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ユィートネルムの唄を聴いて 第二部:緑の潮と蒼の声  作者: 千賀 万彩記
第二部:緑の潮と蒼の声

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9/9

8:ファートの時間、アルカの時間

 アルカの神託宣誓の準備は、順調だった。


「神託宣誓を分けておこなう」というアトリージュの案は、意外にもあっさりと王室や寺院、なにより国民から受け入れられた。

 アルサン王と王太子の崩御についても公開されたことで、混乱や要らぬ憶測はあったようだ。だが「アルカの神託宣誓さえ行われれば、これ以上の厄介ごとはない」と判断されたのだろう。 

 もちろんアルカを暗に次王へと推していた一派は、面白くないだろうが。


 それでも危惧していた『国民の反発』は、想定より少なかったのだ。ありがたいことに変わりはない。アトリージュはこの機を逃さぬと言わんばかりに、儀式の準備を急いでいた。




「アルカは、儀式の準備をしなくていいの?」


 寺院の一室で、ファートは訊ねた。そこはユタたち三人が使わせてもらっている来賓用の客間だったが、この数日アルカが入り浸っている。儀式も近いというのに、主役がこんなところで油を売っていて良いのだろうか。


「本来なら、関連する寺院への行脚やら、祈祷やら、挨拶まわりやら、山ほどやることはあるはずだけど。今回は『特例』ってことで、その辺りはばっさり省略したらしい」

「ふぅん。そうなんだ」

「ああ。だから、いつもの寺院のおつとめに神託宣言用の祝詞が加わるくらいで……あまり変わり映えはしないな」


 気だるげにつぶやくと、アルカは茶請けの菓子を口に放り込んだ。なんだか不満そうだ、とファートはいぶかしむ。


「なにか、気に食わないことがあるの?」

「う……」


 さくりと切り込んでくるファートに、アルカはたじろいだ。その頼りなさげな雰囲気に反してこの友人は、的確かつ一直線に痛いところを突いてくる。


「結局のところ、周囲の思惑に振り回されている自分に情けなくなっただけ。意気込んで『神託宣誓をします』って宣言したくせにさ。こんな風に何もせず、ただ寺院に引きこもってるんだ。何というか、……なんだか情けないだろう?」

「そうかなぁ? 儀式の前に引きこもるのは別におかしくないよ。それに、アルカの安全のためでしょう?」

「それは、そうだけど。そうなんだけど、そうじゃなくて……」


 アルカはもごもごと口ごもった。




「なんというか、不思議な感じだな。あの二人」

「何が?」


 ユタとアシュレイは同じ部屋の、少し離れたソファに座り、少年たちを見守っていた。


「いや。性格は全く違う感じなのに、妙に気が合ってるんだな、と思って」

「何か、通じるものがあるんじゃない? それにファートにとっては、初めての《ラゥの司ではない親しい人》だもの。仲良くなれるといいね」

「……心配か?」

「それはそうだよ。こればっかりは一度、痛い目を見ないと分からないかもしれないけれど。せめて……ね。」

「そうだな」


 三人は『アルカの護衛』という名目で彼に付き添っていたが、実際は「ファートとアルカの親睦を深められれば……」というアトリージュの心遣いでもあったのだ。


 彼らは友人になったとはいえ、ずっと一緒に居ることはできない。

 アルカの身分が高いこともあるが、ファートは《ラゥの司》だ。生きていく時間が、そもそも違う。ファートが望めば、ハーフェンに長期間滞在することもできるだろう。だがそれでは、何の意味もない。

 二人の時間がずれていくことに、本人たちがどう向き合うのか。その答え如何によっては、生涯の友人となることも、あるいは決別することにもなる。


「俺たちみたいなのが『そういう友人』と出会えることは少ないもんな。短い期間ならともかく、こっちの見た目が変わらないことに気づくと、大抵は距離をとられる」

「まあ、ね」


 ユタもアシュレイも、それについては何かしら『苦い経験』を抱えていた。『親しくしていた相手から、突然化物を見るような視線を向けられる』という経験は、慣れようとして慣れられるものではない。自然と周囲から距離をとるようになってしまう。もしくはルンファーリアのように、同じ境遇の者で集まるか、だ。


「ルンファーリアでは《ラゥの司》が結構いたんだろ? 周囲も慣れていたんじゃないか?」

「他と比べるとそうかもね。それでも奇異の目で見られることは多かったよ。それに『知っていて距離があること』と、『それでも受け入れられること』はちょっと違うでしょう?」

「あー。それは確かに。……そういえば、ファートはずっと子どもの姿なのかな? ユタの話を聞く限り、生まれてから成長はしてそうなんだろ?」

「どうだろう? 正直、よく分からないな。ファートの場合は特殊だけど、子供が《ラゥの司》になった場合、成長するかしないはラゥによるし……」

「へぇ。そうなのか」


 年端のいかない子供が《ラゥの司》となった時、そのまま姿が変わらないこともあれば、ある程度の年齢で成長が止まることもある。おそらく体力や体格の面で『より丈夫になってから変化を止めるか否か』という選択を、ラゥがしているのだろうと、ユタは勝手に考えていた。



 ファートとアルカが同じように過ごせる時間は、それほど多くないはずだ。限られた時間の中で、彼らがどのように関係を紡げるか。できることなら良い関係に落ち着いて欲しいものだが、こればかりは本人たちに任せるしかない。


 ただ、《ラゥの司》であるために時に取り残されていくファートと、特殊な身分のために友人を持つことが難しいアルカ。二人はその『孤独』によって、繋がることができるのではないかと、ユタはかすかな期待を抱いてもいた。


 見るとファートとアルカは、あいかわらず楽しそうにじゃれ合っていた。まるで白毛と赤毛の仔犬の兄弟だ。願うことしかできないが、「この時間がより長く続くこと」をユタは想ったのだった。





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