8話 お菓子な連邦
翌日アラファは馬車に揺られていた。
「結構広いのね」
「王室御用達の馬車だからね」
「長い移動時間を快適に過ごしてもらうためだ」
王都を離れのどかな緑の中を行く馬車内にはアラファとスカフ王子と護衛のマギニスがいる。
行き先は今回の外交相手、ハルカネン王国の西に位置するザフト連邦。
現在アラファたちは馬車五台が連なって移動中であり、一番先頭が騎士団員、二番目が事務官、三番目がスカフ王子が乗る貴賓用でアラファもここ、四番目がアップルパイを含めた物資用、五番目が後方警戒にまた騎士団員が詰めているという編成になっている。
「この馬車団って結構大きな規模ですよね?」
アラファの素人目からしてもかなりの人員が割かれている。
「まあ物見遊山じゃないからね」
「外交特務室の立ち上げやアップルパイの調理で忙しなくて聞けてなかったんですけど、結局今回の外交って何をするんですか?」
「おおっとそういえば話してなかったね? いいよ、説明しようか」
パチンと指を鳴らしてスカフはノリノリで解説を始める。馬車内で出来ることも少ないし暇なのだろう。
「そもそもアラファは今回の目的地、ザフト連邦について知ってることは?」
「色んな果物が名産ってこと以外はさっぱり」
「一番最初にそれが出てくる辺り本当お菓子のことしか目が無いね」
「いやいや、そんな褒められても困りますって」
「褒めてないんだけど……まあアラファの言うとおりでザフト連邦は今回お菓子に使ったリンゴ以外にも、ブドウ、ミカン、モモ、パイナップル、イチゴ……など多くの果物が名産だね」
「うっ……聞いてるだけでよだれが……」
ハルカネン王国では果物はあまり流通していない。そのため果物を使ったお菓子を作って来れなかった。
アップルパイ以外にも色んなお菓子のイメージが沸いてくるが……それはそれとして疑問も沸く。
「でもそれっておかしくないですか? 寒い地域での栽培が適しているリンゴやモモと同時に暖かい地域での栽培が適しているミカンやパイナップルも名産って……」
「……驚いた。果物の栽培に適した気候まで知っているのか。……お菓子作りに関係するからか? 本当君の知識は偏っているな」
「え、ああ、まあ……」
転生前の日本では半ば常識なことが、この世界では相当マニアックな知識だったらしい。転生しているということを誰にも秘密にしているアラファは苦笑いで誤魔化す。
「アラファの言うとおり適した気候がバラバラな果物たちがこの地方で名産なのはおかしいけど……簡単な話さ、この地方は気候がバラバラなんだよ」
「……え?」
「ちょうど関所だ。国境を越えれば言っていることも分かるはずだ」
ハルカネン王国とザフト連邦の境の関所。外交の話が通達されているため特に止められることなく馬車団は通過する。
そうして踏み入れたザフト連邦の地。アラファは転生してからずっと王国で過ごしていたから外国に来たのは初めてだった。
「何かちょっと寒くないですか……?」
国境を越えただけで特に風景は変わっていないのに肌寒さを感じたアラファはストールを羽織る。
「ははっ、これくらいで対応してたらこの後大変だぞ」
「……? どういう意味で……?」
王子の言うことがいまいち掴めないアラファだったが、馬車団が森にさしかかりそれを抜けた辺りで実感した。
今度はストールがうっとうしく感じるくらい暑いのだ。
「な、何なのこれ……!?」
アラファはストールを急いで脱ぐ。
「王国と違ってこの辺りの精霊はいいかげんでね」
精霊。この世界のシステムで魔法が使えるのも精霊のおかげというくらいの知識はアラファも知っているが、気候にも影響を与えるようだ。
「森や山を越えただけで気候が真反対になるなんて珍しくもない。それぞれの気候を跨がるような居住地はどうしたって不便になるから気候ごとに人々が分断され集団としてまとまる。
でも悪いことばかりじゃなくて精霊による自然への恵みが強くてね。それぞれの気候にあった果物がよく育つ。
つまりはリンゴがよく育つ気候地域の一群、ミカンがよく育つ気候地域の一群、モモがよく育つ気候地域の一群…………といった果物ごとの集団が結集してザフト連邦は成り立っているってわけさ」