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神曲  作者: もてぃまー
6/13

伊織①

須藤すどう 伊織いおり

17歳

高校生

開始ゼロ秒

2022年7月28日 千葉 午後2時29分

須藤(すどう) 伊織(いおり)は怒られていた。


声が聞こえる

(              らしいよ)

(まじで?それって     だよな。            )

(うん、きっとそうだよ。)

(うわー、それってかなり    。          何やってんだよ!?)

(ほんと。うちらだって         かもしれないのにね)

(やめてよ~。私      なんだよぉ)

(    は       だから      だよ)

(「あっはっはっは!!」)


ゴッ!!

「っつ・・・・!?」

顔を上げると。

古典教員の上村(うえむら)が岩みたいな拳を握って、じろりとこちらを睨んでいる。

「おはよう、須藤。よく眠れたか?」

「あれ、いま声が・・・」


僕は、どう反応したらいいのやら、一瞬迷った後、

「あ、えっと、まぁ。はい」


ゴッ!!

もう一発げんこつを貰った・・・

クラスの連中は、僕達のやり取りを見てニヤニヤと笑っている。


「眼が覚めたか?」

「はい・・・」

「ほら、さっさと教科書開け。43ページだ。3行目から読んでみろ」

「っと、えー・・・作者は、東京都の中央区に生誕し、昭和43年に自身初の出版となる・・・」

「なんで現代文の教科書読んでいるんだ」

「え、あれ・・・。あ、ほんとだ」

「関心してないで、ほら!さっさと教科書出すんだ」

「っと、えー・・・。先生、何の授業でしたっけ・・・」

「お前・・・俺に喧嘩売ってるのか?」

「いやだなぁ、先生。僕には売るほどの品揃えはありませんよー、あははー!」


ゴッ!!

本日、二回目のおかわりだった、

「あははー!じゃねぇ!」

「はいごめんなさい・・・」

「古典の上村が、数学でもやると思っているのか」

「でも先生って・・・なんか古典顔じゃないですよね」


ゴッ!!

今回はでっけぇ辞典が落下してきた。

「さっさと読め!授業終わっちまうだろうが!」

「わかりました・・・」

そういって、僕は自分のカバンに手を突っ込む。あれ・・・?

「えっと・・・先生・・・」

「・・・」

「き・・・」

「・・・」

「教科書忘れました・・・」


上村の1ゲージを消費したダブル・スレッジハンマーの直撃を受けた僕のスタン状態が解除される頃には、6限目の古典が終わっていた。

「あー、いってぇ・・・」

「相変わらず馬鹿ねー」

横手から、ため息とも悪態ともつかぬ言葉を投げかけてきたのは隣の席の杉原(すぎはら)だった。


ご近所の同級生で、一生ショートヘア。

惣菜屋のバイトをしながらチアリーダー部をしていて、たまにバスケット部の練習にも参加してる。その上、なんか知らんが頭もいい。

前にどうやってテストの点を取っているのか聞いたことがあるが

「毎日、少しずつでも勉強してればテストなんて簡単よ。」なんて言っていた。

まずはそれが出来る方法を、少しずつでも学ぶ必要がありそうだ。


「あれ・・・なにこれ?」

上村の超必殺技でピヨピヨ状態だった間は気付かなかったが、

僕の机の上には1枚のプリントが裏返しでおいてあった。

「この間の中間の結果」

「ふぅん」


プリントを拾い上げて、僕は再び地獄のどん底へと叩き落とされるのだった・・・。


2022年7月28日 千葉 午後5時11分

・・・コツコツコツ

無音の廊下から、悪魔の足音が聞こえる・・・。

その音を聞いて、僕は心臓がグッと持ち上げられる感覚にみまわれる。


・・・コツコツコツ・・・

その音は、僕の部屋の前で止まる。

そこに・・・いるのだ。

聞き耳を立てているかもしれない。僕は慌てて息を潜めた。


「コンコン!」

扉がノックされる。僕はそのノックに(こた)えない。


「コンコンコンコン!」

少しの間をおいて、再び、今度は多めにノックを受ける。

息が上がってきた。

冷や汗でシャツが張り付いて気持ちが悪い。

(どうにかして逃げないと・・・!)


