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限定構築 その04



「うーむ…………」

乳母崎(うばさき)さん、一眠りしたら?」

「そうだよ、楽になるかも」

「でも……」


 一通りドラフトが終わってデッキ構築に入ったものの、乳母崎さんの体調はあまり良くなさそうだ。


「そういえばお夕飯どうする? 食べてくなら簡単なもの用意するけど〜?」

「いいの?」

「いいのいいの〜、帰りは送るわよ〜」

「助かります」


 これから対戦するならもう少し時間もかかる。夕飯をごちそうしてもらえるなら助かるのは確かだ。


「じゃあ、準備してくるからその間ラコちゃんは寝てて〜」

「何かお手伝いできます?」

「アタシもアタシも!」


 シスター・マナミの提案が、乳母崎さんを静かな所で休ませるためであるなら俺と猫魂(ねこだまし)さんも部屋を離れるべきである。


「あ…………」

「ケーくんはお留守番。うっぴーが寂しがるでしょ?」

「えぇ……」


 ちなみに俺は料理できる。バイト先の中華料理屋のインチキ店長には『お客様にはお出しできないけど、まかないは任せられる程度の腕アル』と言われている。

 あ、でも乳母崎さんには内緒にしておこう。お弁当のこともあるし、何か言われたらやだなあ。


「俺がいると逆に熱上がらない?」

「具合悪い時、誰かがそばにいるだけで安心できるでしょ? 静かに座ってて」

「えぇ……」


 俺には理解できない。少なくとも俺には、具合の悪い時にそばにいてくれる誰かなどいなかったからだ。

 そんな俺に、シスター・マナミが慈母の微笑みで耳打ちする。


「ね? ゴムを買っておいてよかったでしょ?」

「空気読んでください」


 病人相手だぞ? ていうか俺に襲えと? 信じられん頭をしているな。

 二人を見送った後パイプ椅子を並べて簡易ベッドにし、乳母崎さんを寝かせる。荒い息の乳母崎さんに、扇風機で風を当てる。


 いいか? 俺は信頼されているのだ。ここでやましい気持ちは抱いてはならない。仰向けに寝ると巨乳は重力に負けて広がるんだが、巨大な肉まんみたいな形でふよふよと揺れながらとどまるのだ。

 乳母崎さんのワンピースは色が濃くて透けはしないものの、身体のラインはくっきりと出ていた。ゴクリ。待て、落ち着け。これは違うんだ。学術的。そう学術的興味なんだ。


「先輩……」

「おっおう」


 ごめんなさい。天然由来の100%エロ心です。


「……手、握って貰えますか」


 手? 俺は困惑した。予想もしていなかった。俺は慌ててズボンで手汗を拭く。


「俺なんかでいいの?」

「はい」

「手汗ひどいし、スケベで変態で顔も性格も頭も悪いし、息も足も臭いよ」

「知ってる」


 俺は理解ができなかった。俺なんかが好かれるはずはない。おひさまみたいに優しい猫魂さんやシスターの方がいいだろうに。ひどく動揺する心に、俺自身対応できない。


「『昼の光に、夜の闇の深さが分かるものか』」

「えっ」


 乳母崎さん、ニーチェ先生を引用した? それとも、他の人の似た言葉? いや、そうに違いない。


「手……おでこも、いい?」

「ええと、うん」


 冷えピタを剥がして、乳母崎さんのおでこに手を当てる。右手が上げられたので、それも握る。しっとりと汗ばんだ肌と、手袋のサラサラした布の感触。


「…………つめたくて、きもちいい」


 ああ、そうだよな。さっき首に当てたし、手が冷たいからだよな。俺は安心した。

 それに、温かい太陽のような人よりも、俺みたいな腐葉土の影に隠れたナメクジみたいなカスの方が、安心できる場合もあるだろう。自分はまだ、ここまでダメなヤツじゃないって。


「……あかり消して」

「はいはい」


 俺は手を離して立ち上がる。暗くして少し眠りたいのだろう。そう、まんじり!

 いや、ここで思い出すワードではない。まんでしりだぞ? シスターのせいで変な意識をしてしまいそう。


 そもそも、うっすら汗ばんで微熱のある乳母崎さんが色っぽくて可愛くておっぱいがデカいのが悪い!

 俺は静かに、手近な椅子に座った。すると、闇の中でうっすら見える乳母崎さんが手をバタつかせていた。


「まだ?」


 まだ手を繋いでいてほしいって? 俺、ドキドキしちゃって大変なんだよ? 自分の魅力を理解して頂きたいね!

 俺は乳母崎さんの横に座り、おでこに触れて右手を握った。先ほどとは違う感触。


 素肌のなめらかさ、細い指が俺の右手に絡みつく。俺はどうしたらいいか分からなかった。

 左手も添えられる。こちらは、ガサガサした何かがある。絆創膏だ。人差し指を中心に何枚も。


 理由なんて、すぐに想像できた。

 乳母崎さんは、料理なんて全然したことがなくて、今日のお弁当にがんばってくれたのだ。


 包丁で何かを切ろうとして、誤って指先を傷つけてしまった。この絆創膏は、努力の証なのである。


 暗闇の中で、静かな寝息が聞こえる。ああ……どうがんばっても、バカなことを考えても、俺は自分を騙せそうになかった。


 乳母崎さんが愛おしい。

 乳母崎さんが好きだ。


 でも、何を足掻いても俺なんかが好かれる道理はない。どこにもない。

 ニーチェ先生も言っていた。『愛されたいなどという要求自体、自惚れの最たるものである』。


 俺は乳母崎さんを愛するだろう。友として、幸せを願って生きるだろう。

 だが、愛されたいなんて、身の程知らずなことを願ってはいけない。


 運命を受け入れろ。その中で努力しろ。

 手に入らないって最初から諦めておけば、手が届かないことを悲しむ必要もないのだから。


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