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5.第二王子様


 フィーネはぽかんと口を開けて、自分の耳を疑った。


(こんやく……?婚約……。それは、婚約者になって欲しいということ……?いいえ。そんなことないわ。

 婚約だなんて、聞き間違えに決まっているわ。だって、第二王子と私とでは釣り合わないもの。)


 一回で聞き取れないなんて怒られるのではないかと思いながら、ビクビクしながら無礼も承知でフィーネは尋ねる。


「す、すみません。よく聞こえなかったので、もう一度……お願いしてもいいですか……?」

「フィーネ・クロシェット嬢。俺と婚約してくれないか?」


 もう一度、アルベルトが真顔で答える。


「それは、婚約者になって欲しいということですよね……?」

「ああ。」


 無理です!と思わず叫びそうになるのをフィーネは何とかグッと堪える。

 そんなことを言ってしまえば、伯爵家など一瞬で消されてしまうだろう。

 いくら兄のガレットが第一王子に仕えていたとしても、王族は伯爵家をすことくらい容易くできる。


(ど、ど、ど、どうしましょう!!!第二王子の婚約者だなんて私には無理だわ!でも、第二王子からの申し出を簡単に断ることなんてできないのに……。)


 三十cmほど上にある、アルベルトの顔をチラッと見る。

 アルベルトは冷たい目でフィーネのことを見下ろしていた。

 凍てつくような冷たい目にフィーネの体は恐怖のあまりガクガクと震え始める。

 何か言わなくてはと口を開くも、上手く言葉が紡げずに口をパクパクとさせる始末である。


 恐怖と焦りからフィーネのピンク色の瞳が段々と潤み始めた。

 婚約を申し込まれて泣くなんて、不敬と捉えられても可笑しくない。

 唇をぎゅっと引き結び涙が零れないように、耐える。


「すまない。」

「え?」

「そんな顔をさせたい訳ではなかったんだ。すまない。クロシェット嬢、返事は今度でいいから、泣き止んでくれないか?」


 いつの間に涙が零れていたのだろうか。

 次々に零れていく涙を、アルベルトの手袋が吸い上げていく。


「わ、わたしの方こそ、ご、ごめんなさい。い、嫌なのではなく、あ、あの…。び、びっくりして……。」


 本当は第二王子の婚約者になんてなりたくない。

 しかし、そんなことを言っては家族が路頭に迷うこと間違いなしだ。

 王族とはそれ程までに恐ろしい力を持っている。


「こ、婚約のお話は一度、家族と相談させてもらうというのは、ダメでしょうか……。」


 フィーネは潤んだ瞳で、上目遣いにで尋ねる。


「あ、ああ。構わない。」


 アルベルトは視線を逸らしながら、手で口元を抑え言う。

 アルベルトの仕草はよく分からない。しかし、その言葉にフィーネは、ホッと安心する。 


「そうだな……。クロシェット嬢。明日、改めてクロシェット家へ行ってもいいだろうか?」

「へ?」


 思わぬ展開に、フィーネの瞳はうさぎの眼のようにまん丸になる。

 フィーネにうさぎのような長い耳がついていたら、ピンっとたっていたところだろう。

 それぐらい、フィーネは驚いていた。


「明日、改めて挨拶させてくれ。」

「はい。……分かりました。」


 挨拶に来なくていいです。なんて言えるわけもなくフィーネは頷いた。


「あの、私はこれで失礼します……。」


 そう言うやいなや、フィーネはペコッと一礼して、転ばないように足早にさって行くのだった。




♢♢

 

 

 一人バルコニーに残されたアルベルトはフッと笑みを浮かべる。

 どこか色気を含んだような、恍惚とした表情は、令嬢が見たらあまりの色気に卒倒間違いなしだ。


「第二王子様。こんなところでそんな表情を浮かべるのは危ないですよ?

