87話 老婆
最終回まで残り2話
一昔前、大陸北のプーナ神国にとある女の子が生まれて捨てられた。
自力では生きられないその幼い生き物を拾ったのはシエモス教の幹部の一人だった。
シエモス様の教えに乗っ取り、他者を助けるため――ではなく。
労働力としてこき使うためだった。
風の精霊のせいで痩せた土地に必死で生きているプーナ神国の民たち。
その心の拠り所はシエモス教だ。
他者を敬い、自分を律し、慎ましく生活する。
そんな教会の上層部ともなればもう聖人たちばかり――ということもなく。
民たちからの貢ぎ物、そしてシエモス神――闇の精霊の力で贅沢三昧な生活を過ごしていた。
その女の子はそんな幹部たちの雑用や無理難題を昼夜問わずにこなし、最低限の食事を与えてもらうという生活を70年過ごし老婆となっていた。
自分が老い先長くないことを悟っていた老婆は、これで生を全う出来ることに安堵――なんてしていなかった。
ずっと、ずっと……70年の間、憎悪を募らせていた。
いつか必ず自分をこき使う教会の幹部たちに復讐するのだと。
70年思い続けて……ようやくチャンスがやってきた。
教会の中枢、厳重な警備の奥に鎮座している闇の精霊像。
教会の幹部たちしか近寄ることの出来ない精霊像の部屋の掃除を任された。
老婆はこれまで従順に振る舞っていた成果が出たと、この機会に精霊像を破壊してやると意気込んで。
『良い憎悪だな……』
空耳かと思った。
しかし次の瞬間、自身の奥底から漲る力に気付いた。
暗い感情を糧とする闇の精霊に気に入られた老婆はその力を授けられた。
こうして『妄執の魔女』ゼラフは生まれたのだった。
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(スカフちゃんは私に初めて優しくしてくれた人。だから結婚すれば幸せになれる……なのに何なの、この小娘は!?)
式用のドレスを着たゼラフは憤る。
新郎の横に余計なメスがいるのを見つけたからだ。
(アラファ……あなたやっぱり私の、私だけの王子様を狙っていたのねえ!)
ザフト連邦で初めて見つけたときから警戒していた。
様子を探るために接近したときに気づけなかったのは痛恨の極みだ。
(この別空間の式場に入って来れたこと、感じる力からして精霊の力を持っているようだけど……関係ないねえ。絶対に殺して、スカフを守ってみせるわ……!!)
ゼラフとアラファ。一触即発の状態で先に動いたのはアラファだった。
アラファは自分の懐を探ってある物を取り出しながら――。
「急いでたからあまり用意出来なかったんだけど……これ。クッキーでも一緒に食べながら話をしませんか?」
そのように提案した。
「………………は?」
思考がフリーズするゼラフ。
「……あれ? クッキーは知ってますよね」
「も、もちろんよ。そうじゃなくて……」
「あ、出来の心配してます? この会議に来る前に作ったやつを保存していた物で自信作です。ちゃんと量もありますからね」
「…………」
「それとも毒とかの心配ですか? そんなお菓子を冒涜すること絶対にしませんけど……気になるっていうなら私から食べてみせて――」
「黙りなさい!!」
「うおっと!?」
声を張り上げながら飛ばした魔法を驚きながらもかわすアラファ。
「この期に及んでお菓子を勧めるなんて……あなた一体どういうつもりなの!?」
「……初めてザフト連邦でおばあさんと会ったときに言ったでしょう? 機会があればお菓子を振る舞いたいって」
「あんなお世辞を本気で?」
「お世辞のつもりは無かったので」
アラファの意志の固い目を見てゼラフはため息を吐いた。
「……はぁ、本気なのね。…………なら結婚式の祝儀として頂戴するわ」
そしてアラファからクッキーを受け取る。
「おばあさん……!」
「……ん、おいしいねえ」
一口かじったそのクッキーは今まで食べたどのお菓子よりもおいしい。
「そう言ってもらえると嬉しいです! ……あ、ほらスカフ王子も!」
「……今一体どういう状況になっている?」
アラファは話から完全に置いてかれている子供状態のスカフにもクッキーを一枚渡し、自身もクッキーを食べ始める。
しばらく三人の咀嚼音だけが闇の空間に響いて。
「……どういうつもりなの? こんな……完全に間違っている私に優しさなんて与えて」
ゼラフはポツリと内心を吐露する。
「私の夢はケーキバイキング……お菓子好きによるお菓子好きのためのお菓子が溢れる空間を築くことです」
対してアラファは夢を語る。
