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60話 お菓子な皇帝


 オグネー将軍の護衛の正体は皇帝だった。

 ポーディニア帝国のトップが何故こんなところにいて、護衛のフリをしていたのか。

 それも気になるところだったが……それ以上にソルト帝……いやシオタタケルと名乗ったことの方が気になるアラファ。


「…………」


 まさか皇帝は私と同じで元日本人……? 社畜とか言ってたし、風貌も失礼だけどくたびれたサラリーマンって感じだし。

 でも……だったら……つまり……どういうこと?




「っ、これは失礼しました!」


 結界に閉じ込められたり、いきなり護衛が皇帝を名乗ったり、色々と想定外の事態の連続だがスカフ王子は瞬時に状況を判断、目の前の皇帝が本物だとして跪こうとする。


「いやいや、いいんですよ。ここには人目もありません自然に接してください。偉そうにするのは性に合いませんですし」

「しかし……」

「それに護衛のフリなんてしていた私の方が悪いんですから」


 お気にせずと手を振るソルト帝。


「確かにそうだ、おまえが悪い。『会議に着いてきたい』だとか『自然な様子が見たいから護衛のフリをしたい』だとか無茶を言って」


 そんなソルト帝にオグネー将軍は嫌味を言ってるけど……皇帝相手に結構フランクに喋っていて……どういう関係なのかしら?




「お言葉に甘えて自然体で行かせてもらいます。それでどんな用でしょうか……王国の菓子職人、アラファに」


 スカフ王子が問う。


「え、スカフ王子じゃなくて、私ですか!?」

「将軍がアラファを呼んだのは皇帝の命だろう。そして結界で人目を避けるなんて強引なことまでして姿を現した。何かアラファに話があるからじゃないですか?」

「話が早いですね。時間もそんなにありませんし助かります」


 スカフ王子とソルト帝がトントン話を進めていくけど……いや、私の心の準備が整っていないんですけど!?




「アラファさん」

「……何でしょうか?」


 皇帝は待たずに話し始めたためパニクりそうなところをどうにか治めながら返す。


 ポーディニア帝国の皇帝。そんな偉い人が……偉そうに見えないけど……私に対してどんな用件があるのか?

