晴井彗 その10
あまり良い目覚めではなかった。
眠れなかった訳では無いが、寝苦しく、夜中に何度となく目を覚ました。もちろん乳母崎さんからのRAILはなく、俺は重いため息を吐いた。ひどく沈んだ気分だった。
時刻はまだ六時台、集合は駅前に九時。俺は朝シャンして、早めの朝食にした。食事中にRAILが届く。確認してがっかりした。
【マッハ:赤と金、どっちがいいかしら?】
【(真っ赤なエグいビキニの写真)】
【(ゴールドの際どいビキニの写真)】
ビキニの名前に相応しい爆発力。どっちも凄まじい破壊力だ。つーか、布面積と食い込みがエグすぎる。ほとんど紐じゃねーか!?
【ハレ:今日は海水浴ですか?】
【マッハ:大会当日よ? ハレさんもキメて来てね〜(ハート)コスプレも可ですよ】
どんな格好で来るのだろうか。俺は恐れ慄いた。俺の知り合いとして猫魂さんに紹介せにゃならんのだぞ? 他人のフリされたらどうしよう。
【ハレ:乳母崎さん、何かありました?】
【マッハ:昨晩から元気がないみたい。悩んでるみたいな】
…………シスターが前に言っていた通り、乳母崎さんは『向こう側』勢力の一員なのかもしれない。
そして、それ故に悩んでいる可能性はある。そもそも俺はその辺り信じていないんだけど。シスターは『悪の道』と言っていた。うーん。
今日、ライバルとして対戦する可能性があるのかな。
【マッハ:敵として当たる可能性があるわ】
【ハレ:何言ってんですか、対戦相手でしょう】
カードゲームは一人ではできない。相手が必要で、競技であると同時にゲームなのだ。共にゲームをする相手は『敵』ではない。
【マッハ:ハレさんのそういう所、好きよ】
【ハレ:また盤外戦術ですか?】
【マッハ:ひどーい(ハートハートハート)】
乳母崎さんが急病とかでなければいい。
俺は少し悩んだ後にRAILを開いた。
【ハレ:おはよう乳母崎さん。約束憶えてる? 上位入ったらお弁当。楽しみだなあ!】
【ハレ:おはよう猫魂さん、今日はがんばろうね。大稲デイヤをぶっ飛ばそう】
出かける準備を済ませても、二人からは返信がない。大稲デイヤもそうだが、俺は可能なら布田とマカラもぶっ飛ばしたい。
『運命潮力』について教えてくれてありがとう。今度は負けない。負けてたまるか。
【猫命:うわあああ、ケーくんなんで起こしてくれなかったんの!!!!??】
【ハレ:七時半にRAILしたが?】
【猫命:起きるまでRAILしてよお!】
現在八時半。俺はコンビニで昼メシを調達中だ。乳母崎さんは既読がついたものの返信がない。いわゆる既読無視だ。
あ、これってこんなにしんどいもんなのね……既読無視がなんだよとこれまで笑ってたけど、見てくれたのに何のコメントもないって、虚しい……。
【ハレ:いま駅前のコンビニなんですが、猫魂さんが寝坊しました】
【マッハ:じゃあちょっと速いけどロータリーに向かうわ。猫魂さんは家までお迎えに行きましょう】
車の運転ができる社会人って格好いい……俺も車の免許取ろうかな。
免許と車があれば、熱中症の心配をせずに乳母崎さんを誘えるしな。
【ハレ:家まで迎えに行くので急いで慌てて準備して】
【猫命:急ぐ急ぐ! 徳川秀忠バリに急ぐ!】
【ハレ:それ、付いた頃には大会終わってるじゃん】
RAILしながらロータリーへ、例のワゴン車を探すもそれらしい車はない。ちょうど赤いスポーツカーが入ってきた。高そうな車だな。
「はぁい、晴井さ〜ん」
そのスポーツカーの運転席には、シスター姿にサングラスのシスター・マナミ。
「え、その格好で行くんですか?」
「晴井さんこそ制服じゃな〜い?」
「学生は学生らしい格好でいいんですよ」
助手席のドアが開けられ、俺は仕方なく乗り込んだ。今日は変なイタズラはされまい。
革張りの座面、うへぇ……土足でいいのこれ?
本能的におっぱいを目に焼き付けようとした所で違和感に気付く。あ、この人修道服じゃない。
暴力的な身体のラインをバッチリ出した黒のボディスーツ。言うなれば女スパイ衣装の上にシスター服の襟とベールだけ付けてやがる! こんなエロ衣装許されるのか? 俺はもちろん許すよ。だが神様はどうなんだ!!?
「なんという……」
「ちなみにぃ、さっきのビキニは下に着てるのよぉ……」
チャックを下ろすシスター。凶暴な胸の谷間と真っ赤なビキニが顔を出す。布面積が少なすぎる。いや、普通サイズなのか? 胸が大きすぎるだけか??
「ごめんなさいね。おっぱいが大きいと乳輪も大きくなっちゃうから、これ以上マイクロなビキニは難しいのよ〜」
「謝るところそこですか!?」
健全な青少年の前で乳輪とか言うな。想像しちゃうだろ!! つーか、十分過ぎるほどマイクロなんですけど。見えないギリギリってこと? 桜色……見えるのかな?? ドキドキ!
「一応言っておくと、この格好にはちゃんとした理由があるのよ〜?」
「露出狂の痴女であること以外にまだ何かあるんですか……?」
俺の言葉にシスターが驚いた様子で口元を隠した。やっべ、流石に言い過ぎた。
「すごぉい。さっすが晴井さん。分かってるじゃなぁい」
「えぇ……」
それは『ちゃんとした』理由じゃないと俺は思うんですけど。
「布田博士は懐疑的だったけどぉ、自分の好きなカードに対して『運命潮力』が働きやすくなるように、小物や服も好きなもので固めると『運命潮力』の働きが活発になるの。
『運命潮力』は感情に直結して動作するから、テンションのアガる状況を作るといいのよ〜。
わたしは露出狂だから注目浴びると興奮しちゃうんだけどぉ〜、その性的興奮を『運命潮力』に転用するためにこの服装なのぉ。
布田博士は最後まで『運命潮力』を科学だって主張してたけど、わたしは信仰か信念による|超感覚的知覚(ESP)の一種、オカルトだと思うのよねぇ」
おや? 布田先輩よりもはるかに論理的説明だぞ。痴女が露出する理由を論理的に立証されると困るんだが? 困らんけど。もっとやれ。
「その論理だと『勝負服』が強いってことになります? だからコスプレ可? でも、興奮を転用とか簡単に言いますけど、可能なんですか?」
「そう、お化粧とかよそ行きの高い服、必勝のお守りなんかも効果があるわぁ。鰯の頭的にね。興奮の転用はわたしの専用技だから難しいかも〜」
自分の好きなものを集めて身につける、小物を揃える、そして、声援を浴びる。
アスリートがパフォーマンスを高めるために、あるいは呪術師が神懸かり的な力を発揮するために行う儀式に類似する。
露出狂を正当化するための言葉というノイズがなければ完璧だ。
俺はシスターの理論を信用することにした。やはり非常勤とはいえ教師でなおかつ神職。説得力がある説明をする。
【ハレ:勝負服を着ると運命ちからが高まるらしいので、大稲デイヤに惚れ直させるくらいキメッキメにしてください】
【猫命:あのね、何度も言うけどデイヤとは別にそう言うんじゃ】
【ハレ:つべこべ言わず急いでね!】