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9.初めてのデート

いつもより少し長めです。



 フィーネがアルベルトにお返事の手紙を書いてから数日後。

 アルベルトとフィーネはふかふかの椅子に向き合うようにして座り、ゆったりと馬車に揺られていた。


 今日のフィーネの服装は、春らしいリネン生地のベビーピンクの長袖ワンピース。膝丈スカートの袖周りには、チュール生地のフリルがあしらわれている。

 首周りを飾るピンクの襟は花柄。胸元を飾るのは、大きめの肌触りの良い真っ白なシルクのリボン。

 腰にはベビーピンクの大きなリボンがあしらわれている。

 ベルト付きパンプスはブラウンと落ち着いた色合いだ。ロナが用意したパンプスは、どこに行くことになっても大丈夫なように、歩きやすいものになっている。

 フィーネのふわふわの髪はハーフアップにまとめられている。リボンの色は、冬のように冷たい青色。


 一方、アルベルトはいつもの堅苦しいマントや装飾などがたくさんついた如何にも王族らしい衣装ではない。

 第一ボタンが開いた白い長袖のシャツに、黒いスラックスといった休日らしい服装だ。少し暑いのか、袖口はまくられている。

 しかし、白銀の髪を束ねているリボンの色がマゼンタなのはアルベルトには少し不釣合いな気がする。



 アルベルトがフィーネを迎えに来てから、馬車に揺られること十数分。


(気まづいわ……。)


 窓からクロシェット領の街並みを眺めながら、フィーネはそっと息を吐く。

 

 馬車に乗ってからと言うもの、アルベルトは言葉を一言も発さない。

 以前、アルベルトはフィーネのことを知りたいと言っていた。だから、フィーネはてっきり会話をしてくれると思っていたのだが予想が外れる。

  

 そして、一言も言葉を発しないのはフィーネも同じだった。

 元々、内気な性格ゆえ社交の場に滅多に顔を出すことがないのが、フィーネ・クロシェットという令嬢である。

 何か話さなければと思っていても、話題が何一つ浮かばない。

 それに加え、狭い空間に二人きり。

 フィーネの緊張のピークはとっくの昔に達していた。

 会話をすることができなければ、アルベルトの顔もロクにちゃんと見ることができないでいる。

 


 クロシェット邸から近く、クロシェット領で一番栄えている街を出て、舗装されてないガタガタとした道に入っていく。

 さっきまで賑やかだった街の喧騒は消えて、馬車がガタガタと揺れる音と、フィーネ自身のドクドクうるさい心臓の音だけが聞こえる。


 ガタンっ。


 大きな石でも踏んでしまったのだろう。

 馬車が大きく揺れて、フィーネの体は前のめりに倒れる。


「大丈夫か?」


 心地の良い低音がフィーネの耳元で響く。

 咄嗟にフィーネの身体を支えてくれたのは、もちろんアルベルトだ。

 ガッシリとしたアルベルトの胸板に飛び込む形になったフィーネの心臓の鼓動が一段と早くなる。

  

「だ、だいじょうぶです。あ、あ、ありがとうございます。」


 カタコトになりながら必死にお礼の言葉を述べて、離れようとするが、アルベルトはぎゅっとフィーネを抱きしめて離してくれない。


「あ、あ、あ、あの。あの……。殿下、もう大丈夫なので離していただけると……。」

「ああ。すまない。」


 そう言うとアルベルトはフィーネをひょいと抱き上げて、隣に座らせる。

 しかも、アルベルトの左手はフィーネの左肩に回り、ガッシリ掴まれ身動きが取れない。

 

「で、ででで、殿下!?これは、いったい……!?」 


 なぜ隣に座らされたのか、この肩に回っている手はなんなのか、なぜこんなにも密着しているのか。

 いろいろな疑問が頭をぐるぐると回る。

 不安や恐怖よりも、密着しているという状況に恥ずかしさや緊張が顔を出す。


(うぅ……。どうして、こ、こんなに距離が近いの?ますます緊張してしまうわ……。それに、第二王子様は何だかいい香りがする。香水の匂いかしら?

