前説
まだ幕は開いていない
太陽はてっぺんにあり、今日もカンカン照りの暑い日差しを振りまいている。
湿った木々から漂う香りは、やや青臭く、今朝方降った可愛らしい小雨の、小さな足跡がそこにある。
ゴトゴトと、仕事場から町へ。
今朝の収穫を載せた荷車が、いくつも町の門をくぐろうとする。
農夫が引く荷車には、今朝取れた野菜が山のように詰まれている。
酪農家のそれには、動物の乳が詰め込まれた大きな入れ物や、今朝捌いた肉が見える。
近代的とは言い難い、どこか牧歌的な、絵画の中のような風景。
人々が目指す町の門の下に
空に向かって血を吹き散らす
3つの胴体が屹立していた。
命そのものが勢いよく溢れ出ていく、その赤黒い噴水を前に。
吐き気と、恐怖に、顔を引きつらせ、地面にへたり込んだ彼は、名を為ヶ井という。
頬を伝うのが
汗なのか
涙なのかもわからずに。
頭と
胴が
分断され
勢いよく血を吹き出す肢体から、目を離さずに
絶叫していた。
いや
それは絶叫ではなく
嘔吐だったのかもしれない。
肺の全ての空気を
胃の全ての摂食物を
脳の全ての混乱を
ただただ
吐き出すようだった。
その口から
ただ、ただ
声にならぬ声と
流動体を
吐き出し続けていた。
農夫が、酪農家が、役所の職員が、旅の者が
最初は門の前で喚き散らす為ヶ井に、注目した。
途中まで駆け寄り、
彼の目線を追いかけ、
その先にあるモノを見、
誰もが絶句し、
途中で足を止めた。
その中の一人、初老の男性が最初に我に返り彼に聞いた。
「あの」
まともな会話をする余裕など、為ヶ井にはなかった。
汚物にまみれた口元と恐怖に歪んだ表情のまま。
為我井は懸命に土の上を這って初老の男に接近し、その足に縋る。
ブルブルと、ガクガクと震えながら。
鬼気迫る姿に、声をかけた男は、大いに動揺した。
そして声をかけたことに後悔した。
地を這う死者が迫ってくるような非日常的な光景と、己の浅慮を盛大に後悔しながらも
咄嗟に続けられた男の言葉の続きは。
「なb」
何かを言いかけた為ヶ井の頭部が
突如
爆散することで止められた。
まだ幕は開いていない




