1.友人が出来ました
学園入学式。不安と期待に胸を抑えながら学園へと向かったフィーネは、ホールの指定された自分の席に座った。
昔からの友人なのか、お久しぶりと声を交わすものや、公爵令嬢や令息を褒め称える者。開式まで各々、自由に語らいをしてるホール内。
そんな中、フィーネはポツンと誰とも話すことなく席に座っている。
フィーネに友人がいないのは今に始まったことではなかった。
前を見ても、後ろを見ても、右を見ても、左を見ても、もう既にグループができているのかフィーネのようにポツンと座っている人はいない。
(一人でいるのは悪いことでは無いはずなのに……。何故かしら?とても居心地が悪いわ。)
誰かと話さなければと強迫されているような雰囲気に気圧される。
しかし、自分から話しかける勇気もなく、フィーネは平静を装い手元のプログラム表を眺めた。
入学生を歓迎する演奏や学園長のありがたくも長いお言葉を一時間ほど聞き、入学式は何事もなく終了した。
入学式終了後。帰れると思っていたがそうでも無く。
担任の先生から学園生活の話があるということでクラスに集まったが、入学式同様フィーネはポツンと一人寂しく窓際の席に座る。
穏やかな風に揺られる木々。瑞々しく美しい花が花壇で揺れている。
窓の外を眺められるという救いがあるだけ、入学式よりまだ良い方だ。
「お隣座ってもよろしいかしら?」
窓の外をぼんやりと眺めているフィーネに話しかけてきたのは、縦ロールの金の髪に、長いまつ毛に象られた美しい紫の瞳を吊り上げた、いかにも令嬢という風貌の令嬢だった。
学園に来てから話しかけられるのは初めてで、緊張で口が乾き、心臓はバクバクとうるさく音をたてる。
席に座るという名目でも、せっかく話しかけてくれたのだ。
フィーネは緊張で震えそうになる声を何とか誤魔化し、口を開く。
「どうぞ。」
「フフッ。ありがとう。」
フィーネが短くもしっかりとした声色で返事をすると、彼女は優雅に微笑み隣に座る。
その動作一つ一つが洗礼されていて、とても美しかった。
美しい所作に見惚れていると彼女がバッとフィーネの方を向く。
フィーネの赤みがかったピンク色の瞳と彼女の気高い紫の瞳がパチッと合う。
「ねぇ。貴女のお名前を伺っても良いかしら?」
フィーネは慌てて背筋を伸ばし姿勢を正す。
普段から姿勢の良いフィーネの姿は大して変わっていない。気分的な問題である。
「申し遅れました、クロシェット伯爵が娘、フィーネ・クロシェットと申します。」
「まぁ!では、貴女が第二王子殿下の婚約者ですの?」
「は、はい。」
彼女の大袈裟な反応に肩がビクリと揺れる。
もしかしたら、彼女はこの婚約をよく思っていないのかもしれない。
「そう。貴女が……。」
彼女はそう呟くと、フィーネの頭のてっぺんからつま先まで観察した。
その視線が、何となくいたたまれなくてフィーネが俯きかけると、いきなりガシッとフィーネの小さな両手が彼女の温かい両手に包まれる。
「貴女のような可愛らしい方なら納得だわ!」
キラキラと輝きを帯びた瞳で見つめられていることも、彼女の予想だにしなかった言葉にもフィーネは呆気にとられ目をパチパチと瞬かせる。
第二王子の婚約者を決めるパーティーでギラギラとしたご令嬢がたくさんいた。
それはもう、獲物を狙う狩人のように。狙った獲物は逃がさないというように。目がギラついていたのだ。
そんな彼女達を間近で見た。だからフィーネは、彼女達がフィーネが第二王子の婚約者になったと知れば、よく思わない人も当然いると思っていた。
だから、彼女の反応は予想外のものだ。
「あの……?」
困惑しながら彼女に声をかけると、彼女は慌ててフィーネの手を離す。
コホンと咳払いをしたあと、キラキラした瞳から一変し美しくニッコリと微笑む。
「私としたことが……。ご挨拶がまだでしたね。私は、フレアヴァン公爵が娘、️️ラウラ・フレアヴァンと申しますわ。これからよろしくお願いしますね。フィーネ様。」
「は、はい!よろしくお願いします!」
挨拶を交わしたところで先生が入ってくる。
