限定構築 その02
さて、ブースタードラフトの説明をしよう。
その前に基本セットと拡張パックの説明だな。
基本セットは基本的なカードと再販カードで作られたパックのこと。初心者が買うならまずこちら。
ブースタードラフトのブースターは拡張パックの意味でこちらが普段『パック』と呼んでいる5枚入りのパックである。
ブースタードラフトは基本的に八名で行う総当たり戦で、プレイヤーは各自12個のパックを用意する。
各プレイヤーは手元のブースターから三つを選び開封。15枚のカードから1枚を選んで隣に渡す。
この作業をカードがなくなるまで行うのが4セット。偶数セットでは渡す方向を変える。
そうやって手元に残るのはピックされた60枚。それらでハーフデッキ、つまり30枚のデッキを組む。
ちなみに戦場カードは、特殊能力のない汎用戦場カードを5枚まで入れて良い。
で、初期ドロー6枚、経路は二つ、戦場は三つでダブルなし。制圧二つで勝利。あとは通常ルールでの対戦になる。
限定構築だから、強いコンボカードとか特殊なレアが来ても逆に使い物にならない。
俺の使う《精神の外科医》とか《幽霊強襲揚陸艦》なんて、全くの役立たずだ。
しかし、いろんなカードをみて頭を使うことで新たな発見もある。プレイングの幅も広がる。楽しい。といい事ずくめ。
「分かったかな?」
「三人だから1パックずつ剥いていくのも分かった。猫ちゃん猫ちゃーん」
「猫魂先輩、猫を集めてると負けますよ……?」
「ぐ……新しい水着、お猫ちゅゎん……豊臣立てれば徳川立たず……卑劣な…………」
誰も卑劣ではない。猫魂さんが欲望に忠実過ぎるだけである。
俺たちはカードとアイスとお菓子を買い漁って教会に戻っていた。エアコンの効いてる狭い部屋、最高!
「十分で戻るので、お菓子を食べていてください」
「どしたの?」
「…………着替えてきます」
厚着で炎天下を往復した結果、汗みずくの乳母崎さん。教会に住んでいるからお着替えもできるということだ。
涼しい薄着になってくれないかなー。
「ケーくん、やらしいこと考えてるでしょー」
「熱中症予防には風通しが良く締め付けの少ない服がいいぞ。キリッ」
「自分でキリッとか言うな。うっぴー半袖短パンとか着ればいいのにね……つーか、アタシも汗拭シート使うから出てって」
「俺は気にしないけど?」
「にゃはは、うっぴー戻ったら締めて貰わなきゃ」
追い出された俺は今のうちにトイレに向かう。多くの人が使う施設なので、トイレは男女別と要介護者や幼児用の共同トイレがある。
用を足し、顔を洗い、ハンカチを濡らして汗をぬぐった上に汗拭シートも使う。あまり広くない空間に女子二人と籠るのだ。汗の匂いには敏感になるというもの。二人の汗……ゴクリ。
「あ、晴井さん〜」
「うわ、出た」
トイレを出た所でシスター・マナミに遭遇。ついつい口に出してしまったが、ここが生息地なので出会うのは当然か。
しかし今日の俺は昨日とは違う。
「ご挨拶ね〜」
「自分の胸に聞いてください」
「わたしの胸に聞きたいのは晴井さんの方では〜?」
え、おっぱいが記者会見開いてくれるの!? 行く行く! 色々聞かせてくださいー!!
じゃなくて。
「乳母崎さんが汗をかきすぎてるので、経口補水液とかあります?」
「あら? あるわ、飲ませておくわね〜。これ、みんなで飲んでちょうだい」
差し出されたお盆には、氷の浮いた麦茶とグラス。
「ありがとうございます。猫魂さんに飲ませますね。乳母崎さんは脇と首と鼠径部を冷やして、締め付けのない服にしてあげてください」
「ありがとう。頼りになるわ」
「いえ……炎天下に連れ歩いたのが失敗でした。あ、それときんぴらおいしかったです」
「…………はい?」
「いえ、なんでもないです」
だんだん乳母崎さんが心配になってきたな。とりあえず部屋に戻りドアをノック。
「もーいーかい?」
「まーだだよ」
「乳母崎さんは?」
「戻ってないよ」
俺はまんじりともせずにドアの前に立っていた。ちなみに『まんじり』は少し眠ること。『まんじりともせず』の意味としては『一睡もできない』だ。まんのしりだからってアダルティックな言葉ではないぞ?
