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神曲  作者: もてぃまー
7/13

勇②

三那みくに ゆう

14歳

中学生

開始14分

2022年8月21日 神奈川 午後3時15分

三那(みくに) (ゆう)は心が折れかけていた。


あれから何度も午後3時を繰り返した。

何度繰り返しても、モアイ公園とゲームショップに辿り着いてしまう。


何度訪れてもリンチされている男性と、リンチしている男女がいる。

何度訪れてもいつもの店員が声をかけてくる。


リンチしている現場を見ても、もう恐怖しなくなった。

ああ、またか。それ以外の感想が沸いてこなかった。


ゲームショップの店員に話しかけられても、もう返事もしなくなった。

ああ、またか。それ以外の感想が沸いてこなかった。


ゲームショップの店員に今の状況を打ち明けてみたりもした。

内容の半分も呑み込めていないみたいだったけれど、警察を呼ぼうかと心配してくれた。

警察を呼んでもらうことをお願いしたりもした。

だが警察を待つ間、気付くとモアイ公園の前にいた。


リンチしている連中に話しかけてみたりもした。

ゲラゲラとこちらを見て笑うし

リンチされている男に話しかけてみたりもした。

ゲラゲラとこちらを見て笑っていた。

何を笑っているのだと食って掛かろうともしたが、気付くと僕はゲームショップの前にいた。


自転車を乗り捨てて徒歩で移動してみたりもした。

だが気付くと僕は自転車に跨っていた。


まるで夢の中にいるみたいだった。

登場人物も、場所も、行動も滅茶苦茶で、一瞬で切り替わる。

夢と違うのは、それを不思議なことだ、おかしいことだと思えること。


とにかく今まで取ったことのない行動を取り続けた。

ゲームでループするシーンから抜け出せない場合、

何らかの前提条件を満たしていないことが原因と相場が決まっている。


これがゲームではなく現実の世界だと頭では理解しているが、

折れかけた心が必死に掴んだ(わら)

今自分はゲーム攻略をしているという現実逃避だけだった。


そして今、勇はモアイ公園とゲームショップの間にある店舗に片端(かたはし)から入り込んでいた。

どこかにループを抜ける条件があるはずだ。絶対。

自分にそう言い聞かせながら、(なか)ば機械的に店内の人物に話しかけた。


今までの自身の性格からすれば考えられない行動だったろう。

今自分はゲームの世界にいると思い込み、意識を日常から切り離したからこそできる行動。


本屋に入って店員に話しかけてはモアイ公園に飛ばされ、

薬局に入って店員に話しかけてはゲームショップに飛ばされ、

また戻ってきて同じ店の別の人物に話しかけ、

また戻ってきて別の店の人物に話しかけ、

何周したかもわからなくなってきた頃。


もういっそのこと、

自殺することで抜け出せるのではないかと

雑居ビルの最上階から下を眺めていた際、

遥か下の地面を見つめながら、勇はふと2つの仮説に行き着いた。


まず、誰に話しかけても、どんな話題でも、どんな行動を取っても、同じ場所であれば、飛ばされる先も毎回同じであるということ。

次に、隣り合った建物も同様で、入った建物と、その隣、さらにその隣と順に試しても、同じ場所に飛ばされるということ。

この2つのことから、恐らくは飛ばされる先がエリア分けされており、エリアごとにモアイ公園とゲームショップのどちらかに飛ばされるということ。


そして飛ばされると時間が巻き戻るため、

自分がどのような行動を取っても、その事実は無かったことになる。


だがわからないこともある。

場所を飛ばされる条件だ。

建物に入ると確実に場所を飛ばされるが、入らなくても飛ばされることがある。


「地図」

ぼそりと呟き、勇は雑居ビルのエレベーターで1階へ降りた。

「中に入らなければ飛ばないから外にあるやつ」

ボソボソと抑揚のない声で呟きながら、フラフラと地図を探して歩き始めた。


気付くと自転車に跨ってモアイ公園の前を走っていた。

(わずら)わしかったので、すぐに乗り捨てて地図を探して歩きだした。

途中リンチの現場を通り過ぎたが、もはや目もくれなかった。


ようやく見つけた地図は、交番の前にあった。

2本の白い鉄パイプに挟まれた、薄い鉄板にペイントされた地図だ。

「真ん中」

呟きながら、勇は指で地図をなぞる。


「おや、どうした。どこかを探しているのか」

声をかけてきたのは交番勤務の警官だった。


「真ん中」

「ん、なんだって?」

「ここと、ここの、真ん中」

要領を得ない回答だったが、警官はじっと地図を見据(みす)える少年の顔と指を交互に見やり、彼の指している場所が近くの森林公園と、商店街にあるゲームショップであることを確認した。


