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8.お誘いの手紙


 アルベルトがクロシェット家を訪れた日から一週間が経った。

 その日以降、アルベルトのことを知るためにフィーネはアルベルトの住まうお城に行ったり、アルベルトと文通を始めたり、デートに行ったり、なんてことをすることはなく。

 魂が抜けたように過ごしていた。


 

 机に額をくっつけて腕はだらりと動きを失っている。机に突っ伏すその姿は貴族令嬢だとは到底思えない。

 礼儀作法に厳しい母が見たら長いお説教が始まるであろう格好をしながら、フィーネは盛大にため息を零す。

 

 以前、仕方なく参加したティーパーティーでどこかのご令嬢が『ため息をつくと幸せが逃げてしまうのよ。』と言っていた。

 その時の言葉がふとフィーネの頭をよぎる。しかし、あれはきっと迷信だろうと、もう何度目か分からないため息を零す。


 現在、フィーネはアルベルトに、あの場の勢いだけで『殿下のことが知りたいです!頑張ります!!』と言ったことを、盛大に後悔していた。

 

 アルベルトのことを無下にできないと思ったのも事実だ。そして、アルベルトのことを知りたいと思ったのも本当のこと。

 しかし、美味しいご飯を食べて、ゆっくりお風呂に入り、ふかふかのベットで眠り、朝が来て起きたら、あんなこと言わなければ良かったと思い始めたのである。


 第二王子の言葉を否定するなんてできない。

 だから、あの時の宣言じみたものはきっと正解だった。

 

 でも、婚約者になりたくないフィーネからしたら、知りたいと言ってしまったのは間違いだったのではないかとも思う。


 実際、正解も不正解もないということはフィーネも分かっている。

 残っているのは、言ってしまったという事実だけということも。

 しかし、婚約者になってしまった時のことを考えると、第二王子の婚約者は務まりそうになく、今から怯えているというのがフィーネの現状だ。


 そんなことをぐるぐると考えていると、コンコンというノック音。

 フィーネは慌てて起き上がり、姿勢を正す。

  

「どうぞ。」

「失礼します。」


 突っ伏していたことがバレないように、前髪を整えて、何食わぬ声で返事をする。

 優雅に入ってきたのはロナだった。


「お手紙をお持ち致しました。」


 ロナがニコニコとした笑みを浮かべながらフィーネに近づく。


「フィーネ様、また机に突っ伏していらしたのですか?おでこが少し赤くなってしまっていますよ。」


 フィーネは慌てて、おでこを両手でパッと隠す。

 フィーネの可愛らしい一面を見てロナは愛しい人を見るような柔らかい笑顔を浮かべて優雅に微笑む。


 ロナは銀のトレイに乗せられた豪華な装飾の手紙をフィーネに差し出した。


 手紙に手を伸ばすもその豪華な封筒には見覚えがあり、フィーネは不自然に手を止める。

 少し震えているフィーネを無視してロナは、フィーネの左手に手紙を乗せ、右手に銀のペーパーナイフを握らせた。


 フィーネはロナから無理やり渡されたペーパーナイフで手触りの良いの封筒を開けていく。


 丁寧に封筒から手紙を取り出すとほんのりと樹木のような香りが鼻腔をくすぐる。

 どこか気分が落ち着くような香りに、フィーネの中にあった怖いという感情も溶けていくようだ。


(良い香りだわ。お手紙に香りを添えるなんて、第二王子様はやっぱり気遣いのできる優しい人かもしれないわ。)


 綺麗に折りたたまれた手紙を丁寧に開く。

 一番最初に目に飛び込んで来たのは美しい文字と『愛しのフィーネ嬢へ』という、恋人に送るような書き方に驚く。

 香り付きの手紙といい、宛名といい、いつも冷たい無表情なアルベルトには不釣り合いで驚きを隠せない。

 権力(ちから)を使って代筆でもさせたのだろうか?そんな考えが一瞬頭を過ぎった。

 しかし、そんな考えを振り払うようにブンブンと横に首を振る。


 (こんな考えは第二王子様に失礼だわ。それに少し話しただけ、だけれど……。)