「締め出されたか?」
「あ、乳母崎さん! …………だい、じょうぶ……?」
制服姿でもシスター服でもない乳母崎さんに、俺は言葉を失った。
サラッとした薄い生地のワンピース、湿った髪、首には保冷タオル。おでこには冷えピタ。
「寝なさい」
「やーだ!」
幼児退行してんじゃないですか、これは完全にアウトですよ! 俺は乳母崎さんの斜め後ろでオロオロしているシスターに目を向けた。
縛り付けて寝かせましょう!
「先輩とお出かけして、一緒に遊ぶんだもん……私のせいでダメになっちゃうのはやだぁ……」
「ご、ごめんなさぁい。いつもはそんな風にワガママ言う子じゃないから楽しくなっちゃってぇ〜」
馬脚を表してんじゃないよ!
「うっぴーダイジョブ?」
「ダメそう」
「ダメじゃなぃー」
猫魂さんも顔を出したが、乳母崎さんの熱に浮かされたようなしゃべり方に不安の表情。
俺は乳母崎さんのおでこ……は冷えピタがあるな。耳の下に手を当てた。
「ひゃうぅん!?」
「絶対熱い。シスター、保護者でしょ? ドクターストップを」
「やだぁ……」
ポロポロ泣き出す乳母崎さん。俺の手を掴んで顔を押し付けてくる。うええ……泣くのは反則だよ。どうしようどうしよう。
突然全ての考えが頭からすっ飛んだ。真っ白になる。灰みたいに。だめだ。対処法が思いつかない。ニーチェ先生! は、ダメだ。泣いてる女の子とか、接し方が分からないですよね。
「あー、ケーくん泣かした〜!」
「え、ええとええと……じょ、条件がある」
「なんでもするから……」
なんでも……俺は生唾を飲み込んだ。君たちなんでもするって言いすぎじゃない?
「じゃあまず、ブラを外して……今外さなくていい!」
ぼんやりした目つきの乳母崎さんが、言われるがままに背中に手を回したのを慌てて止める。
「締め付けなくしてマスクも外して靴下も脱いで。頭が痛くなったり気持ち悪くなったりしたらすぐに言うこと。それとシスター、扇風機あります?」
「持ってくるわ〜。ラコちゃん、あっちでヌギヌギしましょうね」
「うん……」
本当に大丈夫か……? いや、熱中症だと涼しくするしかないからな……。
とりあえずお茶とトレイを手に部屋に入る。心配そうな猫魂さん。連れ歩いちゃったもんな……俺たちが悪い。
「猫魂さん、乳母崎さんの顔だけど」
「うん?」
「紫外線アレルギーかと思ってたんだけど、あそこまで隠したがるの多分違うから、俺はコメントを避けます」
「じゃ、アタシもそうする」
ものを食べる時もパッと上げてサッと口に含む。恐らく手足や首も同じ理由。可能性が高いのは皮膚炎とか傷跡、何にせよ目元同様にファンデーションでカバーはするだろう。
ジロジロ見ないし、コメントしないようにしなければ。
「ケーくんて、優しくて気遣いできるのになんで女の子にモテないの?」
「顔かな……」
「えー? イケてるよー?」
「ははは、ご冗談を」
女の子にあまり絡まないからかな。話題もないし。『アルメ』が無ければ猫魂さんとも仲良くなれなかった。
猫魂さんがどうでもいい話題の絶えないタイプだから助かっているとも言える。
「あと、乳母崎さんは猫魂さんと遊べるのが楽しみみたいだから、無理させない程度に遊んたげよう」
「ごめん、やっぱさっきのナシだわ……ケーくんがモテるはずないよ」
何なのその突然の手のひら返し!?