反省戦 その05
「ケーくん。大丈夫? ずっと怒ってるけど」
「あー、猫魂さんに怒ってる訳じゃないから、それにしてもごめんね」
二人揃ってボロ負けした俺と猫魂さんは、布田の研究所を後にして近所のコンビニに入っていた。
「いいっていいって、ドンマイドンマイ」
「さっき煽ったのもごめんなさい」
「それはアイスでヨロ」
「それにさ、猫魂さんを利用したじゃん」
小首を傾げる猫魂さん。憶えていないのか忘れたフリをしてくれているのか。
「大稲デイヤのデッキレシピを知りたい理由を、猫魂さんのせいにした」
「ん? ああ、事実だしいいんじゃね? むしろあそこでがんばってくれてありがとだし」
結局デッキレシピは貰えなかった。貰えなかったが、まあ仕方ない。諦めがつく。
猫魂さんと相談してなんとか再現すればい。
ちなみに布田とマカラのデッキは見せてもらった。それだけでも俺には役立つ情報てんこ盛りだ。
「ガルガルくん、何味? ソーダ?」
「ピパ子にしない? わけれるし」
え? 待ってください。この状態で入れる保険あります? 突然のアイス半分こ? 心臓マヒで死んじゃうよ!?
「この後教会行くよね、お菓子も買ってこ。ヤケ食いじゃーい」
「いいねいいね、乳母崎さん何好きかな」
巨乳二人に囲まれてお菓子パーティーとか、俺は生き残れるのか?? いや、無理だな。死ぬな。つーか、お菓子食べるなら乳母崎さんもマスク外すよな。見たい見たい。
「司馬先生っているじゃん?」
「ああ……生物の非常勤?」
まだ若くてイケメンだと、女子生徒に人気の男だ。俺はあまり好きではない。なんだか他人を馬鹿にしているように見えるからだ。
「大会のチームに入らないかって誘われてね」
「え、あの先生こっち系なの?」
全くイメージが噛み合わない。しかも、猫魂さんを誘った? どんな顔をすればいいのか分からんぞ。
「キモいから断ったんだよね〜、もしかして、司馬先生もディスティニーうんたら系?」
「キモいって……」
「え? キモくね?」
カードゲームの大会にあまり親しくない生徒を誘う教師。明らかにキモさの閾値越えである。
「なんか目がね……下心があるっちゅうか」
「わはは、下心なんて言ったら俺はどうなんのさ?」
「うん、ケーくんずっとおっぱい見てるよねー」
俺は動きを止めた。全身からザッと音を立てて血の気が引いた。心臓も止まる。え、バ、バレてた……? うそ? いつから? 最初から?
俺がおっぱいに夢中だったことを……猫魂さんにバレてた??
目の前が急激に暗くなる。これが死か。この突然の死の代償として、数々の幸福があった訳だ。
ああでも、せめて死ぬ前に……猫魂さんとアイスのわけっこしたいし、乳母崎さんの顔も見たい、ついでにバストサイズも計測したかった……。
「ケーくんのは分かりやすいしさ、男子ってみんなそうじゃん? つーか、ケーくんはそれよりさァ」
「え? もっと酷いことが??」
「『アルメ』やるって聞いたら目ぇキラッキラさせて、むっちゃ楽しそうだったし。
ずっとカードの話してるし、裏表ない感じで安心できるな〜」
「それ単に、女子とできる話題がないだけ……」
「にゃはは」
全然気にしていない様子でニコニコ笑う猫魂さん。俺はこれを、警告と受け取った。
あまり調子に乗るなよ? 次やったら『これ』だからな? ということだ。ニーチェ先生も『怒っても殺せないときは、笑えば殺すことができる』と笑顔の攻撃性を警告している。
「うおん……これからはもう少し気付かれないようにこっそり見ますぅ……」
「見ないって選択肢がない所がマジでケーくんって感じだな……」
「ヒマワリに太陽を見るのをやめろとは言えないでしょ?」
「太陽か……照れるぜ」
「直視するとまぶしすぎて目が潰れる所まで太陽」
「言い過ぎ」
「サーセン」
なんて話しながら、俺たちは会計を済ませた。ピパ子のコーヒー味を二つに割って猫魂さんに差し出す。
「猫魂さんちは猫何匹いるの?」
「お? 聞いちゃう? 聞いちゃう? 長くなるぜ? 写真見る? 二人とも超絶イケ猫だよ?」
「見る見る」
バス停のベンチに座って、アイスを分けながら一つスマホを見る。いいのかな? 俺、こんな事あっていいのかな?
「こっちがアユでこっちがカマス」
「ひどい」
「アユは世界でも屈指レベルでしょ? 人間で言うならトム・クルーズか真田広之。かわいい系じゃなくてハンサム、二枚目、コレで女の子なんだぜ?」
俺は目玉が二つあるので、片方でスマホの画面を、もう片方で猫魂さんの谷間を凝視した。いや、無理だよこんなの見るしかないだろ?
乳母崎さんに潰されなくて本当に良かった。
「女の子に真田広之は失礼では?」
「真田広之になりたくない女子はいません」
美少女になりたくない男子はいないみたいなもんか?
「ケーくんも巨乳女子になりたいっしょ?」
「ダメ。俺が巨乳女子になったらナルキッソスって水仙になっちゃう」
「ナルキッソスって動詞だっけ?」
名詞だ。だが、俺が巨乳女子になったら鏡の前から動かなくなる自信がある。
だが、巨乳とプロポーションを維持するために食事制限してジムに通い、似合う服を探して街を徘徊し、自撮りと際どい動画でアングラの女神になってしまうだろう。これが現代のナルキッソス。自己肯定高そうで羨ましいな。
「カマスも女子?」
「イエス! 女の子のくせにしゃくれてて、しかも野良だった時に病気して常に目付き最悪。可愛いすぎる」
「保護猫か拾い猫?」
「うちはいつも保護猫〜」
バスが来た。アイスのごみはコンビニ袋に入れて口を縛りカバンへ。行きは混んでたから立ってたけど、空いている。座れる。
狭い二人席の窓側に座る猫魂さん。別の席に座ろうとするとすると、隣を叩いて猛アピール。ごめんなさい許してください!
もう無理です限界です! 隣に座るとか俺の限界飽和量をオーバーして、猫魂さん成分が結晶化しちゃう。なにそれ欲しい!
「いいから座れ」
「はい」
隣に座ると、猫魂さんから見慣れたビニールのパックを渡された。『アルメ』のパックだ。少し前の段である。
「コンビニに売ってたから、厄払い的な?」
「うーむ。布田先輩の言を信じるなら、猫魂さんに開けて貰ったほうがいいのが出そうだな」
『運命潮力』が、対戦中の引きだけに関係するならゴミ超能力だ。
「選んだのがアタシってのは?」
「んじゃ、猫魂さんを信じて……!」
俺は手でビニールを破いて開封した。ユニークとか入ってたら傷付きかねないので、みんな開封は慎重にね。
「青のレアじゃん」
「やっぱり『運命潮力』を信じろってことかあ」
出てきたカードは《運命解析》。色とりどりの布をまとってるクセに谷間だけは露出した褐色お姉さんだ! やったー!
「何言ってんのさ。ケーくん、フレーバーテキスト見なよ」
「お?」
『過去を悔やむな。未来を恐れるな。今を精一杯生きよ。それが運命を味方にするコツさ』。
俺は吹き出した。今の俺に最も必要な言葉だ。それと同時に、よく知った言葉でもある。
「ニーチェ先生と同じこと言ってる」