運命潮力 その01
「猫魂さんの『運命潮力』は2000。前回の測定から変わってないでヤンス。
でも晴井氏は100……こう言ってはなんでヤンスが、戦力にならない一般人でヤンスね」
俺は猫魂さんを見た。猫魂さんも俺を見た。数秒間見つめ合う。心が通じ合うほど時間を過ごしては居ないけれど、二人が全く同じ思いを共有していることが理解できた。
「ケーくん、ブッティが何言ってるか分かった?」
「俺に聞かないでくれる?」
そう、布田の言っていることが何一つ理解できていないということが理解できた。
「マスター、モシヤ彼は『何も知らない』のデハ?」
「何も知らずにあの大会に出る……死ぬ気でヤンスか!?」
「え? 俺死ぬの?」
「運が悪けレバ」
えー? 真顔で死ぬとか言わないでくれます? 猫魂さんを見ると、大慌てで頭を振った。濡れた猫がしずくを飛ばすような勢い。
何も知らないのね? はいはい。
「ええと……俺たちは普通に『アルメ』の大会に出るので、仮想敵である大稲デイヤの過去デッキ情報が欲しかったんだけど?」
「その大会に、常人の『運命潮力』で参加するのが自殺行為だと言っているのでヤンス。運悪く予選を勝ち抜いてしまったら……」
全く話が通じない。俺は少し考えこんだ。
「その、ディスティニーなんたらって言うのは何?」
「それそれ、アタシも知りたい!」
布田とメイド服が猫魂さんに物言いたげな視線を向けた。
「ナンで知らないんデスか?」
「猫魂さんだからだが?」
「ケーくん?」
俺のフォローはお気に召さなかったらしい。憤懣やる方ないという顔の猫魂さん。
「猫魂さんなら仕方ないでヤンス。きっと前に説明した時に寝てたんでヤンしょう」
「てへり」
「どこから説明すればよいやら……まず、『デュアル・ディメンション』の世界観はご存知でヤンスか?」
「『二つの次元が衝突するのを止めるために戦わなきゃならない』」
俺が答えたのは、スタートセット付属のルールブックの最初に書いてある設定だ。
衝突コースにある二つの次元……異世界か星みたいな感覚だ。このままでは世界が二つとも破壊されてしまう。自分たちの世界だけでも救うために相手の世界を破壊せよ! 2000年代らしいえっぐい設定だな。
ちなみに、四つある戦場は正確には『災厄の扉』という。
災厄を相手の次元側に三つ開くと、天変地異で次元が崩壊するんだって。
「それは現実で、オイラたちの次元はまさに攻撃を受けているんでヤンス」
「…………続けて」
俺は指を舐めるふりをして眉に触れた。眉唾のジェスチャーである。布田は気にせずに話を続ける。
「ゲーム内の内容と現実の最大の違いは、『災厄の扉』の開放には儀式が必要ってことでヤンス。
その儀式とは両次元の代表者同士の決闘であり、その決闘法こそが……」
「『アルメ』?」
「でヤンス」
カードゲームに世界の命運がかかっている……はあ、アニメだな。
この布田はアニメと現実の違いが理解できていないのか?
「一つ目の『災厄の扉』は犠牲を出しつつも死守しヤしたが、次は二つ目。その二つ目の扉があるのが『陽光市立総合体育館』……例の大会の開催地でヤンス!」
おいおい、陽光市立総合体育館ってスポーツ大会を行うレベルの超大型施設じゃないか。そんな所借りるの? 金持ちな大会だな!
いや、ていうかサラッと犠牲って言った? 死ぬの? マジ死?
「その流れだと大稲デイヤはその代表者で、猫魂さんの身を案じてわざとチームから外した?」
「晴井氏、もしかして全部知ってるでヤンスか?」
「まさか」
ベッタベタだな! 俺は王道展開は好きだよ? でもそれが現実で発生しているとは受け入れられない。
そして、他にも受け入れられないことがいくつもある。
「布田センパイも出るの?」
「出るでヤンス。『向こう側』の刺客も複数紛れ込んでヤすし」
俺は彼の隣のメイド服を見た。あまり興味がなかったが、可愛い顔立ちの女の子だ。超ミニのメイド服にしましまニーソの絶対領域。ふーん。年齢は不明だがまだ若い。十代前半だろう。バストは77のAだな。
メイド好きの諸兄には申し訳ないが、俺の集中力はこれが限界だ。貧乳にはそのささやかなバスト同様にささやかな興味しか持てないのだよ。
「その子も?」
「でヤンス」
「なんで世界の命運がかかってるのに競技レベルのプロを呼ばないんだ?」
この手の作品における最大のネックである。大人は何してんだ? 子供に世界の命運任せてないで、何かできないの?
「そこで問題になるのがご存知『運命潮力』でヤンス」
少しもご存知でないんですけどそれは。
「『運命潮力』は人生において最も変化の多い、十代半ばから後半が最大値になるのでヤンス。大人ではこの数値は出せないでヤンスね」
「子供が矢面に立つ(屁)理屈は、まあ理解した。しかし結局『運命潮力』ってのはなんなんだ?」
「運命を味方に付ける力でヤンス。神に愛される。流れを支配する。定めを書き換える。潮の満ち引きのように形なくとめどないエネルギーを己がものにする力でヤンス」
俺の横では猫魂さんが力強く頷いている。俺には分かる。この人は全く理解していないがとりあえず頷いているのだ。
だって目が泳いでるし、宇宙猫顔だ。
「それは信念? オカルト? 宗教?」
「自然科学でヤンス」
一番返ってきてほしくない答えに、俺は天を仰いだ。それはそう信じているだけのオカルトだよ……。