 って、嫌だわ!これだと危険人物になってしまう。)


 アルベルトに向きかける思考を振り払う。


「この先の道も不安定だ。それに、クロシェット嬢がまたバランスを崩したら大変だろう?」


 アルベルトはさも当然と言ったように、顔色一つ変えず無表情のまま告げる。


 その気遣いは嬉しいが、それでもとやんわり反論しようとフィーネが口を開いたところで、馬車はゆっくりと止まった。


「着いたようだな。」


 アルベルトが御者も待たずに扉を自ら開けて、馬車から降りる。

 フィーネも外に出ようと、馬車から一歩足を踏み出すと突然、足が宙に浮いた。


 驚いてる間に、ふんわりと馬車から下ろされる。と同時に木々や草花といった森特有の自然の香りが、鼻腔をくすぐった。

 でも、それは嫌な香りではなく、自然豊かなクロシェット領らしい香り。いつもなら、心が落ち着くがいろいろなことが起こりフィーネの心臓はバクバクとしたままだった。


「私、一人でも降りられるのですが。何故……?」


 持ち上げたんですか?と言うのはどこか気恥ずかしく、一度開きかけた口をもごもごと閉じて、言葉にならない。

 それでも、フィーネの言わんとしていることが伝わったのか、アルベルトが口を開く。

 

「俺がやりたかっただけだ。」


 やりたかっただけでそんなことをされては、心臓がいくつあっても足りないとフィーネは思う。

 何を返したら正解なのか。この言葉にもきっと正解なんてない。

 フィーネは無難に感謝の言葉を述べる。

 

「あ、りがとう、ございます?」

 

 戸惑うような疑問形の感謝の言葉にアルベルトがフッと笑う。

 淡いアルベルトが笑顔を一瞬だけ浮かべたが、その柔らかい表情にフィーネは気づかなかった。


「クロシェット嬢。手を繋いでもいいだろうか?」

「手、ですか?」

「ああ。俺にエスコートさせてくれないか?」


 アルベルトが左の手のひらを向ける。

 その美しい所作はまるで絵本から飛び出してきた王子様そのものだった。


(さすが本物の王子様だわ。何をしていても美しくて……。第二王子様は私のことを婚約者に望むけれど、やっぱり、私には不釣り合いよ。

 それに、王子妃になる私なんて全く思い浮かばないわ。)

 

 そんなことを思いつつ、エスコートならとフィーネはぎこちない動きで、自身の右手をそっとアルベルトの手に乗せる。

 アルベルトの手は少し冷んやりとしていたが、そんなこと気にならないくらいフィーネは緊張していた。

 父や兄以外の男性にエスコートをしてもらったことがない。しかも、相手はフィーネを慕っているという。

 エスコートとは言えども手が触れているこの状況に、フィーネは緊張するのだった。


  

 美しい森の中を二人は無言で歩く。

 小鳥のさえずりや、木々が揺れる音に耳を済ませながらゆっくり進む。


 舗装されてない砂利道を歩き始め、フィーネの緊張も少し薄れてきた頃。

 アルベルトの一歩後ろ。手を引かれるようにして歩くフィーネの方をアルベルトがバッと振り返る。


「疲れたか?」

「いいえ。全く疲れてないので大丈夫です。」


(そういえば、全然疲れていないわ。第二王子様とは歩幅も歩くスピードも違うのに。合わせてくれているのね。)


 アルベルトの気遣いにフィーネの心がじんわりと温かくなるのを感じる。

 

 森の中を進んでいくと開けたところに出た。

 暖かい日差しが穏やかに降り注ぐ。

 

 アルベルトが連れてきてくれたのは、クロシェット領で最も美しいとされる湖だった。


「クロシェット嬢からしたら、見慣れた場所で面白みにかけると思うが。」

「確かに、この湖にはよく来ます。ですが、お気に入りの場所なので、第二王子様と来れることができて……う、嬉しいです。」

「そうか。」


 アルベルトは相変わらず無表情だった。

 このデートを含め、フィーネがアルベルトと会うのは三回目。

 初めて出会った時は、とても怖い人だと思っていた。アルベルトの表情は未だに冷たくて恐怖を感じ無いわけでは無い。

 冷たい目でじーっと見下ろすようにされると、やはり怖いと思う。今にも足がガクガクと震えそうになる。

 しかし、会って会話を重ねるうちに噂されるような冷酷な人ではないと気づいた。

 表情こそ冷たいものの、優しい人だと、今ならわかる。


 フィーネの中でアルベルトへの恐怖はだんだんと薄れていっていた。



 綺麗な湖の周りに咲いているお花を眺めたり、ボートを一緒に乗ったり、アルベルトと以外にも楽しい時間を過ごし、フィーネがアルベルトとスラスラと会話ができるようになってきた頃。太陽もいつの間にか真上にきている。



「そろそろ昼食にするか。料理長に頼んで用意してもらったんだ。」


 アルベルトに手を引かれ、フィーネは木陰へとエスコートしてもらう。

 いつの間に用意されていたのだろうか?そんな疑問が頭を埋める。

 目の前の木陰にはピクニックシートが敷かれ、バスケットには彩り豊かなサンドイッチとデザートのフルーツ。紅茶の用意までされていた。


(メイドさんがいることは知っていたけれど、これを準備するためだったのね。それにしても、すごいわ。いつ用意したかなんて全然分からなかった。

 でも、第二王子様とピクニックなんていいのかしら……?貴族はこういうこと、あまりしない気がするけれど。

 ……これを用意してくれたのは私ではなく、第二王子様だもの。王子様が望んだことなら平気よね?)