さっきまで、騒がしかった教室内は一気に静まり返り、フィーネも️ラウラから視線を外し前を向くのだった。
学園生活のルールや一年間の行事の説明。自己紹介の時は少し……かなり視線が痛かったが、無事に過ごすことが出来た。
「フィーネ様。せっかくお友達になったことですし、よろしければこの後、一緒にお茶をなさらない?と言いたいところだけれど、どうやらお迎えが来たようですわね。」
ラウラの視線を追うと、教室の入口にアルベルトが立っていた。
「ア、アルベルト様……。」
「フフっ。フィーネ様はアルベルト殿下に愛されているのね。」
ラウラの愛されているという言葉に、フィーネの頬が熱くなる。
「フフっ。頬を染められた姿も可愛らしいわね。」
「️️ラ、ラウラ様……!からかわないで下さい……。それに、️ラウラ様の方が美しいです。」
「まあ!ありがとう。」
アルベルトの方を一瞬見た、ラウラが小さな声で呟く。
「アルベルト様がフィーネ様をとても愛しているという噂は本当だったようね。」
「ラウラ様?何かおっしゃいましたか?」
首をこてんと傾げて尋ねるフィーネにラウラは思わず笑がこぼれる。
「こんなにフィーネ様を独り占めしていたらアルベルト殿下に怒られそうだと思っただけですわ。」
フィーネは理解していないようで、全く分からないというように困惑した表情を浮かべていた。
「フフっ。フィーネ様、お茶会はまたの機会に。新しくできた友人とのお茶会ができることを楽しみにしていますわ。」
「……!はい!私も、ラウラ様とお茶会ができることを楽しみにしていますね。」
フィーネがひまわりのように眩しい笑顔で頷く。
それを見たラウラも同じように笑顔で返す。
「ええ。それではフィーネ様。また明日。」
優雅に去っていく️ラウラを見送り、フィーネは入口で待っているアルベルトに駆け寄った。
「ア、アルベルト様。来てくださったのですね。」
「ああ。学園を案内しようと思ってな。」
近づくと、アルベルトがフィーネの髪を一束手で掬い、見せつけるように口付けを落とす。
周りからは『わー!』と黄色い歓声が上がり、見られているのは明確だった。
慣れていないフィーネはそれだけで、心臓がドキドキと高鳴り、見られているのが恥ずかしい。
「ア、アルベルト様。み、見られているのですが……。」
「ああ。そうだな。」
顔色一つ変えず、気にした様子も詫びれる様子もなくアルベルトが言う。
「さっきは誰と話していたんだ?」
アルベルト自身の左手をフィーネの右手に絡ませながら問いかける。
自然な動作で手を繋がれ心臓はバクバクと音を立てている。
しかし、ここで動揺するのはなんだか悔しくて、フィーネもアルベルトのようになんでも無いというように、手を絡める。
「フ、フレアヴァン公爵家の️ラウラ様とお話しておりました。」
アルベルトが右手を顎に当てて何か考え込む。
何かまずいことを言っただろうかと、フィーネはじーっとアルベルトを見つめた。
「フレアヴァンなら問題ないか……。」
アルベルトが小さな声で何か呟く。
小さな呟きが聞き取れず、フィーネが不安そうな表情を浮かべる。
「えっと……何かまずかったですか?」
アルベルトは第二王子だ。交友関係にも気をつけないといけないことはわかっている。
もしも、アルベルトがダメだと言うのなら残念だがラウラとは友人にはなれない。
「いや、気にする事はない。」
アルベルトの言葉にホッとする。
初めてできた友人を手放さなくても済みそうだ。
「友人になったのか……?」
「は、はい。初めてできた、お、お友達なのです。」
フィーネが照れくさそうに顔を赤く染めながら、嬉しそうに微笑む。
可愛らしいフィーネの表情を見た瞬間、もう我慢がならないとアルベルトはフィーネを自分の腕の中に閉じ込めた。
「アルベルト様!?」
誰もが通る教室の廊下で抱きしめられているのが恥ずかしくて、身を捩ってアルベルトから抜け出そうとするが、腕に力を込められてしまい叶わない。
「フィーネが可愛らしい表情をするからいけない。そんな表情は誰にも見せるな。」
そんな無茶なと思いつつ、フィーネは「はい」と一言呟いて頷くのだった。