どうする・・・窓から逃げてみようか。

ここは2階だけれども、なんとかうまく着地できれば大丈夫。

窓に手をかける。

途端に緊張感が僕を襲い、全身が熱を発しているかのようで、暑い。


その瞬間、

ガタン!

無音の空間に、窓枠から落ちたプラスチックケースの音がこだまする。

「あっ・・・!」


しくじった!!

思わず声を上げたその瞬間・・・

ドンッ!


ドアを豪快に開いて、悪魔がその姿を現した!

悪魔は無表情でこちらに手招きをしている。


僕はその手招きに従う他なかった・・・。


2022年7月28日 千葉 午後5時20分

「こんの、馬鹿!!!!!!!!!!」

音波兵器にも劣らぬ大音量の怒号で、我が家の床や天井が悲鳴を上げる。

「ご、ごめんなさーい!」

僕の全力の謝罪の言葉は、母のハイキックによってかき消されることになるのだった・・・。


・・・時計に目をやる。

夕刻五時過ぎ。

初夏のうだる様な暑さも、日が落ちればまだ涼しく、春の香りを残している。空は紅。


表の公園からは、子供達の甲高い声と、お母さん達の笑い声がする。

TVからは、相変わらず物騒な話題のニュースが流れてくる。

(あーあ、おなか減ったなぁ・・・。)


お腹が空いていても、今の僕に食べる物が用意されることはない。

右サイドでは、母の壮絶なお説教が続いている。

時々左手でバンバンと机の上のプリントを叩いたり、

「母さんがあんたくらいの頃は・・・」などと無駄な過去の自慢話だかお説教だか分らないような事を口にしている。


久しぶりに受けた母の右脚によるハイキックは、見事に左頬に命中。

僕に傷一つ与えること無く、僕を遠くの世界へ誘う(本日二回目のご招待)のだった。

気付けば、僕は朦朧(もうろう)とした意識の中、母のお説教で意識を戻す羽目になるのだった・・・。

 

永遠に続くかと思われていた母の説教も、TVから流れる一つのニュースで終わるのだった。


『速報です。本日の午後4時40分頃、西麻(にしお)二童(にどう)町の中央商店街で、大勢の人が次々と何者かによって襲われるという事件が発生しました。西麻警察署によると、被害者の詳しい人数は不明ですが、現時点で少なくとも50人以上が襲われたとの事。中には倒れたまま動かない人もいるとのことで、現場は騒然としています。

犯人は不明ですが、最初の目撃から、警察の到着までの時間が20分と経過していない事、被害の規模が非常に大きいことから、単独犯ではなく、複数による犯行だと思われます。

二童町付近にお住まいの方は、戸締りなどをしっかりして、なるべく外出は避けるようにお願い致します。

えー、ここで、中継がつながっております。中西さん。』


「嘘・・・二童町って、隣じゃない!・・・こんなことしてる場合じゃない、安田さんの奥さん大丈夫かしら!」

そういって、スマートフォンを取りに走っていき、母のエンドレスなお説教は突拍子もないタイミングで終了したのだった。


僕は大きく伸びをすると、冷蔵庫からオレンジジュースを持ってきて、ソファーに座る。

テレビからは、先ほどから中継している人の後ろで情報収集をしているであろう人々が、慌しく動き回っている。


『・・・ということでして、商店街を歩いていると、突然空から人が降りてきたとの事です!とにかく皆、混乱して現場の収拾がつかない状態が続いています!千葉県警からは機動隊も出動し、事態の収集に当たっているとのことです!以上、現場から中西がお伝えしました!』


「安田さんの奥さん、電話にでないの。なにかあったのかしら・・・」

そんなことを僕に言われても仕方ない。

「寝てるだけかもよ?」

とりとめのない返事をするくらいしか、僕にはできなかった。

「いやアンタじゃないんだから・・・」


2022年7月29日 千葉 午前8時55分

ザワザワザワ・・・


シーンに関わらず、なんで人間の集団が発する雑音は「ザワザワ」と表現されるんだろうなぁ・・・等と、天井を眺めながら一人で物思いに(ふけ)っていると、クラスの誰かが言った一つのワードが耳に入ってきた。


