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4.パーティーへ

 

 キラキラと輝きを放つシャンデリアの光が、塵一つない磨きあげられた大広間の床に反射する。


 仕立てて貰ったばかりの、淡いピンク色のいく層にもフリルが重なったプリンセスドレスを身にまとったフィーネは、誰と話すこともなく一人佇む。


 フィーネのことをエスコートしていた兄のガレットは、何か企んでいるような笑みを浮かべてフィーネを見たあと、フィーネがほんの一瞬ガレットから目を離した隙に姿を消した。


 王命だから仕方なくパーティーに参加したが、こういった煌びやかな場がやっぱりフィーネは苦手だった。

 眩しすぎるシャンデリアの光から逃げるようにフィーネは会場の隅に寄る。


(私は壁の花。誰にも気づかれることのない壁の花よ。でも、地味な私が壁の花なんて不釣り合いだわ。壁の花というのは高嶺の花である女性が言われるものだもの。私はどちらかと言えば誰にも気づかれない空気。そうよ!空気よ!存在感を消して空気になりましょう。)


 誰にも話しかけられたくないフィーネは、空気に徹しながら当たりを見渡す。


 パーティー会場には、美しいドレスを身に纏った花のように可憐で優雅な令嬢達が集まっている。

 料理人が丹精を込めて作ったであろう豪華な食事には一切手をつけず、扇子を広げてお喋りに夢中だ。


 令嬢たちは皆、この場には居ないグレイシア王国の第二王子の話で盛り上がっていた。


 皆が王子の話題に出すのも当然だ。本人不在とはいえ今日のパーティーは、第一王子の婚約者を決めるために開催されたのだから。


 そんな話を遠くに聞きながら、フィーネは外の空気を吸うためにバルコニーへと出た。

 ギラギラと獲物を狙うような鋭い眼をしている令嬢達の輪の中に入る勇気をフィーネは持ち合わせてはいない。


 夜風がフィーネのミルクティー色の髪を揺らす。

 普段はハーフアップにしている髪は、今日は編み込みが施され上の方で美しく纏まっている。

 パーティーに行くのだからとメイドが気合いを入れてセットしてくれたものだ。


 心地よい夜風に身を委ねながらふと、赤い何かが下で揺れているのが目に写った。

 気になったフィーネがバルコニーから少しだけ身を乗り出し、下を覗くと美しい赤い薔薇が眼に入った。

 昼間の薔薇は太陽に照らされ生き生きとしていて美しいが、夜の薔薇は月明かりに照らされ、どこか幻想的な雰囲気が漂っている。


「……綺麗。」


 フィーネの口から思わず感嘆の声が漏れる。


「薔薇が好きなのか?」


「はい。可憐で美しくて好きです。」


 問われたことに思わず答えてしまい、ハッとして隣を見る。

 サファイアの宝石のように美しい水色の瞳がフィーネのことを無表情な顔で見ていた。


 誰もが見惚れるような端正な顔立ちをした男性は、雪のように真っ白な髪色をしている。

 白銀の美しい長い髪は後ろで一つに結われ、時折風がいたずらに揺らす。


 サファイアのように美しい瞳に、白銀のような真っ白の長い髪をした男性はこの国に一人しかいない。


 しかし、その男性はフィーネでは手が届かないほど、高貴な方だ。


 そんな人がバルコニーなんかにいる訳がないと、フィーネは自分の手の甲をぎゅっと摘んでみた。

 手の甲は赤くなりヒリヒリとした痛みを訴えってくる。

 痛みがフィーネに現実だと教えるが、信じたくないフィーネはサファイアの瞳から視線を下へと外す。


 シワ一つない真っ白なシャツにジャケット。紺のファーが付いた純白の重そうなマント。内側は水色で、彼の瞳と同じような色合いをしている。

 真っ白なシャツのボタンは上まできっちりと止められていて、紺色のズボンにシャツがしっかりと収まっていた。紺色のネクタイも緩むことなく首元でピシッと飾られている。

 きっちりとした着こなしは、男性の性格が真面目だと主張しているようだった。


「今度、見に来るといい。」


「へ?」


 男性の思いもよらない言葉にフィーネは間抜けな声をあげ、男性を見上げる。

 サファイアの瞳が夜の中でも輝いていた。


「うちの庭にも薔薇が咲いている。」


 男性が一歩フィーネに近づきながら問いかける。

 すぐさまフィーネは一歩下がった。

 フィーネのような伯爵家の小娘がこの提案を真に受け、ノコノコと庭園へと足を踏み入れたら貴族社会での笑いものになること間違いなしだ。


(もしかして、この方は私が想像している人物と違う方なのかしら?)


