プロローグ
「フィーネ・クロシェット嬢。俺と婚約してくれないか?」
人気のないバルコニー。頭上には宝石を散りばめたようにキラキラと輝く星空が広がっている。
ほんの少し、足を踏み出せば華やかなパーティー会場だというのに、パーティーを楽しむ人達の声も、ゆったりとした曲調で流れるワルツも遠くに聞こえる。
国王陛下主催のパーティーから切り離されてしまったような場所で、伯爵令嬢、フィーネ・クロシェットは思う。
(どうしてこんなことになってしまったの……?)
フィーネは思わず頭を抱えたくなるのをグッと堪える。
そんなことをしたら、青色の冷たい目に射殺されてしまいそうだからだ。
185cmを優に超える長身の男性に、氷海のように冷たい目で睨まれる。
正確に言うと睨まれている訳ではないが、長身の男性に無表情で見下ろされているこの状況は、小柄なフィーネからしてみれば、睨まれてるとしか思えなかった。
辺り一面を凍てつかせることが出来てしまうようなサファイア色の冷たい瞳は、ただただ怖いとしか感じない。
フィーネは小さな体をさらに縮こませて、小動物のようにブルブルと震える。
プリンセスドレスだけを身に纏ったフィーネからすれば、バルコニーから吹き込む夜風は少し肌寒く感じる。だが、決して寒くて震えている訳では無い。
(バルコニーで少し涼んでいただけなのに、第二王子であるアルベルト様にいきなり婚約を申し込まれてしまうなんて……。)
婚約を申し込まれたのだから、返事をしなければならない。相手はこの国の第二王子なのだ。無視をするだなんて以ての外。
伯爵令嬢であるフィーネが第二王子である、アルベルトの申し入れを断ることは出来ない。
だから返事は、はい、しかないのだ。
でも、第二王子の婚約者など苦が重すぎる。
いっその事、走って逃げてしまおうか、とも考えたが不敬罪で家族諸共消される未来しか見えなかった。
フィーネは意を決して、アルベルトを見上げ口を開く。
しかし、王子の無機質な表情があまりにも怖くて、フィーネは上手く言葉を紡ぐことが出来なかった。
口を開いては閉じてを繰り返す。
その姿はまるで、水面で口をパクパクさせる鯉という、東の国の魚のようだった。
(国王陛下主催のパーティーだからと仕方なく参加しただけなのに、こんなことになるなんて……。)
次第に、フィーネのいちごのような甘さを含んだピンク色の瞳がじわじわと涙で滲んでいく。
フィーネは唇をぎゅっと引き結び、涙が零れないようにグッと堪える。
何故こんなことになってしまったのか、フィーネは混乱で鈍った頭を必死に動かす。
全ては一週間前に届いた一枚の招待状から始まった。