晴井vs乳母崎 その01
「よろしくお願いします」
「は?」
「よろしく、お願いします。ゲームのマナーだろ?」
猫魂さんお手製のプレイマットを借りて、俺と乳母崎さんは向かい合った。
かしこまって頭を下げる俺に、乳母崎さんはシャッフルしながら舌打ちせんばかりの対応。
「よ…………よろしくお願いします……」
しかし、一瞬躊躇ったものの、小声ながらしっかり頭を下げた。
俺が戦場カードをシャッフルする間に、乳母崎さんはトークンや小物をポーチから取り出した。
「うおっ!? ハリボンのゴールデンベアじゃね? あ、そっちはトード」
「トード?」
「おいおい猫魂さん、ハリボンはゴールデンベアだけじゃないんだぜ?」
海外製有名グミ・ハリボンの1/1マスコットに俺は目を輝かせる。困ったような乳母崎さん。
いや、美味しいんだよ。そのうえ可愛い、みんなゴールデンベアしか知らないけど、他の味も美味しいの。特にフルーツ系は果汁味がジューシーでね?
「どこで買ったの?」
「ひゃ、百均……」
「ありがと。マジかー、今度探してみよ」
「…………」
ものすごく困惑の目で俺を見る乳母崎さん。俺は気が付いてニヤリと笑う。
「盤外戦術で揺らしたつもりだったか? 残念だな。俺はゲームは楽しむためにやる派なんだよ」
「…………そんな軽い気持ちで」
だが、すぐに表情を引き締めた。まゆ毛を寄せて俺を氷のように睨みつける。
「入ってくるな」
「じゃんけん」
「ぽん」
しかし、すでに俺は乳母崎さんが当たりが強く口が悪いものの律儀で真面目であることを見抜いていた。
突然のじゃんけんにも遅滞なく対応。俺はパー、乳母崎さんはチョキ。
「後攻で」
「はい。では先行貰います。ドローなし。リソース青。セット、右経路移動」
対戦開始。初手に考え事など無用とばかりに動かしながらも、その実俺は困っていた。初期手札が悪いのだ。考えうる限り最悪に近い。
『アルメ』はユニットを裏側にセットする。これこそが面白さであり、戦略であり、そして対戦相手からは観察のしどころである。
つまり、最悪手札にユニットがゼロでもゲームは始められる。そして俺の手札にはユニットがいなかった。
スペルカードは場にセットして使用した場合はコストが軽減される。さらに相手のターン中に使用できるのはセットしたカードのみなので、戦術的には有効なのだが、初手からやりたいことではない。
一般的にデッキの配分はユニット30:スペル20:戦場10をベースにすると良いと言われている。速攻デッキほど戦場カードが多い。俺は低速なので戦場カードは6枚だけだ。戦場カードは一度のデュエルに大量には使わない。システムユニット多めの俺は、ユニット2体での制圧で十分だし、『戦場カードによる制圧では最終勝利点は取れない(例外あり)』というルールもある。
「顔色が悪いぞ先輩、手札事故か?」
「俺は乳母崎さんの顔が見たいな」
「顔がキモい。生理的に無理。ドロー、セット」
乳母崎さんのリソースは黒。リスクは多いしギャンブル性も高いがその分同コストでも強力なカードが多い色だ。経路は東。俺の側に寄せてきた。つまり、序盤から殴り合って戦場を取らせない長期戦型か。
乳母崎さんは上から下までシスター服で、両手に手袋、顔はマスク。これでサングラスを付けていたら日焼け対策も完璧だろう。それにしても布地が分厚すぎて体のラインがほとんど分からない。それでも主張してくるバストを見る限り、そのサイズはかなりのもの。正直言って顔も見たいがおっぱいも見たい。俺の予想では三桁。アンダーの予想が全くつかないのでカップ数は未知数だが、Hカップとか言われても不思議はない。
「ターン終わり」
「ターン貰います、ドロー、リソースは青黄色……なんだよ」
「いえ、不躾な変態のくせに礼儀正しいな、と。そこが余計に不愉快」
「貶してんの褒めてんの貶してんの?」
「貶している」
この野郎。俺が勝ったらおぼえていろよ。
「セットしてあるカードを表にする。《掘り出し物市》」
「へえ」
本格的な手札事故だ。ドローしたカードもユニットではなかった。《掘り出し物市》は山札を上から7枚見て、好きなカードを手札に加えるスペル。さすがにこちらにはユニットが含まれていた。
俺はカードをセット、再び東経路へ進める。
「ターン終わり」
「私のターン。ドロー、カード表にする」
乳母崎さんが表にしたのは《ゲラゲラ笑いの魔女》黒の『魔術:』持ちだ。
「せっかく引いたユニットなのになァ? 《すがりつく怨霊》だ」
『魔術:』でコストを踏み倒して打ち込んできたのは除去スペルだ。低コストの代わりに手札を追加で1枚捨てないといけない。
裏向きのカードがスペルや効果の対象になった場合、コストを支払って表にするか、なすすべもなく破壊されるかのどちらかになる。
俺にリソースは残っていない。つまりこの場での俺は手も足も出ないで、せっかくのユニットを失うことになる。と、思うじゃん?
「《高い買い物》発動」
「…………!?」
なんで黒みたいに除去の多い色に、無防備にリソース使い果たすと思ってるんだよ? 俺はカードを2枚引いて2枚捨てた。
ちょっとでも用心深ければ当たり前のプレイングに、乳母崎さんの眉間のシワが深くなる。ふうむ。俺は横で観戦している猫魂さんを手招きした。
「なになに?」
「お願いしたいことが」
ヒソヒソとやりとりをする俺たち、乳母崎さんの視線がさらに強く冷たくなる。
「カードセット、エンド」
「ターン貰います。ドロー、リソース青黄色黄色」
さあて、手札も捨て札も暖まってきた。もう少しだけ、捨て札を増やそうかな〜?