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晴井彗 その04


「え、何。こわ。早口キッモ。突然壊れた? 叩いて直す?」

「えとえと……ホントに、カレシとかじゃなくてぇ……」


 髪の毛の先端を指でクルクル絡める猫魂(ねこだまし)さん。耳まで赤い顔で目は高速クロールだ。

 俺を(さげす)んだ目で見る乳母崎(うばさき)さん。だが今はどうでもいい、それよりも猫魂さんだろ? 巨乳で可愛くて性格がいい上に幼なじみ属性所有とか、対俺特攻の対策カードかな? 出た瞬間に喜んで投了するよ?


「もしかしなくても、大会に出たい理由は大稲(だいな)?」

「うぅっ」


 図星のようだ。


「チーム戦だけど、ハブにされた?」

「ぐはっ」


 2HIT。


「どうにか見返してやりたいけど、『アルメ』やってる友達がいない?」

「こぽっ」

「やめろ馬鹿。声と内容が不愉快過ぎて耳が腐る」


 3HIT。割って入る乳母崎さん。というか今、かなりヤバい音がしたよね? 吐きそう?

 俺は納得して頷いた。教室で『アルメ』広げてる、顔見知りでも名前を知らない男子に突然話しかけてきた理由も理解した。猫魂さんは追い詰められているのだ。


「止めないでくれ、大事なことなんだ。この先聞くことが一番大事なんだ」

「そのドブみたいに臭い口を閉じろ。これは警告だ」

「乳母崎さんの口が悪すぎて泣きそう」


 俺は止まらないつもりだったが、べきりと心が折れて停止した。思春期のガラスのハートに、乳母崎さんの罵倒はダメージが大きすぎる。泣きそう。挫けそう。もうちょっと言いようがないの? 

 苦しい。でも立ち上がる俺。幼なじみが……負けそうな幼なじみがいるかもしれないのだ。


「つまり猫魂さんは、幼なじみの大稲デイヤが好きなんだよね!?」

「え、ええっ、好きっていうかぁ……」


 掴みかからんばかりの勢いの俺の左手を、乳母崎さんが掴んだ。止めるな、俺はノータッチだ。それよりも返事を、返事を早あがああああああああ!!!!?


「あがああああああ!!!?」

「警告したぞ。先輩を脅かす悪い腕は折る。その後に全ての歯を順番に引き抜いてやる」

「うっぴー、やり過ぎ! やめてやめて!!」

「それより返事を! あだだだだ!」

「脅しではないぞ、必ずやりとげる」


 アームロックを極められて、俺は激痛に悲鳴を上げた。痛い痛い泣きそうというか泣いてる!

 痛みで涙がポロポロこぼれる。我慢とかできない!


「がああ猫魂さんが大稲を好きなら最高だ!! 」

「は?」「ふぇ?」


 アームロックが緩んだ。俺は這いつくばって逃げながら、もう一度叫ぶ。


「猫魂さんが大稲を好きなら!」

「は、恥ずかしいから!!」


 両手で顔を覆う猫魂さん。決まりだ。確定だ。


「そして最後に確認だけど、大稲のチームには恋敵がいる?」

「黙れ」


 言葉をなくし固まる猫魂さんと、襲いかかる直前の肉食獣さながらに身を屈める乳母崎さん。いるのか。いるんだな? 俺はガッツポーズした。神に感謝した。


「『お前の運命を決めるのは神でも悪魔でもない。その行動をしたか否か。最後まで成したか途中で放棄したか。捨てたか拾ったか。

 とにかく己の行動が次の運命を形作る。その時にどう振る舞うかが、また次の運命的な出来事を構築するのだ』!!」


「えっ、なに?」「…………」


 運命に関する俺の、祝詞(のりと)。ニーチェ先生の運命論。俺はなんて愚かなのだろう。猫魂さんの幼なじみに嫉妬をしていた。ははは、俺には無関係なのに。


 猫魂さんにカレシがいてもいなくても、どうせ俺の彼女になるはずがない。

 しかし、それ以上に確実に大いに必然的に、俺にとって大事なことが発生した。


 おっぱいはもちろんこれからも目で追う。焼き付けようとも。それはおっぱいを愛する者の義務であり生きる糧だ。

 そしてああ!! なんて事だろう。これを運命と呼ばずして何と呼べばいい? 猫魂さんは幼なじみなのだ。しかも、その想いを伝えられないまま恋の終わりが近づいているような。


 俺にとってそれは、幼い頃の心の傷そのものだ。ぽっと出の女に居場所と好きな子を奪われる幼なじみを応援すること。


「くだらない運命論だ」

「ん?」

「降って湧いた理不尽な災難も、それまでの自分の行動のせいだとでも?」


 ニーチェ先生の運命論に、嫌悪を隠さない乳母崎さん。俺は肩をすくめた。


「それすら受け入れて次の運命のためにより良くしようと行動するべきだって考えだよ」

「バカバカしい」


「何と言われても結構でーす。それより猫魂さん。絶対に猫魂さんを大稲に勝たせるから。手段を問わないなら楽勝だし」

「…………いいの?」


 困惑する猫魂さんと、不快感を隠さない乳母崎さん。俺は乳母崎さんを無視して猫魂さんにピースサインを送る。

 大稲のデッキを知ることができれば、弱点も分かる。場合によっては対策カードも用意できる。たった一人のたった一つのデッキに勝つだけならば、簡単だ。


 俺は去来する虚しさから目を逸らした。最初からありえないんだ。それよりも、幼なじみを応援できるのだ。それを喜ぶべきだ。喜べ。はい。嬉しいヒャッホー!!


「好きな奴のためにがんばるのって最高じゃん! 俺なんて、猫魂さんのおっぱい見たさにホイホイついて来てんだぜ?」

「えっ」「最低。変態。死んで詫びろ」


 慌てて胸元を隠し、ボタンを閉める猫魂さん。ははは。今日はもうあの素晴らしい乳チラは見れないな……はは……。

 だが、明日には元通り、それが猫魂さんクオリティ。たぷん。信じたい。


「本当に心の底から不愉快。この世から消えろ。これは懇願(こんがん)ではない。命令だ」

「俺もさすがにそろそろ悲しくなってきたんだけど?」

「消えれば悲しさもなくなる」


 床に張り付いたガムを見るよりも冷たい目で、乳母崎さんが俺を見る。


「そもそもお前、弱いくせに冗談じゃない」

「…………乳母崎さんも『アルメ』やるの?」

「やる。そして、猫魂先輩より強い。だから私が教える。お前は消えろ」


 黒いデッキケースを取り出す乳母崎さん。デッキケースにはクマのぬいぐるみがくっついている。


「もしかして、あれ言う? 『私が勝ったらもう来るな』ってやつ」

「ゴミ以下の虫でもその程度の脳みそはあるのか……無駄な知見を得たな」


 いやもう、本当に口が悪いな。親の顔が見たいよ。しかも猫魂さんを丁寧語で先輩呼び、ということは年下か?


「俺が勝ったら、お前呼びはやめて先輩と呼んでもらおうか」

「年齢以外に勝てる点がないのか。哀れすぎて笑える。うふふ……本当に可哀想な生き物だし、今から先輩って呼んでやる」


 うわムカつく……。


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