限定構築 その03
「先ほどは見苦しい所をお見せしました」
「いいよ、それよりごめんな」
「アタシらが連れ歩いちゃったから……」
「もう誘わないよ、マジで」
「え」
戻ってきた乳母崎さんは、少しはいつもの調子を取り戻していた。
マスクを外した素顔は想像以上に可愛いというか、美人だった。
綺麗系の顔立ちで、マスクが無いことに違和感があるものの、気を抜くと目を奪われそうだった。どこがダメなんだろう。でもジロジロ見るわけにも行かないしなー。
「次はシスターに土下座して車出してもらおう」
「そうだね、ケーくん賢い」
「…………よかった」
というわけで、ブースタードラフトを開始します。いや、わいわい開封するだけでもよかったんだけど。
「極力いつもと違う色を使おうって言ったら?」
「猫ちゃーん……」
「私は構いませんけど」
まあ、猫魂さんはそうなるよね。
「ねぇねぇ、わまたしもご一緒していいかしら〜?」
「あれ? シスターも『アルメ』分かるの?」
「昔少しね〜」
少しとは。いや、野暮はよそう。
俺はドラフトのルールを教え、シスター・マナミはうんうんと頷いた。この人、絶対知ってる。それどころかプレイ経験も多そう。
しかし恐らく、今回の目的は俺たちを叩きのめすことではない。最近のカードの確認と、乳母崎さんの様子見だろう。
シスターが二人に自分のことを秘密にしているのは乳母崎さんがチームに入りたくなった時に遠慮しないためらしいけど。本当はどうなんだろうな。
しかし、普段ならば保護者同伴で遊ぶなどちょっと遠慮したい所だが、今日に関しては居てもらった方が助かる。
俺は乳母崎さんの隣に座る。向かいにシスター、逆隣に猫魂さんだ。
助かる。俺は心の底から感謝していた。乳母崎さんの正面にだけは座りたくなかったのだ。
俺が言い出したことではあるが、マスクを外した乳母崎さんはついつい目で追ってしまう。そして、追ってしまうのは彼女の顔だけではない。当たり前だ。乳母崎さんはノーブラなのだよ? 薄くてサラッとして体にふわっと乗ってるだけみたいなあの小花柄のワンピースで、ノーブラなんだよ!?
「そのワンピース可愛いね、うっぴー柄モノも似合うじゃん」
「…………そうですか?」
明らかに照れてる乳母崎さん。下唇巻き込んで噛んでる。いつもやってんのかな? 可愛いんじゃが??
「どれから開けるー?」
「猫魂先輩が選んでいいですよ」
「わたしが入ってカード枚数足りるの?」
一人あたり60枚が45枚になる。まあ、ちょっと厳しいかもしれないがなんとかなる。
「楽しけりゃいいんですよ」
最初のパックを四人で手に取り、はさみを入れてカードを出す。
「ああ……」
「うっ」
落胆の声は猫魂さん。猫がなかったのね。うめいたのは乳母崎さん。黒のいいカードでも入っていたのかな?
まあ、それはともかく俺のパックは普通の、ごく普通のレア無しパック。
青2枚黄色1枚紫1枚、緑のアンコモン1枚。この内容はとても大事だ。戻ってきた時にどの色がなくなったかで、他の三人の選ぶ色が分かる。
少ないカード数で同じ色を取り合ったらお互いに困るだけ。周りの色を確認しながら進めるのがドラフト勝利の秘訣である。
でも最初は何もわからん。
カード総数が足りないから、単色デッキは難しいだろう。自ずと二色か三色になる。
『アルメ』はゲーム開始前に自分の使うリソースを決める。そのリソースが足りなければ使えないカードも増えていく。
ドラフトでは、色拘束無関係に使える0コストと、少ない拘束で使える1コスト、そして使用難度の上がる2コストの配分が大事になる。
3コスト? 無理無理。
それ以上? ご冗談を。
というわけで、俺は緑のアンコモンの《這い寄る胃袋》を選ぶぜ!
《這い寄る胃袋》は緑の2コストユニット、戦闘終了時に敵ユニットが破壊されていると+1/+1バフカウンターが乗るスキル『暴食』を持つ。能力はシンプルだが、限定構築でこれを倒すのはなかなか骨が折れるぞ。
残った4枚は裏返しにして隣に渡し、全員がカードを決めたら表にする。どーよ!?
