10.第二王子様の婚約者になっていました。
フィーネは必死で頭をフル回転させた。
何故なら、アルベルトと婚約を結んだ覚えが一切ないからである。
婚約者になって欲しいと言われていたが、書類に名前を書いた覚えもなければ、了承した覚えもなかった。
フィーネは必死にアルベルトと出会ったパーティーからこれまでの生活を思い返すが、婚約の書類のようなものに署名した記憶はやっぱり無い。
アルベルトが何か勘違いをしてるのではないかと、アルベルトを見るが、無表情にフィーネのことを見ているだけだった。
「殿下……。わ、私達はいつ、こ、こ、婚約者にな、なったのでしょう……か……?」
「つい先日、クロシェット嬢の父上から婚約の手続き書に署名されたものが届いた。だから、それを受け取り国王に受理させて貰った。」
アルベルトが何を言っているのか全く理解できず、フィーネは首を傾げる。
(お父様から婚約の書類を貰って国王がそれを受理した???それだと私はもう、国王陛下公認の第二王子様の……。)
婚約者になったという事実に驚きすぎて若干涙目になるフィーネ。
「あの、詳しい経緯を聞いてもいいですか……?」
「ああ。」
アルベルトの説明はこうだった。
アルベルトがフィーネの屋敷に行った日。フィーネとアルベルトの二度目の対面の日。
アルベルトはフィーネの両親にフィーネの気持ちが整い次第フィーネを婚約者に迎え入れたいと言ったそうだ。
それを聞いたフィーネの両親はたいそう喜び、すぐに婚約者としての書状が出せるように、婚約手続きの書類を送って欲しいとアルベルトに頼んでいた。
そして、アルベルトは城に戻ってすぐにクロシェット伯爵。フィーネの父に書類を送った。
そしてその書類は翌日、フィーネの両親の手紙と共にアルベルト手元に戻ってきていた。
そして、クロシェット伯爵からの手紙にはこう書いてあったと言う。
第二王子の婚約者は光栄なこと。
そして、家同士で婚約を決めるのは貴族にとっては普通のこと。
フィーネには言っていないから、殿下から伝えて驚かせて欲しい、と。
だから、フィーネの家族がフィーネの代わりに署名をして、フィーネの婚約者にしたのだという。
貴族同士の婚約は家同士で決めることが多い。
そのため、本人が署名しなくても伯爵であれば受理されてしまう。
アルベルトのフィーネの気持ちを待つという申し出は有難いことだが、フィーネの両親曰く、婚約者になってからでも愛は育めるから、これから、好きになればいいとのことだった。
「すまない。」
全てを話し終えたアルベルトが謝罪をする。
悪いのはどちらかと言うとフィーネの両親であり、アルベルトが謝罪する理由はない。
「あ、謝らないでください!殿下は悪くありません。」
「いいや。俺が悪いんだ。」
「ですが、殿下は私の両親に頼まれただけで――」
「それでも、書類を国王に渡さなければ婚約は受理されない。クロシェット嬢の意志を尊重すると言いながら俺は、早く俺だけの婚約者にしたくて、国王に書類を渡したんだ。」
無表情のアルベルトが後悔の滲むような表情を浮かべながら眉を寄せる。
でも、その表情はフィーネの目に入らない。
(どちらにしても、第二王子様からの申し出を断ることなんてできないわ。だから、遅かれ早かれ私はきっと、第二王子様の婚約者になっていた。
最初は怖かった……。怖かったはずなのに……どうして……。
こんなに胸がドキドキとするのかしら……?)