「……そう。良い夢ねえ。だったら尚更こんな私と関わっている場合じゃ無いでしょう? お菓子を作らないと」
「そんなことありません。大体、食べきれないだけのお菓子なんて今でも十分に作ることは出来ます。でもそれじゃ私の夢は達成出来ないんです」
「どういうことなのかしら?」
「お菓子があるだけじゃ駄目なんです。ただお菓子を食べたいならコンビニでお菓子をやけ買いすればいいだけです。
私の好きな人たちと一緒に、私の好きなお菓子を、共に楽しむ空間……それがケーキバイキングなんです。ゼラフさん、あなたもその一員になってくれると嬉しいです」
「……本気で言っているの? こんな私を?」
「何を言っているんですか。私たちもう色んな話をして仲良くなったじゃないですか」
「あれは……人となりやスカフとの関係を探るためでしかなかったわ」
「それでもあのとき退屈していた私と楽しいひとときを過ごした……それで十分です」
「………………」
アラファの心に触れたゼラフは。
「私ね。幼い頃に親に捨てられたの。拾った人は私を物として見て、世間からは認識されず、スカフちゃんからもただ助けが必要な人としか見られていなかった。
アラファ。私を私として見てくれた人はあなたが二人目だわ」
「二人目……?」
「ええ。クッキーを食べて思い出したの。
幼い頃私を捨てた母親。幼すぎて全く覚えて無くて、これまで生きてきて思い出すことも無かったのに…………思い出したの。
泣きながら、あの国じゃ高級品だったクッキーを、私に渡して、ただひたすらに謝りながら、去って行くあの後ろ姿…………私は愛されていたの」
心の内を埋め尽くす暖かな気持ち。
急速に力が抜けていく。
黒い感情がすっかり消えて無くなり、闇の精霊に見限られたのをはっきり感じ取った。
今までその魔力で時間を操作して保っていた肉体が急速に老いていく。
「おばあさん……おばあさん!?」
心配そうに声をかけてくるアラファ。
そうだ、最期にこれだけは伝えないと。
「クッキーありがとうねえ……ごちそうさまでした……」
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「おばあさん……」
アラファこと私は目の前で置いて朽ち果てて行ったおばあさんの姿に感傷に浸る。
「……終わったのか」
スカフ王子はポツリと呟く。
その次の瞬間、二つの出来事が同時に起きた。
闇の精霊によって作られていた空間の崩壊。
そしてスカフ王子にかけられた呪いの解除である。
「早くここから逃げないと!」
音を立てて崩壊していく空間に駆け出そうとするアラファに対して。
「うっ……ぐっ……そうか、呪いが無くなって…………でもこんな短時間で……魔力がっ…………」
スカフ王子はその場でうずくまり息も切れ切れになりながら、その身体が子供状態から大人へと戻っていく。
呪いからの解放、それ自体は喜ばしいことだがタイミングが良くなかった。
スカフ王子は先ほど闇の精霊による夜に触発されて子供状態になったばかり。そしてさらに呪いが解けて大人状態に戻るとなると、短時間に魔力を使いすぎである。
その結果魔力が欠乏したスカフ王子はそのまま気絶した。
「スカフ王子!? 大丈夫ですか!?」
アラファが慌てて近寄りその身体を揺するが反応は無い。
意識が無い上にその顔色も悪かった。崩壊する空間からはアラファが担いで逃げればいいが、魔力欠乏状態が続くのは良くない。
といっても魔力を補充するなんてどうすればいいのか、と右往左往するアラファに――――今現在アラファに力を貸している雷と水の精霊が呼応した。
「この知識は…………っ!?」
現状の対処方法について頭の中に知識が浮かぶ。
ならばすぐにそれをして窮地から脱出すべき……なのだが、その方法が問題だった。
とはいえその方法が問題で…………でも手段を選んでる場合じゃないし…………だとしてもこの方法は…………でも緊急事態だし…………。
「ああもう! スカフ王子、意識無いですよね!!」
やけくそになって叫ぶアラファ。当然スカフは気絶しているので返事は無い。
するとアラファは意を決して顔をスカフの顔に近づけていく。
魔力欠乏状態の対処法は単純で、魔力を分け与えることだ。
幸い、精霊から力を授かっているアラファには魔力が大量にある。
それを受け渡すだけだ。
だからその手段、魔力の通り道である口から口に吹き込むために。
アラファはその唇をスカフの唇に重ねるのだった。
明日も投下します。最終回です。




