晴井彗 その15
「うーん、うーん……効果はあったと思うか?」
「ククク、分からん」
準決勝第二試合は『蛇組』のストレート勝ちだった。すこし粘ったのがマカラだったが、それでも司馬は『闇のカード』すら使用しなかった。
というか、司馬に関しては他の二人が勝っていたので手を抜いていたようにすら見えた。真面目にやれよ。仕事じゃねえんだ!
「司馬の『運命潮力』イカサマを、少しでも減らせれば御の字だから。
ちなみに、マカラは500にも5000にも観測できると言っていた」
それが『貸与』によるものなのか、別の理由があるのかは分からない。けれど、まあ、試しておいて損はない。
ちなみにマカラに『見える』ものがアミには『見えない』ことが、アミを疑う決め手になった。
「とりあえず試合が終わったからもういいや、次のタイミングはオッケー?」
「うーん、役に立てるかどうか」
「オレ様は了解だ……しかし、上手くいくと思うか?」
スマホを片手にソーマ。
決勝戦は十五分後。普通にゲームをして勝てる勝てないなら……微妙な所だ。乳母崎さん次第だな。
猫魂さんと俺は、『運命潮力』が使われなければデッキの質で勝てる。
しかし、司馬は『アルメ』で雌雄を決するつもりはない。プレイングを見ていて思った。こいつは『アルメ』をバカにしている。子供の遊び、儀式に必要だから付き合っているだけ。
勝利を盤石にするための行動も、強くなる努力やデッキの見直しではなく、盤外戦術を選ぶ。最低の選択だ。
話を総合すると、司馬は『闇のカード』を利用して大量殺人を行なっている。
布田の父親、布田博士を殺害しただけでなく、ソーマや大稲の親を殺すために飛行機事故を起こしたことになる。
いやいや、普通に犯罪者じゃねーか。警察は何してんだよ?
「ククク、『向こう側』の力を利用した犯罪を、警察が検挙できる訳が無い」
「うお、口に出てた?」
「出ていた。それが可能なら、ボクらだって布田博士が亡くなった時に手を打っていたよ」
アミは一旦落ち着いていた。自分が洗脳されているかもしれないという状況に対して、出来ることがないのが現状だ。
司馬から『闇のカード』を奪い盗れば洗脳が解けるかもしれない、らしい。つまり、決勝戦次第だ…………俺次第って事だな。
「何を言ってるの? おまわりさんに捕まえてもらうわよ〜」
「どうやって?」
「??? どうにでもできるでしょ〜?」
マッハ怖い。これは、それ以上踏み込んではいけない案件だ。
理由も罪状も何でもいい。捕まえてしまえばもうどうにでもなるし、二度と堀の内から出さないと言っているのだ。
人事を尽くして天命を待つ。準備は上々、あとは結果を御覧じろ。
…………つってもなぁ。
俺達の闘いは終わった。決勝戦は名ばかりの、カードゲームではないものになる。
矢面に立つ不安? 大有りだよ!!
俺達はそれぞれの控室に戻っていた。猫魂さんと大稲は、オヤツを食べながらバカ笑いしていた。二人の時間を取り戻せたのだ。
ゴムが減っていない事をマッハは嘆いていたが、良識があったら使いませんてば。
デッキ調整をすることになり、大稲はソーマたちと合流した。控室には『チーム猫を讃えよ』の三人だけ。
「猫魂さん、『闇のカード』を使われたらすぐに投了してね」
「もちもちおモチ。安全第一で行こうぜ」
「だね」
なんていうかさ……なんて言ったらいいんだろう。
あー、乳母崎さんもマカラも言ってたな……ふわふわした覚悟で参加したら後悔するぞって。
軽い気持ちではなかったんだよ。でもさ、本当に人がたくさん死んでいるのは想定外だし、なによりも、なによりもさ……。
「ケーくん!!」「晴井さん!」
気が付くと、目の前が真っ暗だった。呼吸ができない。なにかが顔面に押し付けられている。身動きが取れない。
俺はパニックに陥った。何が起きてるの!? 一瞬深く考え込んだと思ったら、コレは何!?
