羅睺 その01
夢を渡るのは難しいことではない。目的地が分かっていないで、ただ漫然と渡るのが危険なだけだ。
行く先のイメージがあるのならば、半端者の私でも何の問題もなく夢を渡れる。
夢の中は渾沌そのものだ。完全なる無意識の領域。夢を見る誰かの潜在的な意識と、記憶と、願望がこねくり合わされて作られる。
いま私が渡っているのは、ショッピングモールだ。顔のない『その他大勢』に紛れて口論が聞こえる。恋人とケンカでもしたのだろう。ははは、いい気味だ。
私は無意味に幸せな連中が嫌いだ。運の良い人間も嫌いだ。人生を楽しんでいる奴らも嫌いだ。
みんな不幸になれ。どいつもこいつも苦しめばいい。絶望し、嘆きの底で泥を舐めろ。
私は羅睺。名前の意味なんて知らない。ただ不吉で邪悪な、半分の怪物。月と太陽を喰らうもの。言わば敵対者だ。
死人のような青紫の肌、悪くなった血液みたいな赤黒の髪、黒い眼球と金色の瞳、蛇のような瞳孔。
私は醜いバケモノで、誰からも疎まれ恐れられる運命の下にある。はたから見れば災害じみた厄介者の私だけれど、だからこそ出来ることがある。
誰からも嫌がられ、石を投げられるような、善なる心を砂粒程度でも持っているなら、怒りを持って拒絶するような責務。
『次元殺し』。
衝突し共倒れしそうな隣接次元を前もって破壊して、自分たちの次元の延命を図る大量虐殺者。
私はこの『地球』と呼ばれている次元を、すべての生命体ごと消し飛ばそうとする大悪人なのだった。
次元の破壊に必要なのは、『災厄の扉』の開放。
『扉』を開くと次元の基盤はひび割れ揺らぐ。四つのうち三つを開くことができれば、無数の災害が巻き起こり、次元は崩壊する。
私は邪悪な怪物だから、一切の呵責なしに次元を滅ぼせるだろう。良心の持ち合わせなど、元よりないのだから。
「シヴァ」
「羅睺ですが、いかがされましたか?」
私はショッピングモールから更に二つの夢を渡って、目的の夢に辿り着いた。
本の山に埋もれた小さな書斎。この夢は、他の夢と違って渾沌としていない。なぜなら夢を見ている本人が、自分の夢を支配できているのだ。
私と同じく夢を渡れる、むしろ私に夢渡りを教えた存在。『向こう側』から来た『来訪者』。魔人シヴァ。
青銅のような肌、金の瞳、複数の腕。謀略と破壊の男である。
「作戦はどうなっている?」
「もちろん順調ですとも。あの忌々しい、この世界の守護者面した大稲デイヤを魂を奪うには、あの男の最も大事にしているものを利用しなければなりません」
私たちはバケモノだ。だからズルも卑怯もない。手段を選ばない。
「デイヤは愚かにも、幼なじみを戦いの場から遠ざけるために距離を取りました。
すでに私はあの猫魂ケイトと幾度となく接触をしています」
『災厄の扉』を開けるには、いくつかの儀式が必要だ。
簡単に言うと、ある種のカードを用いた決闘での勝利である。カードゲームそのものが、『災厄の扉』を開く儀式のようなものなのだ。
「あの娘が私の手を取り、デイヤへの刺客となる日は近いでしょう。
なにせ、孤立したあの娘には頼りにできる仲間がいない。デイヤに一泡吹かせるために、大会に一緒に出ようと囁くだけで良いのです」
自信満々に説明台詞を垂れ流すシヴァ。彼に関しては、良心云々ではないのであろう。
恐らく、人を貶めて堕落させることに、下等な喜びを見出している。そこまで堕落すれば、私も楽になれるのだろうか。
「では、猫魂ケイトが他の男とチームを組んで、特訓を始めたのはシヴァの差し金なのだな?」
「…………は?」
シヴァが動きを止め、三つの目玉をまん丸にした。何と言う阿呆面だろう。
「猫魂ケイトは、昨日だか一昨日だかから別の男とチームを組んだぞ?
もう大会にもエントリーを済ませている」
「え? いや? 誘った私になんの断りもなく??」
「性欲まみれの目で見ているから拒絶されるんだ」
「クソが! 優しくしておけばあの売女が! 他に男が居ただと!? 誰にでも股を開くとはとんだ食わせものだったな!!」
計算が狂った事が受け入れられずに、シヴァは机の上の本の山を叩き落とし、口汚らしく猫魂を罵った。
私はシヴァを嘲笑いながら、彼の狂態を一通り楽しんだ。その内容に苛立ちながら。