「ここは、公園だね。こっちは、ゲーム屋かな?」

「その真ん中」

少年は何やら指の長さを使って中心がどこになるか測っているようだった。


これくらいの年齢の子供は何を考えているのかよくわからないな。

等と思いながらも、警官は答えた。

「そうだね、その2か所の真ん中だと、ちょうどここのコンビニあたりじゃないかな」

地図に這わせた少年の指の間を、警官は指さした。


「それで、どうしたんだ?地理の宿題か何かか?」

警官の質問に応えることもなく、小さく首を動かして一礼した少年は走っていった。

「やっぱりよくわからん」

警官はそう呟いた。


2022年8月21日 神奈川 午後3時21分

勇は警官がさしたコンビニエンスストアに入店した。

「真ん中・・・真ん中・・・」

ブツブツ呟きながら、フラフラと店内を歩く少年をレジで接客中の店員は奇異の目を向け、

それに気づいた客もまた同じ目を向けた。


そして勇は見つけた。

変な男がいた。

冷房が効いているとはいえ、うだるような猛暑日にも関わらず

真っ赤な長袖パーカーのフードを目深に被り、デニムパンツの足元にはブーツ。

見ている方が暑くなるような出立(いでたち)の男は、雑誌コーナーで立ち読みをしていた。


こいつだ。

何に気付いたのか勇自身もわからなかったが、何かの確信があった。


そこにフラフラと少年は接近しながら口を開いた。

「ねぇ」

「・・・」


声をかけても無視をされた勇は、大きな声を上げた。

「ねぇ!」

「・・・」


チラリと目線を向けた男と目が合う。


「ひっ」

勇はその場で腰を抜かしてしまった。


男の右目が、おかしなことになっている。

黒くて複雑な模様が浮かんでおり、その中心の瞳は明らかに人ではなく猫科のそれだった。

「・・・」


バンッ!

乱暴に本を閉じる音に、勇は尻もちをついた。

そのまま本を棚に戻し、男はゆっくりと床にへたる勇に歩み寄ってきた。


「ひっ・・・!」

先ほどまでぼやけて見えていた周囲の物体に、突然アウトラインが入ったような。

停滞していた思考を無理やりに戻され、心臓が早鐘(はやがね)を打つことで感情が戻ってきた。

恐怖という感情が。


「あっ、あっ、あの」

尚も同じペースで歩いてくるフードの男。

助けるわけでも見捨てるわけでもなく、ただ遠目で成り行きを見ている他客。

レジ裏の警備会社呼び出しボタン位置を確認する店員。

誰も勇を助けてはくれない。


「そ、そっ、その、えっと!」

ついに眼前に立ったフードの男は、床の上の少年を睥睨(へいげい)した。

そのままゆっくりと、左腕をやや横斜め後ろに振りかぶった。


「~~~~~っっ!!!!」

両手を顔の前で交差させ、必死に壁を作ろうと咄嗟(とっさ)に体が動いた。

それと同時に、勇は(まぶた)を固く(つむ)った。


ブンッ!

自身の頭上を何かが高速で通過した。


その瞬間

ガシャーン!!!!

仮に拳が頭上を通過していたとしても、決して発生しないけたたましい高音が聞こえた。

それと同時に

ギィアアアアアアァァァアァアアア!!

という叫び声が聞こえた。


完全に視界を閉ざしていた勇は、何が起きているのか全く理解できなかった。

できなかったが、それ以上に瞼を開けていいのかを必死に考えていた。


何秒経った?5秒か10秒か、もう1分以上経っている気もする。

ガクガクと全身を震わせながら、両手を(かたく)なにした。

その瞬間。


「おい!」

大きな声で呼ばれた。きっと目の前の男だ。

何なんだ、何なんだよ・・・!!

気付けばボロボロと流れる涙と、震える唇で声を上げていた。

「なんなんだよぉぉ~・・・!」

「もうやめてぇ~!やめてよぉ~!やめてよぉ!!」


決壊した感情を(とど)めることもできず、

己の恐怖と混乱を情けない声にのせて吐露(とろ)した。


「おい!!!!」

「やめてぇ~!やめてぇ~っ!!」

固く閉ざした瞼から止めどなく出てくる涙と、垂れてきた鼻水を流しながら必死に勇は声を上げた。

「勇!!!」


突然、自分の名前を呼ばれた。

ぴたりと、震えが止まった。


ゆっくりと瞼を開いても、(かす)んだ視野で最初は何も捉えられなかったけれど。

ぼんやりと、じんわりと。

ピントの合ってきた視界の中には。


もはや懐かしくなった自宅と。

必死に呼びかけている兄の顔があった。

三那みくに ゆう

14歳

中学生

開始

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