 誰に見られるか分かりませんからね。」


 薄暗いバルコニーから、オレンジ色の瞳をした青年が現れる。

 飄々とした笑みを浮かべ、どこか嬉しそうだ。

 

「危険な表情を浮かべた覚えはないが……。」

「いいや。危険な笑顔ですよ。令嬢が見たらあまりの美しさに倒れるでしょうからね。」

「はぁ。ガレット、揶揄うのはよせ。」

「はいはい。普段からその表情を浮かべていれば怖がられることもなさそうですが……。

 アルベルト様はその辺の有象無象には興味無いんでしたね。」


 ガレットはやれやれと言いたげに両手を上げ、呆れたような表情を浮かべる。


「それで?俺の可愛い可愛い妹のフィーネとは婚約者になれそうですか?」


 軽口を叩きながらガレットは尋ねた。

 ガレットが軽口を叩こうがアルベルトは気にした様子もない。

 基本、ガレットは第一王子のロランと一緒にいることが多いが、アルベルトとも長い付き合いになる。これが二人の日常でもあった。

 

 アルベルトは眉間に皺を寄せて呟く。

 その表情は険しく恐ろしい。フィーネがこの場にいたらガクガクと震えていることだろう。

 

「婚約を申し込んだが、家族と相談したいと言われてしまった。」


 思いもよらない(フィーネ)の返答に、ガレットは大きく目を見開いた。


「はあ?アイツ……。相手は第二王子だぞ?何をやってるんだ。せっかく俺が手を回したというのに……。」


 ガレットは大きくはぁと息を吐き出す。


「それで、許可したんですか?」

「泣かせてしまったしな。許可した。明日、家に行く約束もしてある。」

「ったく。フィーネはいつまで経っても相変わらずだな。」

「だが、そこが可愛いのだろう?」


 それはアルベルトだけだろう。という言葉をガレットは飲み込み、「はいはい、そうですねー。」と投げやりに言った。


「ここまで力添えしたんですから、絶対フィーネをものにして下さいよ。」


 ガレットは今まで、フィーネとアルベルトをくっつけようと必死に動いていた。ということは全くない。

 アルベルトがフィーネに執着しているのは知っていたが、それだけだった。


 今回、ガレットがやったことは、二つだ。

 フィーネをこの会場に連れてくること。

 そして、フィーネが行きそうな場所をアルベルトに伝えることだけである。


 このパーティーを企画したのは、第一王子のロランと国王陛下と王妃だ。

 

 アルベルトに気になる人がいると、それがガレットの妹であると知った時のロランの行動は早かった。

 すぐにガレットを呼び出し、フィーネの性格を聞き、パーティーという逃げられない場所を作り出した。

 

 アルベルトに婚約者ができるのならと、国王陛下と王妃もすぐにパーティーの許可を出した。

 

 ロランの婚約者、クラリスもアルベルトに想い人がいると聞いた時は、目をキラキラと輝かせていた。

 そして、女の子が好きそうな可愛らしい会場にしようと、楽団の音楽から会場の雰囲気作り、お菓子など、全てクラリスが手を回した。


 このように、フィーネを捕まえるためだけに、大規模な第二王子の婚約者を決めるパーティーは作られたのである。

 

「ここまでしてもらったんだ。フィーネを絶対に婚約者にしてみせる。それより……お前は、可愛い妹が誰かの、王子の婚約者になるのは複雑では無いのか?」


 美しい薔薇が咲き誇る庭園を背にアルベルトは、バルコニーの手すりに寄りかかる。

 アルベルトの真っ白の長い髪が夜風に吹かれ、サラリと揺れた。

 

「俺はそこまで妹のことを溺愛してませんので。王家の繋がりのために妹を売るような男ですよ?」


 アルベルトはフッと鼻で笑う。


「それでも、変な男には渡さないんだろう?」

「あははっ。臆病で泣き虫で困った妹ですよ?でも、大切な妹なので、幸せになって欲しいとは思ってますよ。」


 そう言って笑うガレットの瞳は慈愛に満ちていて、フィーネのことが大切だという暖かい想いが伝わってくる。

 

 ガレットはアルベルトの隣に移動すると、上を見あげた。

 美しい星がキラキラと輝きを放っている。

 

「……本当に俺でいいのか?」


 ガレットは星空からアルベルトに視線を移し、心底呆れたような顔をした。


「ははっ。フィーネのことを離す気がない人に言われてもねぇ……。まぁ、王子であってもフィーネを傷づけたら許しませんけどね。」

「絶対に傷つはしない。」

「知ってます。」


 どこか揶揄うように言うと、ガレットは「それじゃあ、俺はこれで。ロランに呼ばれてるんで。」とヒラヒラと手を振り、暗闇に消えていった。


 

 またも一人残されたアルベルトはフッと目元だけ細めて笑う。


  

「あぁ……。これでやっと、君が手に入るな……。フィーネ。俺のフィーネ……。君だけは絶対に逃がさない。」


 

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