79話 お菓子なお菓子配り
アラファたちが廃墟で子供たちにお菓子を配り始めてから時間が経った。
「はぁ、もうお腹いっぱいで動けない」
「こんなに食べたの初めて」
「幸せだなあ」
望むだけのお菓子を与えられた子供たちはみんな満足気な顔を浮かべている。
「うんうん、やっぱりやって良かったわね」
アラファも釣られて笑みをこぼしていると。
「王国の菓子職人。また会いましたね」
シエモス教の聖女、カプラ神官が姿を見せる。
「あの人ってプーナ神国の代表の聖女様ですよね……!?」
「そう。……でもおかしい。会議に参加しているはずなのに」
ノーナとロチュがコソコソと話す。
「こんにちは、カプラ神官。……ええと会議に参加するんじゃ無かったんですか?」
二人の会話が聞こえたアラファはそのままカプラ神官に問う。
「会議は下賤な流れになったため欠席して代理の者を行かせました。そして神の声を届けるべき者を探していると、ここの噂が耳に入ったので訪れた次第です」
「布教活動ってことですか。……まあ何にしろちょうど良かったです!! ほら、見てください、この光景を!!」
「……どうやら子供たちがみんな満足しているようですね。あなたのお菓子によるものですか」
「その通りです!! あのとき中途半端な施しは争いを生むって言ってましたよね? だからちゃんとみんなが満足出来る量を用意したんです!!」
会議の下賤な流れというのも少し気になったが、それ以上にアラファにとってカプラ神官がこの場を訪れたというのは都合が良かった。
今回の件、発端は『お菓子は無益な物』と言ったカプラ神官によるもの。
アラファは『お菓子は無益では無い』と自分自身で納得するために今回のお菓子配りを考えたのだが、それはそれとしてちょうど張本人が来たのなら見返したくなるものだ。
「これだけの量を用意したのはかなり大変だったはず。簡単に出来ることではありませんね」
「でしょう!」
「お金の方はどうなっているのですか?」
「私、これでも王子付きの外交特務室で働いてるんですよ。きっちり給料はもらってますけど、お菓子の研究用の材料は用意してもらってるので普段使うことが無くて貯まってた分です」
アラファのポケットマネーの大部分が今回注ぎ込まれている。
「なるほど、重ね重ねあなたの本気度は伝わります。
――ですが、私の意見は変わりません。中途半端な施しは争いを生むだけだと」
カプラ神官が頑なに主張を続けたそのとき。
「あの……ここでお菓子を配っているって聞いたんですけど……」
廃墟に新たな人影が見えた。
大人の男性だが身なりは整っておらず、やせこけていて、声にハリが無く……見ただけで貧しいのが分かった。
共和国の貧困層は何もこの廃墟に住む子供たちだけでは無い。水の精霊の民が優遇され、雷の精霊の民全体が貧しくなっている。
大人だって満足に食べられず飢えている者がいる。
「町で噂になっていました。この廃墟でタダでお菓子を配っていると。きっと人が押し寄せるでしょう。その全てを満足させることが出来るのですか?」
カプラ神官が言っている間にも。
「本当にここ三日くらい水しか飲めて無くて」
「あ、本当にお菓子あるじゃん」
「何か配ってるんでしょ。ならさっさとよこしなさいよ」
お菓子を求めてドンドンと大人が詰め寄せてきている。
「人間の欲を舐めてはいけません。ここにいる子供たち以上の人が押し寄せるでしょう。どう対応するつもりですか?
子供たちしか救うつもりは無かった、いえ子供だから救ったのですか? 施しの対象を選り好みしますか?
お菓子がもう無くなったと言いますか? 既に満足した子供たちに怒りの矛先が向いたりしませんか?