アルベルトの何気ない言葉に心を打たれたフィーネは突如として自分に湧き上がった感情に困惑していたのだから。
「……。」
数分経っても黙ったままのフィーネに不安を覚え、アルベルトはバツが悪そうに逸らしていた目をフィーネに向けた。
アルベルトの瞳に写ったのは、潤んだ瞳をして顔を真っ赤にさせているフィーネの姿。
勝手に婚約を決められて困惑しているとばかり思っていたフィーネが熟れたりんごのように顔を真っ赤にしている様子に、表情こそ変わらないもののアルベルトは内心驚いていた。
今すぐ、この可愛い婚約者を抱きしめてしまいたい衝動に駆られるが、驚かせて嫌われては困るとグッと衝動を抑え込む。
「クロシェット嬢。顔が赤いようだが大丈夫だろうか?」
フィーネは我に返り、パッと顔を両手で隠し俯く。
「体調はどこも悪くないので大丈夫です……。」
「しかし……。」
「本当になんでもないのです!」
「クロシェット嬢……。」
アルベルトの心配するような声にフィーネは顔を上げる。
先程よりも潤んだ瞳に、真っ赤な顔。しかも、フィーネとアルベルトの身長差はそこそこあり、座っていても埋まることは無い。
だから、自然とフィーネは上目遣いになる。
そんなフィーネを見て、愛おしい、可愛い、食べてしまいたい、可愛い、という思いがアルベルトの頭の中を駆け巡る。
しかし、その思考もグッとよそへ追いやる。
今は、こんな表情になっているフィーネの話を聞く方が大事だ。
「殿下が悪いのです……。」
「すまない。俺が何かしてしまっただろうか?」
何かしてしまったのなら直そうと、アルベルトが尋ねるが、フィーネはフルフルと首を横に振る。
「何もしていませんが……。言いました……。」
「言った……?」
「はい。……。………、………と。」
「もう少し、大きな声で言って貰えないか?」
「だから……。早く、お、俺だけの、婚約者にしてしまいたい……と……。」
アルベルトが放った何気ない一言。
独占欲を含んだその言葉に、フィーネは嫌がるどころか頬を染めて照れている。
アルベルトはとうとう耐えきれなくて、小さな体を優しく抱きしめた。
「え!?で、で、でんか……!?」
フィーネが驚きの声を上げるが、アルベルトは気のせずフィーネのギューッと抱きしめる腕に力を込めた。
アルベルトに抱きしめられるのはとても恥ずかしい。
しかし、フィーネは不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
それよりも、心臓がバクバクとしてどうにかなってしまいそうだ。
アルベルトも同じような思いにさせたくて、フィーネも恐る恐るアルベルトの背に手を回す。
が、やっぱり恥ずかしさが勝ってパッと手を離す。
「クロシェット嬢。いや、婚約者になったのだからフィーネと呼んでもいいだろうか?」
「ひゃ、ひゃい。」
男性からの初めての名前呼び。初めての呼び捨て。
しかも、相手は手が届かないような王子。
噛んだ上に、上擦ってしまった声を聞かれたことが、恥ずかしくて下を向こうとするが、アルベルトに抱きしめられそれが叶わない。
ならばと、フィーネは目の前にあるアルベルトの胸で顔を隠そうと、顔をアルベルトに擦り寄せる。
自分の心臓の音がアルベルトに聞かれるのではないかと思った。
しかし、この距離ならばもう聞こえているだろうと、フィーネは思い切ってアルベルトの胸に顔を埋める。
アルベルトの心臓も早鐘を打っていて、こんなに密着していれば、もうどっちの心臓の音かも分からなかった。
フィーネの可愛らしい思わぬ行動に、アルベルトは、今すぐフィーネのその可愛らしい唇にキスをしてしまいたい衝動に駆られるが、そんなことをしたら、フィーネが驚いて泣き出すことは目に見えていた。
大切にしたい。けれど、強引に奪ってしまいたい。
二つの気持ちがアルベルトの中でせめぎ合う。
しかし、やっと手に入れたフィーネを怖がらす訳にはいかないと、理性を総動員させ、何とか耐える。
その時のアルベルトは殺気立つような恐ろしい顔をしていたが、アルベルトの胸に顔を埋めていたフィーネは気づくことは無かった。