「ね、ね、見た!?昨日のニュース!」


・・・ちなみに、この話題を聞くのは

今日これで・・・


あれ?何回目だっけ・・・でも飽きるくらい聞いたのは覚えてる。

まぁ、隣町の話だ。クラスの連中の中には二童町へ遊びに行ったり、もしかしたらそこに住んでいるやつもいるかもしれない。母さんの友達も、未だに連絡が付いていないそうだ。


「日本は世界一安全な国」等という昔のフレーズを馬鹿正直に信じていない僕は、世界中皆が僕みたいな人間だったら、永久に平和なのに。そうしたら、どんな世界になっていくだろうか。と、本気で考えた事すらある。

ま、別に僕になんかあるわけでもないし、どうでもいいんだけど・・・。

隣町である二童町では登校禁止となり、1日早い夏休みになったそうだ。

夏休みになっても外出れないだろうし、可哀相だなぁ。


そんな事を考えながら、今日はカバンに古典の教科書をしっかり入れてきたことを確認し、そして中間テストも終わって古典の授業が夏休み明けまで無いことに気づいて、うなだれたりしていた。


と。

その時。

視界に何かが入った。

何かが教室の窓を横切ったのだ。


一瞬だったけど、多分間違いない。

それは人影に見えたといえば見えたし、見えなかったといえば見えなかった。

ほんとに一瞬だったし、何よりここは4階である。

「・・・?」

その時、僕は大して深く考えもせずに、トイレへ行くべく席を立った。


2022年7月29日 千葉 午後0時1分

2階と3階をつなぐ階段を下っていく途中、僕の足がピタリ止まった。


「あ・・・・ぁぁぁぁ・・・!」

僕は完全に忘却してしまっていた。今日は月末の金曜日。

超々人気の菓子パン「ベリーベリークリーム」の・・・搬入日!


「っぉぉぉぉぉぉー!!」

僕は走ったいや走っていた。それはもう獣みたいな(つら)で。

目を血走らせ、奇声を上げながら、靴紐が途中でほどけたけど、もうそんなのは気にしていられない!


あれは・・・駄目だ。あれは、人を駄目にする。虜にして離さない。

噂によると、先輩達の代の頃には一つのパンを求めてクラス間で紛争が勃発したとか。

後にその戦争が「ナナイチ(七海(ななみ)第一高校)テロ」とか、かなり不謹慎な名前がついたそうだ。

だが!あのパンが来る日を、学生達は胸を時めかせて待っている!そしてそれは僕も例外じゃない!


陸上部なんか目じゃないぜチックショーとか脳内物質がいろいろ分泌されまくった僕はよく分からない事を考えながら、自分でもとんでもないと思う速度で1年生達の教室前の廊下を走る!(はし)る!


尚も速度を上げ続ける僕は、突如左に折れて1年C組に突入する・・・飛び込み前転の形で!

ドサッ!!

突如入ってきた、自分のクラスじゃない人間に、1年C組諸君の視線が集中する。

だが、入室から間を置かずに、バッ!と視線を前へ向けると案の定。

校庭側の窓から見える風景は、一階の校庭に面した狭い購買に向かって走る、人、人。人!


よく見れば、正門の方向からはナナゴウ(七海総合高校)の制服を着た連中もチラホラ。

そう、「ベリーベリークリーム」はこのナナイチ購買部が独自のルートで仕入れている菓子パンなのだ!


あまりの美味、あまりの依存性、そして定価105円!!

一部の話では、購買のおばちゃんが実はマフィアと繋がってて、南米ルートで空輸されてくる闇商品だとか・・・んなわきゃねぇよな。


だが甘い・・・甘すぎる!ベリーベリークリームの次に甘い!

単純に購買部を目指していては、階数が上である生徒ほど不利!

ましてや、5階建ての4階とあっては相当な不利!

