2話 お菓子な出世
翌朝。
「ふふーん♪」
アラファ・ステンスは小躍りしたくなる気分をどうにか抑えながら王城の中を歩いていた。
手続きが必要とかで王子様に呼び出されたけど、それさえ終われば一日中お菓子を作ることが出来る! え、何これ、理想的過ぎる? 夢じゃないよね?
「いたっ!」
ほっぺをつねったことによる痛みで冷静さを取り戻したアラファは呼び出されたスカフ王子の執務室に到着。ノックをして応答を待つ。
「……何者だ?」
しかし、扉を開けて出てきたのは王子様では無かった。眉間にシワの後が強く残る武骨な男性が訝しげな視線でアラファを見下ろす。
な、何者なの、この男性は……!?
「ええと、その……」
アラファがどのように答えるべきか迷っていると。
「くすくす……マギニス。彼女は僕の客人だ」
笑いを堪えきれないといった様子で部屋の奥から愉快な声が聞こえてきた。
「っ……これは失礼。もしや……ステンス殿か?」
「は、はい……そうですが」
「話は聞いている。どうぞこちらへ」
マギニスと呼ばれた男性が先ほどと打って変わった態度でアラファのことを歓迎する。アラファがその勧めに従って部屋に入ると。
「ははっ、来てくれたね。アラファ・ステンス」
笑いすぎて滲んだ涙を拭いながらスカフ王子が迎える。
私とマギニスなる者の間に起きたトラブルを笑っている。本当に良い性格な王子様だ。
「スカフ」
「何だい、マギニス」
「先ほど言ったはずだ。貴様は『アラファなる老婦人がこの部屋を訪ねるだろうからそのときは迎え入れてくれ』と。……どこが老婦人だ?」
「ごめんごめん。言い間違ったみたいだね」
「ふんっ」
「いたっ!?」
「混乱する私たちを見るのが目的か? 全く……」
仏頂面で抗議したマギニスはそれでもヘラヘラが止まらないスカフにチョップを落としていた。
いや、気持ちは分かるけど王子様相手に手を上げるなんて――。
「全く、マギニスのチョップは痛いなあ」
いや二人の間では日常茶飯事のようだ。
「申し遅れた、私はマギニス・ベティだ。この馬鹿の護衛兼お目付役を担っている」
マギニスがアラファに向かって自己紹介をする。
「私はアラファ・ステンスです。今日はその……」
「聞いている。この馬鹿の悪巧みに巻き込まれた、と」
「悪巧みとは酷いなあ。ちゃんとした取引さ」
馬鹿、馬鹿と呼ばれても気にしないスカフ王子。護衛らしいがあまり上下関係の無さそうな間柄のようだ。
「ええ、そうですよ。スカフ王子には本当良くしてもらって……あ、これ頼まれてたものです」
持ち込んでいたバスケットをスカフ王子の前に下ろして中のお菓子をお披露目する。
「ほほう、これは初めて見るお菓子だな」
「ベルギーワッフルって言うんですが……」
手続きの際にお菓子を一つ持ってきて欲しいと頼まれていた物だ。
「うーん良い香りだ。早速食べて……いや検品しないとな、ほらマギニスも」
「いや、私はいい。職務中に間食はしない主義だ」
「やれやれ堅物だな。なら仕方ない……王子命令だ。食べろ」
「っ……」
「お菓子で外交を制する。話を聞いたときおまえは疑っていただろう? だが食べてみれば私の言いたいことが分かるはずだ」
スカフ王子の凄みが増す。横で見ているだけのアラファにも伝わるその迫力に、ただの愉快な青年ではなく国の威信を背負った王子だということを再認識する。
「……分かった。一つ頂く、ステンス殿」
「ええ、ええ、どうぞ食べてください」
「それでは僕も、っと」
そうしてマギニスとスカフの二人がワッフルを手に取る。
考えてみると私のお菓子って男の子状態の王子しか食べたことなかったのよね。それがいつの間にやら堅物護衛と愉快な王子二人に評価されるという事態になっている。
そのことに緊張やらを覚える前に二人は同時にワッフルを頬張り。
「これは……!」
「いつもながらおいしいね」
目を見開くマギニスに上機嫌なスカフ。言うまでもなく満点の評価のようだ。
二人はそのままペロリとワッフルを食べ上げる。
「……ここまでおいしいと思えるものを食べたのは初めてだ」
「だろう? アラファのお菓子はすごいんだ」
マギニスの胃袋も一発でわしづかみにしたアラファ。スカフがそれを得意がる。
「そこまで褒められると照れますが……」
「何を言う、アラファ。君のお菓子は素晴らしいんだ」
「そ、そんなこと……」
「自信を持て! 世界で一番だと!」
「あるんですかね、へへっ」
乗せられて気分が良くなったところに。
「ああ。そんなアラファに……いや外交特務室長アラファに指令だ。
一週間後、私は少々問題が起きている隣国、ザフト連邦を訪問する。
それまでに手土産として持参するとっておきのお菓子を考えて欲しい」
「そんなのこのアラファ様に任せて…………へ?」
何やら大きな仕事が任された。