どうしたって争いは起きるでしょう。だから欲を捨て去るのが一番良かったのです」
カプラ神官は神の教えを説く。
「……そうですね。カプラ神官の言う通りです。私ってそういうところまで考えが回らなくて。だから――本当みんなの言う通りになって驚いています」
対してアラファは特に驚いた様子も無く、握りこぶしでコツンと自分の頭を軽く叩く。
「みんなの言う通り……何を言って……」
僅かながらに狼狽した様子のカプラ神官。
「カプラ神官は言っていましたよね? 噂を聞いてこの廃墟までやってきたって。誰からその噂を聞いたんですか」
「それは町行く人が………………そうです、この廃墟の子供たちではなくて大人でした。そもそも子供たちは満足してまだ動けない。なのに噂が回るのが早すぎます――まさか」
「ええ。噂をばら撒いたのは私たち自身です。子供も大人も関係なく、みんなにこの廃墟に来てもらって、お菓子を食べてもらう。
それがサミーさんの提案です」
アラファは振り返る。
グズモ党の秘書サミーと話をしたのは昨日の舞踏会、ダンスを踊り終わった後、ノーナ含めて三人でデザートを食べに回ってるときだった。
『廃墟に住む子供たちにお菓子配りね。へえ、アラちゃん、そんなことしようとしてるんだ』
『そうなのよ。この舞踏会が終わったらお菓子を作って作って作りまくるわ!』
『でもそれだけで足りるかな』
『猛スピードで作りまくるわよ!』
『いや、アラちゃんの腕を疑っているんじゃなくて。それにもし話を聞いて、子供たち以外もお菓子ちょうだいって言ってきたらどうするのー』
『それは……それは……』
『考えてないんだ。……うーん、よし。あーしもグズモ党を挙げてそのお菓子配り手伝うよー』
『グズモ党を挙げて!? それは大事じゃないかしら!?』
『いいのいいの。貧困層の支援ってそもそもあーしたちみたいなところがやんないといけないのに。国外のアラちゃんにだけやらせるのがおかしいし』
『支援って……そんな大層な考えじゃなくて。私の個人的なことに手伝わせるなんて……いやそうしてもらえるとありがたくはあるけど……』
『じゃあ手伝うお返しにアラちゃんのお菓子のレシピ教えてよ。そもそも教えてもらえないと手伝えないってのもあるけど。アラちゃんのお菓子すごかったし、レシピ知れるだけでも十分価値あるし☆』
『それくらいならお安い御用よ! じゃあ手伝いお願いするわね!』
『任せてー』
「アラファ・ステンス。パラク宮殿の厨房で作ったお菓子、第一陣の到着だ」
ちょうどグズモ党に手伝ってもらったお菓子が大量に届く。サミーは大陸全土会議に出席しているため、連絡役は別の人だ。
「凄い量ね。噂のばら撒きも含めて本当助かるわ。さてじゃあ大人たちにもお菓子を配っていくわよ!!」
アラファはお菓子配りを再開していく。
純粋な子供たちと比べて、ひねくれたような態度を取る大人たちも中にはいたが、それでもアラファのお菓子の魅力には勝てず、徐々に笑顔が広がっていく。
「こんな光景が……あるのですね……」
目に映る大勢の人。全員が満たされた顔をしている。
シエモス教を信奉するカプラ神官には見たことの無い光景だ。
「見ていてどうですか?」
お菓子配りを休憩してアラファがカプラ神官に話しかける。
「『お菓子が無益である』神の教えは絶対です」
「むっ……」
「ただ、私個人の考えとして。あなたが『お菓子という神を信奉している』それは尊重したいと思います」
「……んー難しいけど……そうねお菓子は私にとって神様よ! 良いわね、それ!」
カプラ神官が差し出した手と握手するアラファ。
「それにしても盛り上がりすぎたな……この先大丈夫だろうか?」
「どうしたんですか?」
グズモ党の連絡役がアラファに声をかける。
「アラファ・ステンス。君は会議が終わったら王国に戻るのだろう? つまりお菓子配りは今回だけだ。グズモ党が定期的に支援をする予定ではあるが……ここまでの規模の支援はそうそう行えない」
「また今日みたいにお菓子たらふく食べさせろって言われたら困るってことですよね。えっと……それは……」
「……いえ、大丈夫でしょう。人間、そこまで落ちぶれたものでは無いですよ」
指摘にアラファが頭を悩ませていると、カプラ神官が割って入る。
「なあ、お姉ちゃん!! 次はいつお菓子もらえるの?」
そのとき少年が声をかけた。
「……ごめんね。お姉ちゃんは王国に住んでてね。明日には帰るの。だからお菓子配りは今日だけで……」
「王国? 分かった! じゃあ今度は僕が王国に行くね!」
「でも、王国と共和国は結構距離があって簡単に行けるわけじゃ……」
「大丈夫、僕頑張るから! いつか絶対に行くから!」
「っ……!」
キラキラと光る少年の瞳には力が籠もっている。
「だから、その……」
「ええ、分かってるわ。そのときはいっぱいお菓子を作って歓迎するわね!!」
アラファは約束する。
「一度与えられた施しを忘れられずに落ちぶれていく。あなたが懸念したような人ももちろんいます。
ただ彼ら貧困層はそもそも一度も与えられていない者たち。
一度満たされたという経験は今後頑張っていく活力にもなり得る……私はそんな人間の可能性の方を信じたいのです」
「……なるほどな」
カプラ神官の言葉に連絡役が頷く。
「あなたがこのお菓子配りを考えたんだってありがとうねえ」
「お姉ちゃん、大好き!」
「あんたは神様だ」
「そ、そんな……私はそんな大層な考えじゃなくて……」
「「「ア・ラ・ファ!! ア・ラ・ファ!! ア・ラ・ファ!!」」」
その後、アラファは今回のお菓子配りの発起人だということが知れ渡っていき、人々に囲まれて感謝の言葉を述べられたり、盛り上がって名前をコールされたりするのだった。