ならば、頭脳戦勝負に出るまで!


1年生達は知らないだろう。ましてや2階という、購買部に最も近い階層。その余裕、そしてナナイチでの日が浅いという経歴。

発想することすら有り得まい!

実際、階段へ走る青臭い連中ばかり。


甘い甘い甘い!!

単純に走って購買部を目指すだけならば2階の廊下など通らずに、そのまま1階まで階段を下ればよかったのだ。だが僕はそれをしなかった!それがどんな意味か。

「ッてぇぁぁぁぁ!」

僕は、空を飛んだ。

飛んだ先には、購買部の屋根が!


ドスッ・・・スタッ!

目的地である購買部はこの1年C組の真下に位置しているが、2階から1階への階段出口が、購買部の真裏にあるため校舎を回り込む必要がある。

・・・つまり、このルートは回り込む分の距離を短縮することができる。


それだけではない。

購買部へ向かう生徒の数は計り知れない。その中を駆け抜ける事は相当な技と体力を必要とする!

僕の計算ではこの方法でおよそ83秒ショートカットができる!


かくして僕は。

誰よりも購買部に到着し。

財布を教室においてきた事に気付くのであった。


2022年7月29日 千葉 午後13時15分

「人間には三つのフィールドがあります。」


結局昼飯を手に入れることのできなかった僕は、全速力を出した反動(空腹)も相まってフラフラと自宅へ帰る途中。道端に居座る占い師っぽい人に突然話しかけられたわけで。


インチキ臭い占い師は、正にインチキ臭い事を話し始めた。

「あの・・・」


「一つ目は、物体の世界。私達人間が、意識下において最も長く滞在し、生()る者何人(なんぴと)も皆平等に存在する事を許される。言ってしまえば現実世界。」

鳥には羽が付いているから空を飛び。

魚には鰭が付いているから海を泳ぎ。

人には足が付いているから地を歩く。

そんな世界。

つまらなくて、くだらなくて、どうしようもなくて、無ければならない世界。

「はぁ・・・」


「二つ目は、記憶の世界。私達人間が、無意識下において最も長く滞在し、在り得る者から在り得ないモノまで皆平等に矛盾である事を許される。言ってしまえば夢の世界。」

鳥には足が付いているから海を泳ぎ。

魚には羽が付いているから地を歩き。

人には鰭が付いているから空を飛ぶ。

そんな世界。

どこまでも不可解で、不鮮明で、不明瞭で、あるはずの無い世界。

「そうすか・・・」


「三つ目は、物体記憶の世界。私達人間が、意識下においても無意識下においても、本来滞在し得るはずが無く、誰もがそこに存在するはずなのに、誰もがそこに存在することがありえない。言ってしまえば悪夢の様な世界。」

鳥には羽が付いているのに鳥ではなく。

魚には鰭が付いているのに魚ではなく。

人には足が付いているのに人ではない。

そんな世界。

全てが在り得て、全てが存在して、自分が他人で、他人は全員自分で、けれども全ての存在を否定する、あってはならない世界。

「・・・はい?」


思わず僕は素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げて聞き返してしまう。

そりゃそうだ。突然知らない人にそんな事言われたって誰が何を理解できようか。

そもそもこの人は一体何を言っている?僕に何をしてほしい?金ならないが。


「あの・・・ありがたーいお話を拝聞(はいぶん)しまして誠に恐縮なのですが、ワタクシは用事があるのでそろそろお(いとま)させていただいても宜しいでございましょうか・・・?」

「・・・」

「で、では・・・」


そう言って、半ば逃げ出すようにその場から競歩で立ち去ろうとする僕。

よくわからない事を言われた上に「金払え!」とか言われたらたまったもんじゃない。

君子危うきに近寄らず。ややこしい時には逃げるが一番。

僕はさっさとその場を通り過ぎた。


「・・・悪夢の世界へようこそ」

インチキ臭い占い師は、最後の最後までインチキ臭い言葉を僕の背中に投げかけた。

須藤すどう 伊織いおり

17歳

高校生

開始

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