揚介①
柏 揚介
17歳
男
高校生
開始ゼロ秒
2022年6月6日 千葉 午前11時6分
柏 揚介は腹を立てていた。
快速電車の止まらない駅から伸びる、昔ながらの商店街。
地元住民に昔から愛される店といえば聞こえはいいが、道行く若者は目もくれず、主な客層は高齢者の店ばかり。
店主の老齢化に伴い、シャッターの上がらなくなった店も少なくない。
そんな商店街の最奥にある、7階建てのショッピングビル。
客のほとんどが地元住人の、あまり流行っていない建物である。
揚介は、8月の茹だるような暑さの下にいるにも関わらず、真っ赤な長袖パーカーにデニム、ブーツといった出で立ちである。
見ている方が暑くなるような格好に加えて、彼はフードを目深に被っていた。
ガタガタとスムーズに開閉出来なくなった正面入り口の自動ドアをくぐって中に入ると、古い建物独特のにおいと、クーラーでキンキンに冷えた空気が出迎える。
揚介はスーパーの売り場を突っ切りながら1階の奥にあるエレベーターをまっすぐ目指す。
青果売り場で果物を見定めていた老婆は、そんな彼を見て顔を顰めた。
呼び出しボタンを押しすぐにチン、と音がして到着したエレベーターに乗り込むと6階を選択して、誰も乗ってこないことを確認してから扉を閉じる。
ゆっくり上がり始めたエレベーター庫内の気温はやけに低い
「・・・」
無言で立つ揚介
「・・・」
エレベーターのデジタル表示板上に2、3、4と青く表記されていく
「・・・」
揚介はエレベータ扉をじっと眺めている
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・」
突如、小さく「バン!」という音がした
「・・・」
数度明滅する天井照明
「・・・」
直後
「バン!バン!」
という音と共に
エレベーター扉の内側に真っ赤な手形がこびりつく
「・・・」
エレベーターの表示板が消灯した
「・・・」
幾度か天井照明が明滅した後
先ほどよりも、かなり薄暗く照明が光った。
エレベーター内の景色が突如変わっている。
「・・・」
白を基調とした壁だったが
剥き出しのコンクリート壁になっている
「・・・」
いつの間にか背後に
1人の少女が
立っていた
「・・・」
いつの間にか再点灯したエレベーターのデジタル表示板には
113と紫色で表記されていた
「・・・」
ガリガリガリ
シャリシャリシャリ
何かを引っ掻くようなノイズ音
「・・・」
微動だにしない少女
「・・・」
「バン!!バン!!バン!!バン!!」
先ほどよりも大きく
短い間隔で扉を叩く音
「・・・」
エレベーター扉に増えていく
無数の真っ赤な手形
「・・・」
再度天井照明が明滅すると
今度は赤く発光した
「・・・」
元のエレベーター庫内よりも
何故か一回り大きな空間になっており
「・・・」
大量の
少女に似た
何かが
ひしめき合っていた
「・・・」
エレベーターのデジタル表示板には
4153と赤黒い汚い色で表記されていた
「・・・」
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ
一斉に笑い出す何か
「・・・」
ギィィィィィィィィィィィィィ
ギィィィィィィィィィィィィィ
ギィィィィィィィィィィィィィ
もはや何の音かもわからない
耳障りな音が鳴り響く
「・・・」
エレベーターのデジタル表示板には
29444と見たこともないような色で表記されていた
「・・・」
再度の明滅の後
エレベーター内は
ふいに元に戻った
「・・・」
異音は消えている
エレベーターのデジタル表示板は消えている
「・・・」
エレベーターの扉には
まだ真っ赤な無数の手形が残っている
「・・・」
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!
突然、背後で何かが叫び声をあげた
「うるさい」
振り返らずに背後に手を伸ばし
声を上げた何かを掴んだ。多分、頭だ。
ギィエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!
ギリギリギリと掴んだ頭を握り潰さんと力を込めていく。
耳を劈くような悲鳴を無視し、振り返りざまに鼻先まで顔を近付けて、男は何かと目を合わせた。
その瞬間、何かは目と思われる部分を大きく見開き、苦悶の表情を浮かべた。
「殺す」
亡者の叫び声は、地獄の炎から伸びたような真っ赤な掌に握り潰された。
チン、と音がしてエレベーターの扉が開く。
彼はエレベーターを降りる。
すたすたと、ダンス仲間が働く店へ向かって歩き出した。
柏 揚介
17歳
男
高校生
開始9分