』でブログの記事書いたでしょ? 俺のコンボ勝手に公開すんの何回目? しばらくあのコンボで遊ぼうと思ってたのに、使えなくなるじゃん」
「ごめんごめん、晴井くんは毎回変なデッキで来るから楽しくてさー」
全く反省してねーな? トッププレイヤーの発信力を舐めてんだろ?
分からん殺しが出来なくなった地雷なんておしまいだよ。ネタの上がった手品なんて、面白くも何ともないだろう?
なので俺の今日のデッキは『外科医テンペスト改』。
「『外科医テンペスト』ね、はいはい知ってるよ!」とか言い出す連中をぶん殴るデッキだ。
「雨宮クンよォ〜、プロならプロらしく人のフンドシで勝負してねェでテメェでデッキ作りやがれよ。
ガキのオモチャ取り上げていいね稼いで開き直るとかオトナとして恥ずかし過ぎンだろ」
俺の背中から地獄のような声が響いた。地の底から響くような、ドスの効いた低い声。
いつもの穏やかで甘くてちょっと舌足らずな声ではない。
「ヒェ」「ヒュ」「げ、ゲェッ!? マッハか!」
ビビったのが猫魂さん。喘息みたいな音を出したのが俺。そして関羽に遭遇した曹操みたいになったのが雨宮さんだ。
「あら〜、ごめんね二人とも、ついつい昔のクセが出ちゃったぁ」
ここに来て元ヤンとか足さないで、属性過多! すでにマッハは属性過多だから!
「とにかく雨宮クンはぁ、晴井さんにケジメ付けるよな、あ?」
「晴井くんごめんなさい」
「あー、次から許可取ってください」
喋ってる途中で声変えるのマジで怖いからやめてください。ほら、猫魂さんのカチューシャが耳伏せて、瞳孔開いてるじゃん? …………カチューシャなのになんでイカ耳してんの??
「でも晴井くんのデッキビルド技術を買ってんのはマジだし、うちのチームに誘ってんのもマジだから」
「…………」
「今回は大会終わったら夕飯奢るのでどうでしょうか……?」
「じゃあ、夕飯は高いお店行きましょう〜」
手加減しないなマッハ。雨宮さんは額の汗をぬぐった。
「つーか、なんでマッハ居んの?」
「地元だからですがぁ?」
「雨宮さんは?」
「俺はYUKIが出るって言うから暇つぶし」
YUKIさんは雨宮さんのチーム『ウェザーリポート』の新人。俺は一度対戦して負けている。
「参加するの?」
「個人的なツレとね。たまには仕事以外で楽しくやりたいだろ?」
「いいですね雨宮さんは話が分かるッ」
「いいわね〜、がんばりましょぉ」
穏やかに手を振るマッハ。雨宮さんが居なくなった所で、ようやく猫魂さんの方を向く。
「怖くないわよぉ〜」
「…………」
「怖いよな。分かるよ。でも味方だから頼りになるぞ」
「…………」
俺の言葉に瞳孔まん丸で全身総毛立てた猫魂さんがピクリと動く。その視線はマッハからミリも動かさない。全身全霊で警戒している。
「こわくない?」
「怖くないですよぉ」
「ふかー!」
ふむ…………これはしばらく警戒が解けそうにないな。