「もごもが!?」
もがけども腕も顔も動かない。苦しい!
ヤバい、息を吸おうとすると、鼻と口に何かが吸い付く。し、死ぬ?
「こらー! ママ何やってんの!!」
怒声が響き渡り、突然解放される。俺は酸素を求めて激しく喘ぎ、受け身も取れずに床に転がった。
「先輩も先輩だ! 変態! 色魔! 女の敵! 人間のクズ! 勝ってるからっていい気になるな! …………先輩?」
「ケーくんだいじょび?」
「意識あるかしら〜?」
俺は無様に床に転がって、身動きができながった。全身が言うことを聞かない。ガタガタと震えて、どこにも力が入らない。
「ひっ、ひっ……ひぐっ」
「まだダメっぽい」
「もうちょっとおっぱいするぅ?」
え? 何? ちょっと理解できない。
俺はなんでこんなに無様にガタガタ震えてんの? 過呼吸で、涙も鼻水もボロボロ垂れ流しなの?
つーか、さっき俺の顔面を完全に覆ってたのはマッハのおっぱい? 嘘でしょ? 堪能できなかった。いや、やっぱり今はそういう気分じゃない。
「せ、先輩?」
「う、うう……ひぐっ、乳母崎さん……?」
駆け寄ってきた乳母崎さんが助け起こしてくれる。なんで? 頭が追いつかない。
俺の身体に何が起きてるのかも、なんで乳母崎さんがいるのかも分からない。
「大丈夫、大丈夫」
ぎゅっと抱きしめられる。顔面に今度は乳母崎さんのおっぱいが押しつけられるが、横からなので呼吸ができる。
ぐへへ、最高に柔らかい上に壮観! 最高……なんで? こんなに幸せでいいの?
俺は死ぬのか??
「震え止まったね、あーびっくりした!」
「わたしのおっぱいじゃ不満なの……? やっぱり、歳かぁ」
「うっぴーだからでしょ?」
「はぁ……ふぅ……ええと…………?」
俺はいつまでも乳母崎さんに抱きしめられていたい気持をなんとか抑えて、立ち上がった。
うお、膝が笑ってる。
そこではっと閃いた……………………ああ、そっかそっか。俺、怖いんだ。
「おっけー、もう大丈夫です。心配おかけげふっ」
へらへら笑いながら強がったら、間髪入れずにビンタが飛んできた。
痛い。いや、痛くはない。よろける俺の頬に、反対側からもビンタ。
「嘘を吐くな」
「嘘なんて…………」
「見栄っ張り」
俺は言葉を失った。その通りだ。俺は弱虫の見栄っ張りだ。本当は怖くて仕方ないのに、何でもないフリをした。
乳母崎さんにそれを責められたのは一昨日か一昨昨日か。ずいぶん前のような気がする。
「『俺を壊すに……あぶっ」
「痛みが怖くてべそかいてるクセに、どこが壊れていないって?」
俺は納得した。金居の『闇のカード』が、俺に恐怖を植え付けたのか。
また、似たような奴と戦わなきゃいけないから、俺は怯えていたんだな。
「そうですそうです。俺は怖くてブルッてます!」
「よしよし」
乳母崎さんに頭を撫でられる。うへぇ……恥ずかしい。猫魂さんとマッハにも見られてるし。
でも、まあ、メンタルは落ち着いた。震えも止まってる。俺はハンカチで目元を拭い、鼻をかんだ。
「マッハさん、アタシたち邪魔だと思う」
「気が合うわね〜。晴井さん、ちゃんとゴム使ってね〜」
「使いません」
「ダメよ、まだ学生なんだから〜」
そうじゃなくて……。
「それより乳母崎さんだ。試合まで時間ないのにどうしたの?」
「あ、忘れていた。私はマナミさんを殺しに来たんだった」
腰の後ろからナイフを抜いて、乳母崎さんは事も無げに言い放った。