「クロシェット嬢?もしかして、気に入らなかったか?」


 突っ立ったまま黙りこくったフィーネにアルベルトが声をかける。

 

「い、いいえ!とっても嬉しいです!ですが、良いのでしょうか?」

「何がだ?」

「貴族の方はこういったピクニックはしないはずです。なので、殿下はいいのかなと……。」

「フッ。そんなことか。」


 アルベルトが目元を和らげる。

 ほんの少しだけれど笑っているのだろうなと思う場面は、たくさんあった。

 アルベルトの表情筋があまりにも動かず、何となく話し方が柔らかいから、楽しいのだろうとフィーネは判断していたのだが。


 今ここで見せたアルベルトの表情は明らかに笑っている。


(第二王子様が笑った……?笑ったりするのね。)


 今まで聞いてきた噂や、向けられた冷たい瞳からは考えられず、フィーネは思わず失礼なことを考えてしまう。


 でも、アルベルトが笑ったのは一瞬のことだった。すぐにいつもの冷たい無表情に戻る。

 元に戻ってしまった表情を見てフィーネは少し残念に思った。


「クロシェット嬢が気にすることはない。」


 アルベルトがフィーネの目線まで屈む。


「不安そうな顔をせず、楽しんでくれると嬉しい。」

「わかりました。お言葉に甘えてピクニックを楽しませていただきます。」

「ああ。」


 穏やかな風に吹かれながら、フィーネとアルベルトは並んで食事をする。アルベルトはハムや卵、チキンといったおかず系を。フィーネは生クリームやフルーツがたっぷりのデザートに近いサンドウィッチを。


 フィーネは時折、アルベルトの視線を感じながらも小さな口でもぐもぐと食べ進める。

 サンドウィッチを両手に持ち、小さい口で運んでいくフィーネ。その姿はまるでうさぎのようで可愛いと思いながら、アルベルトも黙々とフィーネを見つめながら食べる。


 多いと思っていたサンドウィッチはみるみるうちに減っていった。

  

 デザートのフルーツまで楽しみ、アルベルトが自ら入れてくれたありがたい紅茶を、フィーネはちまちまと飲む。

 第二王子に紅茶を入れてもらうだなんて、そんなこと恐れ多いと断ったが、押し切られてしまった。


 豪華で美しいティーカップを優雅に置く。

 すると、アルベルトがそれを待っていたかのように、フィーネの肩を引き寄せた。


 引き寄せられたと気づいた瞬間。フィーネの顔を勢いよく真っ赤に染まる。

 左をを見ればアルベルトの美しい顔が。右に向けばフィーネの肩に置かれているアルベルトの手が目に入り、触れられているところから熱くなっていく。

 

 馬車のように密室空間ではないものの、人気のない湖で密着するのは恥ずかしい。

 第二王子の護衛や側近と思わしき人、メイドもいるのだから、二人きりでは無いが、アルベルトの身近な人に見られているというのもフィーネからしたら恥ずかしくてたまらなかった。

 やっぱり離れてもらおうとフィーネは、恥ずかしいのをグッと堪えてアルベルトの瞳を真っ直ぐに見る。


「で、殿下……?なんだか、きょ、距離感がおかしくないですか……?」 

「普通だろう?」

「普通!?」


 こんな普通あってなるものか。とフィーネはアルベルトから離れようとする。だが、フィーネが離れようとするほどアルベルトの力が強くなっていく。


 いっその事、痛いと言ったら離れられるのでは無いかとフィーネは考えたが、痛くもないのに嘘はつけないと諦める。


「殿下からしたら、普通かもしれませんが……。私からしたら普通では無いのです!いくら普通と言っても、こんな……こんなにくっつく必要はないのではないですか……?」


 改めて口に出すと、今の状況が夢ではなく現実だという事実が伝わってきて、フィーネの頬はさらに真っ赤に染まっていく。

 アルベルトの端正な顔を見るのも、真っ赤に染まった顔を見せるのも恥ずかしくて、恥ずかしくて、フィーネの顔は下へと俯く。


「あるだろう?」


 思わぬ言葉にフィーネはガバッと顔をあげる。

 

「え?」


 アルベルトの顔が予想以上に近くてフィーネは顔を背けようとする。しかし、ゴツゴツと、でも長くしなやかで美しいアルベルトの手がフィーネの顔に添えられ、フィーネは顔を逸らすこともできないままその場に固まる。


 そして、王子はとんでもないことを言った。


 

「俺達は婚約者だからな。」

 

「……………………え???」


 自分の耳を疑いたくなるような衝撃な一言。

 フィーネはポカンと口を開けて、なんとも間抜けな声を上げることしかできなかった。




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