「う、うわぁ……」
渡されたカードを見ると、あざといポーズのクマのぬいぐるみがウィンクしていた。ご丁寧に箔押ししてある。ハイレア。
つーかどっかで見た顔だと思ったら『どうしたのボクー? ナイトメア能力おうちに忘れて来ちゃったのかな〜?』で有名な現行黒最強除去の《堕亜空クマたん》野郎じゃねーか!!? 気が付いたらそのあざとさがムカつくなぁ。
表にした時能力はシンプル、『ユニット一体を裏向きにする』。生贄不要。同じ黒2コストに同じ能力で生贄が必要なコモン《拒絶のナイトメア》があるんですけどね!
つーか能力そのものは珍しくない。ただ、デメリットがないのがおかしい。
味方のオープン能力を再利用してもいいが、対戦相手の高コストユニットを裏向きにした時が真骨頂だ。制限なしに除去できるも同然なのである。
ちなみにフレーバーテキストはこちら。『宇宙は暗黒の絶対真空であるが、同時に光さえ通さない暗黒の物質に満ちている。それらは宇宙の深淵にあるものを慈悲深く覆い隠している』。宇宙的恐怖じゃねぇか!!
どんなユニットも裏向きにして無力化する能力って、精神破壊じゃないですかやだー!! 黒では必ず入ってきて猛威を振るう最悪のクマだ。
こんな有能で可愛いカードが残っている。つまり生真面目な乳母崎さんらしく、黒は引かないようにしたのだろう、ありがたくいただくぜ。あ、自分で使うとなると急に可愛く見えてくるなー、不思議だね。
次のパックは緑の小型が残ってる。よしよし。その次は茶色取って最後に回って来たのは青……。
紫は多分猫魂さんで、乳母崎さんとシスターが黄色か青を取ったと。
と、こんな感じで分析しながら引いていく。
とりあえず四パックで、なんとなく色が見えてきた。猫魂さんが白紫、乳母崎さんが赤黄色。そしてシスターが青茶色。
俺は黒の比較的いいカードが流れてくるので黒メインの緑になりそう。これってつまり、乳母崎さんの引きの良さが全部俺に回って来てるってこと……?
なんか申し訳ない気もするけど、勝負は勝負だぐっへっへ。
「乳母崎さん大丈夫?」
「問題ない。いちいち聞くな。面倒くさい」
赤い顔でぼんやりお目め、スカートの内側に扇風機で風を送り込みながらの乳母崎さん。
机の下に頭を突っ込みたい衝動? もちろんあるとも。風でめくれたスカートの内側から見上げた風景、きっと素晴らしい下乳のパラダイスが花開いていることでしょうよ!
「ラコちゃん、言い方」
「ごめんなさいママ……」
ママだと? シスターは平然としている。つまりママ呼びが通常運転!? そういえば乳母崎さんはシスターの名前を呼ぶ時に、結構な確率でどもっていた。
あれはママって言いかけて止めてたってこと!?
乳母崎さんのこの(俺にだけ)苛烈な性格でまさかのママ呼び。本人が恥ずかしそうな点も含めて芸術点が高すぎる。
「あぶっ」
「あっ」
「あっ、つい」
俺はビンタされていた。とりあえずシスターに何事もないとジェスチャー。ママに気を取られて胸を凝視していた可能性がある。
「晴井さん、肌着着てるから透けないからね〜」
「それは安心の情報ですよ」
「チラチラ見てたクセに。えっち。変態」
「乳母崎選手、罵倒にキレがありませんね……どう思いますか解説のケーくん」
「シンプル過ぎて逆に可愛いですね。ちなみに顔も見れない胸も見れない、俺はどこを見ればいいんです?」
「誰が可愛いだ。節穴。口だけ。女たらし。目も顔も性格も悪い。両目を抉ればその心配はなくなるぞ」
「調子出てきましたね、いつものうっぴー」
「安心ですね」
「晴井さんとラコちゃんて……そういうプレイ??」
そういえば、これまでシスターの前だと罵倒は控えめだったかな? 困惑するシスター。昨日はやられっぱなしだったし、乳母崎さんに後でお礼を言っておこうっと。