「代筆をするよな方には思えなかった……。」


 ポツリと呟く。

 その声はあまりにも小さく、隣で控えているロナの耳にさえ届いてはいない。


 美しい綴りの文字を目で追い続ける。

 手紙の内容は、デートのお誘いだった。


「ロ、ロナ。」

「どうかなさいましたか?」

「デ、デートに誘われちゃったわ!どうしましょう!!」


 焦ってワタワタするフィーネとは反対にロナはまぁ!と嬉しそうな表情だ。

 

 フィーネはどのように断るか考える。しかし、王子の誘いを断る方法など一つも浮かび上がらない。

 一方ロナは、フィーネをどう着飾るか、第二王子にフィーネの可愛さがどうすれば伝わるのかと、フィーネのデートのことをフィーネ以上に楽しみにしている。


「大変よ……。ロナ……。断る方法が一切見つからないわ。」


 ロナが不思議そうな表情を浮かべる。

 その顔はなんで断ってしまうのか本気で分からないという表情だった。


「ふふっ。フィーネ様は照れていらっしゃるのですね。」


 なんだかよく分からない方向に捉えだしたロナにフィーネはぎょっとする。

 しかし、ロナは焦っているフィーネには気づかずに続ける。


「安心してください。パーティー同様、フィーネ様のことを世界で一番可愛いお嬢様にして、第二王子殿下がフィーネ様にもっと心を奪われるように尽力致します。」

「それはありがたいけれど……。」

「どこへお出掛けなさるのですか?」


 普段、フィーネの言葉を最後までしっかりと聞いてくれるロナが口を挟んだことに違和感を覚える。


(ふふっ。はしゃいでるロナを初めて見た気がする。

 私のことでこんなに喜んでくれるんだもの。

 私も頑張らなきゃ……。

 それにしても、すごく楽しそう。

 きっとワクワクが抑えきれないのね。)

 

「デート先は書いていないの。明後日、時間が空いていればデートに行こうとしか……。」

「サプライズということですね。お任せ下さい。

 このロナ、行き先がどのような場所であろうと動きやすく、そしてフィーネ様の可愛らしさを最大限に生かして見せましょう!」

「ありがとうロナ。お返事を書くから少し待っていてくれる。」

「はい。」


 さすがに、愛しの王子様へと書くことはハードルが高い。

 それにまだ王子を好きではないのに愛しのと書くのも躊躇われ、親愛なるアルベルト殿下へと記す。

 その後は、当たり障りのない言葉を並べ、デートの誘いへの返事を書いた。


「ロナ。このお手紙をお願いね。」

「かしこまりました。それでは失礼いたします。」


 ロナは来た時と同じように丁寧にお辞儀をして優雅に出ていく。

 パタンと扉がしまったと同時にフィーネはおもむろに立ち上がり、ベットにダイブした。


 仰向けに寝転ぶと、フィーネのミルクティー色の髪は、波のようにシーツに広がる。

 枕の上に手を伸ばし、白いうさぎのぬいぐるみを優しく掴むと、ぎゅーっと抱きしめる。


「私のことが知りたいと言っていたけれど、まさかデートに誘われるだなんて思ってなかったわ。」


 フィーネはぬいぐるみに顔を埋める。


「初めてのデート。」


 デートという言葉を口にするだけで、なんだかこそばゆくて、ちょっと恥ずかしくて、でもソワソワもして、なんだか落ち着かない。


「考えただけで、緊張でとてもドキドキするわ。ウゥ……。今からこんなにドキドキとするのに、当日はどうなってしまうのかしら。」


 フィーネの頬は熟れたりんごのように真っ赤に染まって行く。


「あんなかっこいい人と一日一緒だなんて。心臓がいくつあっても足りない気がするわ。絶対に……。

 気兼ねなく楽しんで欲しいと手紙には書いてあったけれど、いろいろ不安だわ。私は所作だって美しくないし、お話するのだってそこまで上手くない。でも――」


「第二王子様のことをもっとよく知れたらいいな……。」



 

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