 庭園に気軽に誘うなら手が届かない方ではなく、割と身近にいる人物なのかもしれないと思い始める。

 だからといって、話したこともない男性の庭に行く勇気もない。


(わたくし)のような者が足を踏み入れるのは宜しくないのでは?」


 内心ビクビクとしているが毅然とした態度で言い放つ。


「心配いらない。俺が入れるようにしよう。」


 フィーネの遠回しの断りをものともせずの男性は、きっぱりと言う。


 困ったフィーネは男性の顔を見ていられなくて、ほんの少しだけ斜め下に視線をずらした。


 ふとフィーネの眼にある物が映る。さっきまでは気づかなかったが、存在感の放つそれは重そうなマントをしっかりと()()()()が刻まれた宝飾品で支えていた。


 国の紋章の入った宝飾品など、その国の王族しか身につけることが出来ない。

 紋章入りの宝飾品を見たフィーネはこの男性が、自分の思った通りグレイシア王国の第二王子、アルベルト・グレイシアで間違いないと確信した。


 主役である王子が何故バルコニーにいるのか、何故フィーネに話しかけたのか、庭園に誘ったのはどうしてか、気になることはたくさんあった。 

 しかし、その疑問は全て飲み込む。


 令嬢達が王子に気づいたら面倒なことになりかねない。

 押し寄せた令嬢に二人でいたことを責められるかもしれない。

 もしくは、フィーネの存在になど気づかずに押しつぶされるかもしれない。

 先ほど見た、令嬢達のギラギラとした瞳を思い出すだけで、背筋が凍るようだ。

 恐怖を感じたフィーネは、この場から逃げることにした。


 しかし、今フィーネの目の前にいるのは国の王子だ。何も言わずに立ち去ることは出来ない。

 無礼にならないようにドレスの裾を持ち上げ、美しくカーテシーをする。

 他の貴族よりぎこちない動作に嫌になるが、そんなことを気にしている場合ではない。


「せっかくのお誘いですが、部外者である(わたくし)が足を踏み入れることはやはりできません。(わたくし)はこれで失礼致します。」


 恐怖、不安、恐れ、それら全ての感情をを押さえ込み、フィーネができる精一杯の貴族の笑みを浮かべ挨拶をした。

 手も足もブルブル、ガクガクと震えていたが、気づかれないように精一杯やる。


 そして、フィーネは話しかけられぬうちにサッと王子に背を向けた。

 しかし、早く逃げなければと焦ったのがいけなかった。


「ひゃっ。」


 フィーネは、ドレスの裾を思いっきり踏んでしまった。

 しまった、と思った時には体が前に傾いていた。

 まだ地面に着いている方の足に力を込めて、倒れないように試みる。しかし、力のないフィーネでは自分の体さえ支えることが出来ず倒れゆくだけだった。


 痛みの衝撃に備えてぎゅっと目を瞑る。

 しかし、想像していた痛みが来ることはなかった。

 恐る恐る眼を開ける。

 眼を開けると男性の腕が、フィーネのお腹に回っているのが見えた。


「大丈夫か。」


 心地よい低音の声が耳元で聞こえてくる。

 突然、耳元で声を掛けられたことに、フィーネは驚き肩をピクリと揺らす。

 いきなり、王子に耳元で話しかけられたら誰でも驚きだろう。


「えっと……。あの……。」


 フィーネが倒れないように後ろから腕をお腹に回されている。それはまるで抱きしめられているようで、男性に免疫がないフィーネは上手く言葉を発することができず、その場で固まる。


 お腹に回った王子の腕。耳に触れそうで触れない、絶妙な位置にある王子の唇を意識してしまい、フィーネの顔や耳が苺のようにほんのりと赤く染まっていく。


「クロシェット伯爵令嬢……?もしかして、どこか痛めただろうか?」


 何も言わなくなった、フィーネのことが心配になりアルベルトは優しく声を掛ける。

 先ほどから、アルベルトの吐息がフィーネの耳をかすめ、フィーネの緊張もピークだった。


「あの!だ、だいじょうぶ、なので、その……は、離れてください!!」


 顔を真っ赤にしながらフィーネが叫ぶ。

 恥ずかしさのあまり、少しだけ涙が浮かんでいた。


「すまない。断りもなく触れてしまった。」


 フィーネから離れ頭を下げたアルベルトに慌てる。


「か、顔を上げてください!わ、わたしの方こそ、支えて下さり、ありがとうございました!おかげで、怪我をせずにすみました!!」


 毅然とした態度も令嬢としての話し方も全て放り投げて、フィーネはガバッと頭を下げる。


「クロシェット嬢に怪我がなくて良かった。」


 ホッとしたような声に顔を上げる。

 アルベルトは無表情のままだが、先ほどよりも柔らかい表情をしている気がした。


(冷酷で恐ろしい人だと思っていたけれど、そこまで怖い人ではないのかも……?)


 フィーネがそんなことを思っているとパーティー会場から優雅な音楽が流れ始めた。

 チラリと中を覗くと令嬢、令息達が優雅にダンスを踊っているのが見える。

 でも、大半の令嬢が誰かを探しキョロキョロと辺りを見回していた。


(きっと第二王子を探しているんだわ。)


「ダンス、踊りに行かないのですか?」


 助けてくれたし、優しい人だとは思うが、恐る恐る声を掛ける。

 王子に気軽に声を掛ける勇気もフィーネは持っていない。


「クロシェット嬢は?」


 鋭い目つきで言われたフィーネはビクッと肩を揺らす。


「わたしは、踊るのが苦手なので……できれば踊りたくないです。」

「そうか。」


 アルベルトの剣幕が少し緩む。

 なぜ、緩んだのかフィーネには分からないが、緩んだ気配にホッと胸を撫で下ろす。


 しかし、アルベルトが立ち去る素振りを一切見せない。


(どうして、パーティー会場に行かないのかしら?そういう演出?でも、婚約者を決めるのなら早く行った方がいいのではないの??)


 アルベルトとこれ以上、一緒にいるのは気まずい。

 何より、王子と楽しく会話などフィーネにできるはずもない。


「私、そろそろ戻りますね。助けてくださってありがとうございました。」


 優雅に礼をして、今度こそ立ち去りうとした時、パシリと手首を掴まれる。


「あ、あの……?」


 無表情な顔で185cmはありそうな高身長の男性。しかも、相手は王子。

 そんな人に見下ろされフィーネはビクビクとする。


 アルベルトは何を思ったのか突然、パッと手首を離すと、顔色一つ変えずに言い放った。


「フィーネ・クロシェット嬢。俺と婚約してくれないか?」


 

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