13話 お披露目
『そのリンゴを我が国自慢の菓子職人に作らせた『アップルパイ』。精霊への奉納だけで無く、手土産として皆さんにもいただいてもらいたく持参しました。どうぞご賞味ください』
壇上に上がったスカフ王子の言葉をきっかけに給仕たちが会場にアップルパイを配り始める。
「さあここからだ」
スカフ王子は誰にも聞こえないように呟く。
ザフト連邦の内情は調べさせたのでよく知っている。各村が自分の名産の果物に誇りを持ち、余所の果物は認めず食べるなんてもってのほか。
故に普通にアップルパイを振る舞っても仕方が無い。食べさせる理由が必要だ。
だからこそこうして僕はここにいる。ハルカネン王国の王子の手土産、手を付けないと礼を失するという状況が必要だった。
……まあこの様子を見る限り必要なかったかも知れないけどね。
昼食会が始まってからかなり時間が経っている。参加者の多くはお腹も満ちてきている。
それでも抗えない香りの暴力。各所で結界魔法が、アップルパイの時間停止が解除されて、閉じ込められていた焼きたての香りが漂い始める。
最初は怪訝な目を向けていた者も給仕が切り分けるのを見ながらごくりと生唾を呑んでいる。
そして手に渡るや否や待ちきれないとアップルパイを食べ始めて。
「ほぅ……」
「うまい!!」
「何だこれは……!?」
各所で絶賛の声が上がる。
その美味しさにその場で放心する者、ペロリとたいらげてもう一切れもらおうとする者、どのように出来ているのかじっと断面を見つめる者……行動は違うがいずれもアップルパイの虜だ。
まあじっと観察している人たちはこのアップルパイの価値に気付いて、自分の村の果物でも再現出来ないか……って考えてる人もいるんだろうけど無理だね。
スカフ王子は事前にアラファにアップルパイの作り方を聞いていたがその行程のどれもが考えたことも無いものだった。
食感を良くするために薄い生地を無数に重ねる、リンゴの味を最大限に活かすための調味料の分量、焼き上がりのつやを良くするために卵黄を塗る。
聞いて意図を理解することが出来ても、自分が無からそれを思いつけるかと言ったら絶対にNOだ。
まるで長年かけて洗練されたレシピ……をどうしてアラファが知っているかは謎だが……その複雑さにこうして振る舞っても簡単にマネされる恐れが無いのはありがたい。
「王子……どういうつもりだ?」
護衛のマギニス、壇上でもずっと後ろで控えていた彼の隠しきれない怒気を含んだ声。未だ壇上にいるのに話しかけるなんてとは思うが、誰もがアップルパイに夢中になって、注目されていないと判断したのだろう。
「というと?」
マギニスの言いたいことは分かっていたが、それでもとぼけるスカフ王子。
「アップルパイの半分は精霊への奉納、もう半分は協力してくれたリンゴ村の人たちに配る……という話だったはずだ」
確かにマギニスにはそのように言いくるめていた。
「方針転換したんだ。道中でアラファにも言ったとおりだ、ザフト連邦のみんなに喜んで欲しかったんだよ」
「このようにリンゴ村の長と並んで力を誇示するように発表することで喜んでもらえると?」
「力ある者に支配されるのも一つの幸せじゃよ」
スカフ王子とマギニスのバチバチの言い争いに、横入ったのはリンゴ村の長デニサ・ヤコブ。20代後半ほどの女性、村長としては若い方だ。
「あら聞こえていたかい?」
「っ……すみません、護衛の身で出過ぎたことを」
「よいよい。王子よりお主らの関係は聞いておる」
デニサは機嫌が良い様子で続ける。
「スカフよ。みんなアップルパイに夢中でお披露目は完全に成功した。これもお主のおかげじゃ」
「これはこれはもったいないお言葉です」
「無論、ここから各村長と交渉も必要じゃろうが……その前に件の菓子職人と会いたい」
「僕も相談したいことがあったんです、彼女を連れてこの後伺います」
「分かった」
デニサとスカフの悪巧みは止まらない。
スカフは広場全体が未だにアップルパイに夢中なのに目を向けると。
「デニサ村長にアップルパイのお披露目は完全成功したと言ってもらいましたが……一つだけ失敗をしました」
「……? 何じゃ?」
「壇上にもアップルパイを一個用意してもらうべきでした。先ほどからお腹の虫が鳴って止まりません」
「ははっ、食いしん坊じゃな、お主」
「ふふっ、申し訳ありません」
壇上は愉快そうな笑い声に包まれた。