 ソルト帝はオグネー将軍の前に置かれていた皿から食べずに残っていた砂糖菓子を手に取って。




「立派な『キイチュウ』ですね。これはあなたが作ったんですよね?」

「……はい」




 やはり確定だ。

 私はその黄色いネズミのデザインを『キイチュウ』だと誰にも言ったことは無い。

 手伝っていたノーナとも『かわいいですね。それってアラファ先輩が考えたんですか?』『あはは、そんなところよ』くらいにしか話していない。

 なのに皇帝はピタリと名前まで当てた。

 日本のことを知る人にしか出来ないこと。


「やはりそうでしたか」


 ソルト帝はそのまま『キイチュウ』を摘まみ上げると自身の口に運ぶ。


「うん、おいしいですね。流石です」

「あっ…………」


 満足そうにしている皇帝の後ろで、かわいいもの好きの将軍が取っていたのに食べられて落ち込んでいる。




「…………」


 こんなときでも自分の作ったお菓子を褒められたことは嬉しいがそんな場合じゃない。

 皇帝の素性、元日本人だとしてどうして皇帝とまでなっているのか……色々疑問は浮かぶがそれ以上に気になるのは私への用件。


「アラファさんにお願いがあるんです。帝国に来てお菓子を作ってくれませんか?」


 ソルト帝は端的に述べる。


「どういうつもりですか?」


「そのままの意味ですよ。こう見えても私甘い物が好きでしてね。社畜時代、地獄の業務の合間、ご褒美のコンビニスイーツが無ければ私は死んでたでしょう。

 アラファさん、あなたはこの大陸で一番の腕を持つ菓子職人です。ならヘッドハンティングするのも当然でしょう。

 もちろん待遇は弾みますよ。偉ぶるのは苦手ですが、せっかく権力があるんですからこういうときにでも使わないと損ですからね」


 ソルト帝の話しぶりに裏は無さそうだった。

 いやそれは分かってた……さっき砂糖菓子を食べて浮かべた笑み、あれはお菓子好きじゃないと出来ない表情だ。

 話していて分かる。ソルト帝は強引じゃないし、野心もないし、独裁者でも無い。シオタタケルは日本でそれなりに見かけたただの善人だ。

 でも。


「帝国はこの大陸を支配しようとしていると聞きました。そんなところに行くつもりになれません」


 だからこそ帝国全体の印象とちぐはぐ過ぎる。




「……まあそれももっともですね。帝国も色々と問題を抱えてまして、私でもコントロール出来てないところはあるんですが……とは言い訳ですね。

 まあもちろん簡単に頷いて貰えると思っていません。王国への義理もあるでしょう。今日のところはとりあえず確認と話せただけで十分です」

「……申し訳ありません」

「いえいえ、こちらの方こそ急に巻き込んで謝らないといけないくらいで。

 ……そうでした、手間をかけさせたお詫びとお近づきの印を兼ねて渡したい物があるんです」


 急にポンと手を打つとソルト帝はカバンから袋を取り出した。


「何ですか、それは?」

「帝国で取れた物を加工したんですが……アラファさんの方がよく知っている物だと思います。いやはや食べる方ばかりだった私の拙い知識ではこれくらいがやっとでして。よければどうぞ」


 ソルト帝に促されるまま、受け取ったアラファはおそるおそる袋を開けると……記憶の中にある見知った香りが広がった。


「これは……!?」


 アラファは贈り物をその場で開けるバッドマナーを気にする余裕も無くして、その中身、黒く丸い物体を取り出して齧り付く。

 そして口の中に広がる味を分析する。




(処理が甘い、雑味がする、砂糖かミルクがもっと欲しい、昔食べた99%よりも酷い味……それでもこれは紛うこと無く――チョコレートだ)




 この世界ではカカオが見つからず作り出せなかったその味。お菓子の中でもかなりの部分を占める一大派閥。チョコレートでどれだけ作れるお菓子が増えるだろうか。

 先ほどの帝国内で取れた、と言っていた。つまり帝国に行けばいくらでもチョコレートを食べられるし作ることが出来る……?




「気に入ったようで何よりです。どうです帝国に――」


 アラファの心が動きそうな気配を見計らってソルト帝が畳みかけようとして。




「――そこまで。時間だ」

 遮る声が上がった。ここまでずっと静観していたマギニスだ。


「貴様、今皇帝が話しているだろう」


 水を差す行為にオグネー将軍もたまらず口を挟むが。


「だが最初に言ったはずだ。5分だけだと、それが今だ」


 マギニスは毅然としている。結界に閉じ込められてからの時間をずっと計っていたようだ。




「っ、だが」

「そちらの都合も考えてだ。王国トップの身柄を勝手に拘束しただけでも今頃周囲は騒動しているだろう。時間になっても出てこなかったらそれ以上だぞ」

「……それもそうですね。もっと時間を取っておくべきでしたか。オグネー、結界を解いてください」


 ソルト帝は顔を隠すために兜を被り直す。


「分かった。今解いて………………あれ?」


 不服そうだったが、皇帝の命は絶対のようだ。オグネーは従おうとしたが、首を捻る。




「まさか……」

「解除出来ない。……結界で遮断されたせいで模倣コピーが途切れたようだな」

「じゃあ閉じ込められたって事!?」

「結界に込められた魔力が尽きれば自然と消えるだろうが……それまでどれくらいかかるか」

「破壊を試みます!」


 マギニスは言うと結界に向かって勢いよく剣を突き立てるが傷一つ付かない。


「私も……!!」


 オグネー将軍もすごい力を込めて結界にこぶしを叩きつけるが弾かれるばかり。




「え、え、えええええっ!?」


 急に訪れた危機にアラファはパニクる。

 将軍やマギニスさんが傷一つ付けられない結界。いつかは自然に解けるって言うけどいつ? 次のお茶会もあるのに。

 いやそもそもそんな早くなかったとしたら? こんな狭い空間に五人。お茶は飲み干されているし、食べ物も今貰ったチョコくらいで、酸素とかもどうなるの?


「外から同じ結界魔法の使い手のロチュ君が解除するのは……出来るならもうしてるか。望みが薄いな」


 スカフ王子も事態の打開策を考える中。




「全く、オグネーはおっちょこちょいですね」


 ソルト帝だけは平常心だった。


「おっちょこちょいとか言うな!」


 将軍からの返しはやっぱり気安い。本当どんな関係なんだろうか。


「王国の皆さん。不安にさせてしまったみたいですが……大丈夫です」


 ソルト帝は結界に自分の右の手のひらを当てる。

 すると次の瞬間――バリバリ!! と結界に亀裂が入った。




「ええっ!?」


 さっきまでビクともしなかったのに!?

 驚く中、亀裂は結界全体へと放射状に広がっていき、粉々に砕け散った。

 真っ白な結界から周囲の庭園の風景が戻り、静寂から王国と帝国の人員が言い争いしていた喧噪が戻ってくる中。


「………………」


 オグネー将軍の背後でソルト帝は何事も無かったかのように護衛として無言で佇んでいるのだった。


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